
絵で食べていくために、避けて通れない「量と質」 の話【絵で食べていきたい/第32回】
絵で食べていこうと決めて行動をおこしたものの、成果がでない。その原因に「量と質」が不足している場合があります。それに気づかないまま「自分には才能がないのでは」「発信が下手なのかも」と悩むと、方向を見誤ってしまいます。
量をこなし、数を把握する
イラストで仕事がしたい。でも、何からはじめたらいいのかわからない――そんな相談をよく受けます。「絵の質がまだ足りない」と思ってしまって、営業や投稿に踏み出せない人も多いのですが、実は量をこなさないと「質」は生まれないのです。
クライアントのニーズを探すにも、自分の強みを見つけるにも、まずは量をこなすことが必要です。まずは「何を、どのくらいやったか」を数値化してみましょう。
たとえば、描いたイラストを3~4枚並べられて「仕事になるでしょうか?」と問われても、答える側は判断に困ります。たとえイラストのクオリティが高くても、たまたま数枚良い絵が描けただけかもしれないからです。また、可愛い女の子の顔のイラストが数点あるだけでは、動きのあるポーズや、指定したポーズを描けるかどうかがわかりません。SNSでイラストがバズって注目されても、イラストの投稿がその1枚だけだったら、仕事が来ることはまずないと思います。
営業する場合も同じです。数件の持込みをしただけでは、どの絵の反応がよかったかと検討しようにも、判断材料が少なすぎます。ある編集部では全く相手にされなかったのに、別のところからはすぐ依頼がきた例はよくあります。たまたま数件の反応が悪かっただけで、ポートフォリオをまるごと見直す必要はないかもしれないのです。
とある編集部に持込みをしたら、「うちは大手のイラストレーションファイルに載っている人にしか頼まない」といわれてへこんでいた友達がいました。私は気にする必要はないと伝えました。なぜならファイルに載っていない私が、その編集部から仕事を依頼されていたからです。その後、友達は同じ編集部の別のかたから依頼を受けていました。
数件の結果で一喜一憂せずに、営業も量をこなすこと。口でいうほど簡単なことではありません。成果がでなければやる気も自信も削がれます。そのために、まずはとにかく50件持込みをする、300冊ポートフォリオを送付する、3カ月毎日絵を投稿するなど、明確な目標を立てておきます。結果がどうあれ、数をこなしきるまでは続けると決めるのです。
こなした量を無駄にしないために
絵の上達についても、量を描くことは不可欠です。その先に「質」の向上があります。ただ、やみくもに数を描くよりは、目標や方針を決めたほうが効率はあがるでしょう。さきほど、数枚の絵では依頼主は判断できないと書きました。ならば、数を描かなくてはいけません。それも、漠然と「もっと上手くなること」を目標にするのではなく、バリエーションと蓄積を増やすつもりで描くのです。
たとえば、ポートフォリオ用の作品が足りないなら、まずポートフォリオの構成を決めてしまい、そこに入れる絵を描いていく。人物のページに、顔とバストアップ、全身のイラストを載せるとします。ならばその全てを描かなくてはいけません。
正面顔のイラストがあるなら、横顔、斜め、俯瞰なども描いてみる。次に バストアップ、全身を描く。手の表現を集中して練習する。その時点で一番いいものをポートフォリオ候補にして、さらによいものが描けたら差し替えていけばいいのです。
ある程度数を描いても、ポートフォリオに入れたい絵が描けなければ、構成のほうを変えるという方法もあります。もし今は全身が描けないとしても、顔のバリエーションに特化して数をこなし、1冊にまとめれば、そこに魅力を感じる依頼主もいます。もちろん、その場合は受けられる仕事の範囲は狭くなりますが、全身が描けるようになるまで何もしないより、はるかに有効な行動です。
量を質に変えていく方法
こうして量をこなしてはじめて、自分の絵や強みについて傾向を判断することができます。どんな絵の反応が良かったか、どういう媒体と相性が良いか。何を指摘されることが多かったか。十分に蓄積された結果からそれらを検討するのです。その結果、自分の想像とは違う現実がみえるかもしれません。たとえばこんなことです。
・自分が描きたいと思っていた方向性と、反応が大きかった作品が違った
・「なんとなく」描いたイラストのほうが仕事につながった
・苦手と思っていたジャンルのほうが続けやすく感じた
私にも経験があります。一番のずれは「描きたい絵」と「描ける絵」が違ったことです。しかも、自分にとってラクに描ける絵のほうが仕事につながりやすかったのです。これに気づかずに、憧れている方向にばかり努力を続けていたら、絵を仕事にするのにもっと時間がかかったはずです。つまり、量をこなしてはじめて、「質を伸ばすべき部分」が明確になるのです。結果をしっかり確認して、自分の強みや市場のニーズに気づいていく。この過程で、量が質に変わるのです。
もちろん、憧れの方向をあきらめたくないならそれでもいいのです。この方向しかないと思い込むのと、他の選択もある中で選んだと思うのでは状況が異なります。さらに、自分は描きたい絵しか描かないと決めていたけれど、「いいね」がたくさんつく絵のほうが描きたくなった、などの変化はよく起こります。常に自分の現在地を、考えではなく行動を基準にして把握することが大事なのだと思います。
こうして現実の自分の現在地を見つめながら量をこなし続けていくと、だんだんと手応えがでてきます。けれど、そもそも行動しなければ、その変化も得られません。量も質も、行動なしにははじまりません。
行動する前、ほとんどの人が「理想の自分」でシミュレーションをしています。まるで子供の頃、夏休み前に立てた計画表のようなものです。でも、その計画表を実際に行うのは理想ではなく現実の自分なのです。予想通りにできなくても、すぐに結果がでなくても当たり前です。
・数点しか描いていないのに「伝わらない」と悩まない
・数件しか営業していないのに「仕事がこない」と嘆かない
・数回しか発信していないのに「見つけてもらえない」と焦らない
こういった状態に陥らないよう、まずは回数を決めて、行動してみること。「理想の自分」ではなく「今のリアルな自分」を客観的に把握し、結果にこだわらず量をこなす。その結果を受け止めて、現実に見合った計画を立てる。これを繰り返せば、きっと結果はついてきます。
変わるのは、行動した人だけです。思い通りにいかなくても、それは“次の一手”へのヒントになります。今日の1枚、今日の投稿、今日の営業——そのひとつひとつが、未来の自分をつくっていきます。
文/白ふくろう舎

【この記事もおすすめ】