
大胆さと緻密さのバランスに見た「仕事」―森美術館「ロン・ミュエク」レポ
新卒時に勤めていた会社の先輩が、森美術館のロン・ミュエクを観に行くというので、同行させてもらった。
少し私の経歴の話をさせてほしい。私は大学を出て、大阪で印刷会社の制作ディレクターとして就職した。デザインの勉強もしたことのない私がそんな仕事に就いて、最初に教わったのが冒頭の先輩。ディレクターは個人商店みたいなもので、上から自動で仕事が降ってくるというよりは「この人にお願いしたい」と営業から話をもらって、個々それぞれで受けた仕事をこなすような場所だった。先輩はオファーが多く、まあついていくのが大変だった。正直厳しいなと思うことももちろんあった。
先輩は3年ほどで会社を辞めた。私もその3年後に会社を去り、東京へ来て、職種も変えて現在に至る。先輩とは疎遠になっていたが、10年以上経った今日、なぜかその人と美術館の入り口にいた。
会場に入って最初に置かれていた作品は、ベッドに寝そべる巨大な女性の上半身の像。その先には、全身を使って藁の束を抱える、60㎝ほどの高さの女性の像。
不気味だけど心地よさもあるような、不思議な感覚を言語化できないでいるまま、展示は進む。
その感覚から一気に身近に引き寄せられたのが、展示の終盤、制作風景を追ったドキュメンタリー映像を観た時だった。ただカメラを設置して、日々の制作風景が撮られた映像。
粘土の塊から大まかに像を掘り出していく工程。髪の毛を植えたり、肌のイボをつけたりする細かい作業。足の指先の製作途中に、像の親指の形に納得いかなかったのか、躊躇なく切り落としてやり直す瞬間。なんだか悩んだようすで頭を抱える、ミュエク本人。
あんなすごい作品が、こんな雑な部屋で、全部手作業で、地道な仕事で作られている。淡々と進む作業を見ているのが心地よかった。
「やっぱ毛、すごかったな」「つやってしてるの、ニス塗ってましたね」「あれ結局素材は何なんですか?」「バリーッて剥がすのめっちゃ気持ちよさそう」それまで先輩とはほぼ会話なく鑑賞していたのに、部屋を出た途端、映像の感想が出てくる出てくる。
「ずっとあの爪の線とか掘ってたい」「わかる。指作って、なんか違う! って潰して、ってずっとやってたいですね」
ああわたし、先輩のこういうところが好きだった。
誰も気にしないようなところに気づいて、細やかな仕事をする。フォントの選び方、余白の大事さ。見せたいものを大きくすれば目立つわけじゃないこと。めっちゃ忙しくて常に仕事をぶん回していたけど、どれも丁寧だった。先輩が仕事したら、見栄えがすごくよくなるのが魔法みたいで、それを近くで見ているのが好きだった。
しんどいこともいっぱいあったけど、おもしろかったなあ。たくさん教えてもらったのに、なんにもできないままでごめんなさい。
そんなことを思い出していたら、それまで見てきた作品の解像度が一気に上がった。遠くから見て、最初にくる不気味なインパクト。作品に近づくと、生身の人間よりもリアルを感じる肌の色つや、毛穴の精密さに引き込まれる。顔や足先が大きくデフォルメされた全体のいびつなバランスが、だんだんと自分の腑に落ちていく。
私が特に惹かれたのが、踵とつま先の赤さだった。裸足の作品はどれも足に目がいく。現実よりもコントラストを上げた赤さから、地面を踏む力強さを感じた。
大胆に、意図的にいじられた全体の違和感と、異常なまでの緻密さ。両方があるからこんなにも惹かれるのだということ。言語化できた瞬間、うなじから背中へ、血が勢いよく巡るような感覚があった。
こんな丁寧な仕事、全然できてないな。もっと目を凝らして仕事に向き合ってみようかな。そしたら、何か今とは違うものが見えたりしないかな。改めて真っ直ぐ前を向かせてくれる、そんな展覧会だった。

<展覧会情報>
展覧会名:ロン・ミュエク
場所:森美術館
開催期間:2026年4月29日(水)〜9月23日(水)
文/ べっち(渡辺 智子)
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