
「世界一の楽園」は日本にあった。『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』
1年半前、新卒で入社して30数年間働いた東京の会社を退職した。
少し前倒したものの、定年退職に近い。終身雇用というレールをほぼ最後まで走り抜けた感じだ。そして、兵庫県北部の故郷にUターン。高校卒業以来約40年ぶりの故郷暮らしが始まった。そんな、自分の状況を説明すると質問を受ける
「で、今はなにを?」
と。
そうなるよね。と思いつつもこの質問をされると、うまく答えられないことが多かった。
「会社を辞めただけの人。現在はそれ以外の何者でもない」と思っていたからだ。「いえ、まだ『辞めた』だけです」と素直に答えることもあった。しかし、どうも納得されづらい……。そこで、苦し紛れの説明が「今は学生をやっています」だった。仕事の関係で退職直前は神戸在住だった。そのことを活かし、同じ県内の故郷にある大学院に通い始めていた。現在も学生を継続している。学生であることは事実だ。
そして、会社を辞めて1年半が経った。
周りを見渡すと、「人生百年時代、50代や60代はまだまだこれから」なイケイケ系。あるいは、「退職後に居場所をなくした元会社員の末路」な闇落ち系。なんとなく両極端な事例を見聞きすることが少なくない。
実際のところ僕の1年半はどうだったのか。
親の介護問題にバタバタと対応する。大学院のゼミに参加し、フィールドワークをする。地元の映画館のお手伝いをする。ときには親と一緒に食事をする。ハローワークに通ってみる。会社員時代から参加していた資格関連、ライター関連、あるいは羊肉料理を食べて楽しむ的なコミュニティにも参加する。などなど、まずまず好きなことやっている。
イケイケではないが、闇落ちはしていない。
会社員時代のいそがしめな週末が続いている感じだ。しかし、何かをやっているようで、実は何もやっていない気もする。うっすらとした焦りを感じ始めていた。新しい事を始めたりする周りの人の姿を見るたび、焦りは少しずつ積み重なった。「自分も何か新しいことをやらなければいけないのでは?」と。早い時期からフリーランスなどの立場になっている方々から見ると「何をいまさら」かもしれない。長らく会社員だったこと、加えて僕自身の個人特性なのだろうとは思う。そんなとき、書店で見かけた本のタイトルが目に留まった。
『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』
だった。
どういうこと? 日本は世界一の楽園なの?
著者は佐藤優氏、元外務省主任分析官であり作家。知識量と知性から「知の巨人」とも呼ばれている人だ。実は「知の巨人」目線で日本社会・制度を皮肉っている? そんな疑問や疑いを感じつつパラパラとページをめくった。
“定年後の人たちは、嫌いな人たちにまで交友範囲を広げて、それを維持する必要はない。残された人生の時間を、良心に従い、ストレスなく生きることに集中すべきなのだ”
冒頭からバッサリとした言い切り。この一文で気持ちがスッと楽になった。
そして、
“ビジネスパーソン時代よりもストレスが少ない生活のなか、伸び伸びと生きることができるはずだ。特に定年後の人たちのための「インフラ」が整っている日本では―――”
と続く。
読み進めると、「インフラ」つまり、退職金、年金、介護、学びなど、日本社会・制度についての説明と評価が続く。それらに対する皮肉はない。現在の制度を肯定的に評価している。加えて、それらを理解しつつ、有効に活用すること提案をしているのだ。
提案内容は一般的なビジネス書に比べて地味で堅実。例えば、楽しみながら働く手段の一つに「シルバー人材センターの活用」なども紹介されている。その地味で堅実な内容に共感できる点が多くて心地よい、というか安心した。
特に安心した点は2つある。
1つ目、日本の社会・制度はある程度よくできている(もちろん完璧ではない)と認識できたこと。2つ目、それらの活用に、すごい才能とか猛烈な努力は必要ではないと理解できたこと。つまり、制度を理解し、行動すればよいのだ。
僕自身が一部の制度を既に活用できていることにも気づいた。具体的に活用していたのは、「介護」と「学び」についてだ。
介護について、著者は日本の介護保険制度を「非常によくできている」と評価している。現在、僕の母は施設に入っている。入所までのプロセスは、「地域包括支援センター」への相談から始まった。専門家のアドバイスを受け、デイサービスの利用、ショートステイの活用。そして、施設への入居につながった。まさに介護保険制度にお世話になっている。
学びについて、著者は「定年後に学ぶべきは、自分の地元の歴史や文化」と言っている。僕が大学院で学んでいるのは「民俗芸能と地域コミュニティの関係」など。狙ったわけではないけれど、著者の考えと近しい。そして、学びの環境として大学院という制度を活用しているのだ。全ての定年後の人たちが「自分の地元の歴史や文化」に関心を持つとは限らないだろう。ただ、自分の興味があることを自分の意思で学んでいけばよいのだと思う。使える制度や環境を活用しながら。
「自分の良心」の方向性が悪くなかったことが確認できて、気持ちが少し楽になった。自分が(一部ながらも)「インフラ」を利用できていることによる安心も得た。僕の現状は派手ではない。しかし、知の巨人から「それもアリだよ」と背中を押されたようにも感じている。
2026年は「インフラ」の理解と活用をより深めたい(特におカネ関連はまだまだ理解と活用が十分でない)。自分の良心に従って「インフラ」を活用し、自分の生活を楽しむのだ。「世界一の楽園」に生きる一人として。
文/廣瀬 達也
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