
クラシックピアノがこんなに面白い! ふたりの若きピアニスト、亀井聖矢、角野隼斗のコンサートに見る、新たなクラシックの楽しみ方
去る9月9日、ピアニスト亀井聖矢さんのコンサート『亀井聖矢ピアノリサイタル(エリザベート王妃国際コンクール第5位凱旋リサイタル)』に初めて行った。
正確に言うと、過去に一度、彼の演奏を聴いたことがある。私は、ピアニスト角野隼斗さん(通称:かてぃん。以下、かてぃん)のファンで、2022年のかてぃんの二台ピアノコンサートに行った。その時の二台ピアノのパートナーが亀井聖矢さんだった。当時21歳だった彼は、「超絶技巧のピアニスト」と言われていて、自由で即興的なかてぃんに比べて、正確で美しく、玉のようにキラキラした演奏が印象的だった。
亀井さんは、かてぃんと同じく、日本最大のピアノコンテスト「ピティナ・ピアノコンペティション特級」でグランプリを取っている。2019年、17歳の時のことだ。その後、「ロン=ティボー国際ピアノコンクール2022」で優勝に加え、聴衆賞、評論家賞の三冠を取り、一躍世界的に注目されるようになった。
そして今年、満を持しての「ショパン国際ピアノコンクール」(以下、ショパンコンクール)参戦。しかし、まさかの予備予選敗退。配信で聴いたが、美しくエネルギッシュで心動かされる演奏だと思った。なので、予選敗退は本当に驚いた。演奏が個性的で、伝統的なショパン解釈から外れていた、という評価もあったと後で読んだ。
しかし、このショパンコンクール敗退の結果が出たのとほぼ同時に始まった「エリザベート王妃国際コンクール」で、見事第5位入賞。このコンクールは、ショパンコンクールに並び世界三大コンクールのひとつとされている。これをもって、「コンクールは卒業」と本人が言っていた。
さらに、昨年には亀井さんのお父様が46歳の若さで亡くなられていたという。そんな様々な大きな出来事を経た今のタイミングで、もう一度生の演奏を聴いてみたいと思い、今回のチケットを取った。抽選で、運よく取れたチケットだった。
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コンサートは、本当に美しくて、豊かで、体全体でピアノを味わったと思える時間だった。まさに「ポロポロ」「コロコロ」という表現がふさわしいと思う、滑らかに転がるような粒のそろった音。鍵盤を叩いた後に、音が膨らむかのように感じさせるふくよかな演奏。どう弾いたらこんなふうに音が膨らみを持つのか分からない。聴いたことがない曲が多かったが、弾く前に本人が、どんな時期に作られた曲で、どんな情景を描いていて、自分がどんなふうに感じているかを丁寧に解説してくれるので、知らなくても楽しめた。特に、オペラや詩の物語をベースにして作られたピアノ曲では、事前解説と表現豊かな演奏とがあいまって、映像が見えてくるような気がした。後で調べたら、クラシックのコンサートで、今回のようにピアニストが演奏前に自分の言葉で聴きどころを語るスタイルは、まだ珍しいらしい。多くの伝統的クラシック界の演奏家は、演奏に専念し、ほとんど話さないのが美学とされてきたようだ。彼のように、国際コンクールで入賞するような“ザ・クラシック畑”の出身でありながら、積極的にその世界観を共有してくれるピアニストが人気となるのはうなずける。
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一方、私が今まで好んで聴いてきたかてぃんのコンサートは、クラシックピアノコンサートとしては、さらに変わったものなのだと分かった。かてぃんについて少し説明すると、彼は東大卒かつYouTuberピアニストの異色の経歴を持ちながら、ショパンコンクールのセミファイナリスト。昨年は、日本武道館でソロリサイタルを開催し、クラシックピアニストとして史上最多となる13,000人を動員。世界的メジャーレーベル「Sony Classical」と専属契約を結び、今や世界的に活躍するアーティストだ。彼が自身のドキュメンタリー映画の中で、このようなことを言っていた。「自分はアカデミアの出身だから、論文を書くとき、既存研究をサーベイした後、必ず何かひとつでも自分なりの新たな発見について書かなければと思っている。だから、ピアノでもそうありたい」。確かにかてぃんのコンサートは、古典のバッハと現代曲を並べて演奏し共通点を見出したり、本来オーケストラで演奏される「ボレロ」をピアノだけで表現したり、グランドピアノとアップライトピアノ、電子ピアノ、トイピアノ、ピアニカ……と、複数の鍵盤楽器を自分を取り巻くように舞台上に並べて同時に演奏したりと、必ず新しさがある。即興も織り交ぜて、その場にしかない音楽を創り出す。クラシックを起点にしながら、ジャズやポップスとクロスオーバーする。
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クラシックを弾くこと、聴くことの意味とは何なのだろう。古き良きものを忠実に再現すること、理解し愛でることが、従来のアプローチだったかもしれない。でも、亀井さんやかてぃんは、クラシックの新しい楽しみ方を提供してくれている。観客にとっては、見たことのないものを見た! 初めて知った! という驚きと感動がある。彼らの奏でる音楽自体も好きだが、道なき道に挑もうとする姿に、共感やリスペクトを感じている。
文/草薙 曜子
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