
さあ、日常の外へ。「ストーリー性のある原稿」を書くのに、何を聞けばいいのか【連載・欲深くてすみません。/第33回】
元編集者、独立して丸9年のライターちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。今日は、「ストーリー性のある原稿」の「ストーリー」とは何かを考えています。
「ストーリー性のある原稿を書いてください」
インタビューライターをしていると、ときどき、このような言葉を耳にする。「物語を感じる原稿」なんて言い回しもある。
フィクションの物語を書くのとは別の行為であるのは誰もが承知の上で、取材対象者の心情の変化が描写されていること、読者が追体験できるような構成になっていることを指して、ストーリー性がある、と言う人が多いように思う。もっと漠然と「人の心を動かす力を持つもの」イコール、ストーリーと言う場合もあるかもしれない。
さて、当然ながらインタビューライターは、取材で得た情報から原稿を書くことになる。では取材時に何が聞けていれば、ストーリー性なるものを感じる原稿になるのか。
そのことを延々と考えた経験がある。
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中学生向けの学習誌で、高校受験を終えた先輩たちの「受験のリアルなストーリー」を連載したい。ついては、高校1年生にインタビューをして、受験の体験や受験勉強中のリアルな心情について、短編小説のような体でまとめてくれないか。
かつて一緒に働いていた編集者から依頼を受けたのは、私が会社を辞めてフリーランスになった年のことだった。会社員の頃から頻繁にしているので、中高生の取材は問題なし。よし、やれるでしょう、とありがたく引き受けた。
しかし、打ち合わせを終えて自宅に帰ってから、私は肝心なことに気づいた。
「短編小説のような体」
たんぺん、しょう、せつ?
小説など書いたことがない。ましてや、実在の人物にインタビューをして、それを小説風にまとめるとは。一体どのように書けばいいのか。いや、それ以前に、どう取材すればいいのか。
困った私は、文学部出身の先輩に泣きついた。
「つまりストーリー性のある原稿、小説タッチの描写にしてくれ、ってことだと思うんですけど、そもそもストーリーってなんですか」
先輩は、くいっと酒を飲んで、言った。
「だいたいのストーリーは『行って、帰ってくる』の構造でできている」
物語類型の一つに、見知らぬ場所に出かけていった(あるいは迷い込んだ)主人公が、そこでさまざまな事件に巻き込まれたり、何かと対決したりした後、もといた場所に帰ってくるという“型”がある。帰ってきた主人公は、行く前と比べると何らか変化している。
この構造は『オズの魔法使い』や、映画だが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような、主人公が旅をする物語を想像すると、わかりやすい。
・『オズの魔法使い』
カンザス州で暮らす少女が、竜巻で家ごと空を飛び、知らない土地へ→仲間との出会いや魔女との戦いを経験→家に帰ったときには、家族のもとで暮らすことの大切さがわかるようになる
・『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
冴えない高校生が、アクシデントでタイムマシンに乗って過去へ→若い頃の両親との出会いやいじめっ子とのバトルを経験→現在に戻ったときには自信を手に入れ、家庭の状況も好転している
しかし、この「行って、帰ってくる」構造になっているのは、何も旅モノのストーリーに限らないと先輩は言う。
「主人公の“心”が、日常の外に出ていくことで、物語は始まる。そのきっかけは旅でなくてもいい。心理的に安全な地帯から出なければいけない出来事がある。すると、“いつも通り”ではない心の動きが生まれる。それを経て、日常に戻ったときに何らか変化を感じる。この『行って、帰ってくる』が、ストーリーなんだよ」
なるほどおおおお!
心が、日常の外に行く。安心の外へ。平穏の外へ。それはすなわち、不安、葛藤、戸惑い、焦り、もやもやとよくわからない気持ちが生まれる瞬間だ。受験勉強の最中には、そういう瞬間が必ずある。その瞬間を経て、彼ら彼女らから見える世界は、一体どう変わったのか。この二つを聞くことができれば、書けるのではないか。
そして私は試行錯誤しながら、インタビューを始めた。連載だったので、全国のさまざまな高校生に取材した(当時はまだオンライン取材の環境がなかったので、電話取材を中心にした)。
わかったのは、人の心が日常の外に行く瞬間とは、実に多彩で、繊細であることだ。受験をテーマに、というと、模試の成績が落ちたとか、受験本番を控えて緊張するとか、そういうことばかり想像していたが、もっと何気ない瞬間の中にもそれはあった。思い通りにいかない苛立ちをつい親にぶつけてしまう、未熟な自分への怒り。やらなければと思うのに部活から帰ると体が動かないことへの焦り。友人と同じ高校を目指す子が、あるとき、自分は友人より劣っているのではと考え始める。これまでいい子ちゃんを演じてきた子が、突然、自分の中に意志の芽吹きを感じる。大人から見れば些細すぎる出来事に端を発して、心にさざ波が立つ。そして、ほんの少しだけ、その人は変わる。
インタビューは本当に楽しく、小説風の原稿にまとめることも、苦労はあったものの(自分で言うのもなんだが)どんどん上達した。連載は、たしか媒体の企画が変わるまで6年もの間、続いたと思う。
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心が、日常の外に行く。不安に陥るのも、葛藤するのも、だいたいつらいし、できれば避けたい。でも、多くの人たちにインタビューをしていると、その“心の非日常”を経なければ見えない景色があることも、よくわかる。有名人も市井の人も中高生も、みんなそうである。
インタビューライターとしては、その人が苦しい瞬間、心にさざ波が立つ瞬間を、丁寧に聞いて書けたらと思う。と同時に、ひとりの人間としては、自分が苦しいとき、心にさざ波が立つときこそ「ああ、ここから私のストーリーが始まるのだ」と思う。そう、自分に言い聞かせる。
文/塚田 智恵美
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