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少しだけ見方が変わる——2026年3月55冊の中の3冊【連載・月60冊読むkyoの「積んどかない」読書/第4回】

Writer kyo

3月は、仕事もプライベートも、とても慌ただしい月だった。
体調は崩すし、確定申告はあるし、子どもは春休みに突入して仕事に集中することが難しくなるし。自由に使える時間が普段以上に少ない。……確定申告があるし。

そんな時こそ本の世界に浸り、言葉にまみれたいものだが、そうもいかず。一番の理由は確定申告だと思っているが、全ては日々蓄積した努力が現実に反映されただけなので、ここで恥を晒すことは控えることにする。

兎にも角にも。やりたくもないことに時間を削り取られる日々は、驚くほど集中力を低下させる。読みたい本や言葉たちが手からこぼれ落ちるような感覚に愕然としながら、60冊を切る結果となった。

そういえば、先日、私の連載に興味を持ってくれた方から「読んでいる途中で止まってしまう本はあるのか」と尋ねられた。

そんなもの、あるに決まっている。
どうしても好みではなかったり、楽しめなかったり、今読む本ではないと感じたり。理由は様々だが、今月もここにはない本を4冊、最後まで読まずに放置している。

それでも、自然と本を手に取る。
日々の忙しさに鬱憤を抱えながら、今月も3冊を選んだ。

どの本も、日常から大きく離れているわけではない。
けれどページをめくるうちに、見慣れていたものの輪郭が、少しずつ変わっていく。

ただ、その奥にある構造を知ってしまうと、元の見方には戻れなくなる。
今月は、そんな「踏み込んだあとに残るもの」を考える読書だった。

最初に挙げたいのは、仕事場の本棚を彩り続けている1冊、D.HINKLAYさんによる『ブックフォールディング“猫”』である。

普段の流れであれば、紹介した後で書籍画像を掲載しているが、今回は先に画像を見てほしい。

『ブックフォールディング“猫”』D.HINKLAY(KADOKAWA)

この本は、驚くべきことに「本を折る」ことを前提とした本だ。
本なので、もちろん印刷されている言葉たちがある。

本は読むものだと思っている。積むことはあっても、形を変えることは考えたことがない。栞代わりにページを折ることすら躊躇うのに、この本は、全てのページを折ることでアートを作る。

発売当時に予約購入したものの、読了後、しばらく放置していた。
最初の1ページを折ろうとするだけで、ものすごい罪悪感に襲われたのだ。

それでも、完成イメージの表紙写真を見て、(読む用にもう一冊購入したうえで)勇気を出して、ページを折った。
1ページずつ、丁寧に折り重ねていくと、1匹の猫が姿を表していく。

本の中に、別のかたちの“本”が現れるのだ。

読むためのものだったはずの本が、鑑賞するものに変わる。
言葉を追うための存在が、視覚と手触りを持ちはじめる。

その変化を見ているうちに、本というものが持っている役割が、一つではないことに気づかされる。

本を折ることに抵抗を覚えるのは今も変わらない。けれど本が好きだからこそ、楽しめるアートの形だと思う。
読むことだけが、本の存在価値ではない。そう思った時点で、本との向き合い方が、少しだけ変わる。

本のアートを見ながら、本を読む。
本の中に入り込んでいたはずなのに、いつの間にか、本そのものを見ている。

2冊目は、マット・ヘイグさんによる『ミッドナイト・ライブラリー』である。

真夜中の図書館。
そこには、これまでの人生と、選ばなかった無数の人生が並んでいる。
もしあのとき違う選択をしていたら。もし別の道を選んでいたら。
「もしも」の数だけ、本がある。

設定だけを聞けば、どこか夢のような話にも思える。やり直しができる、別の人生を試せる。そう考えると、少しだけ救われる気もする。

けれど、読み進めるうちに、その印象は少しずつ変わっていく。

選ばなかった人生は、ただの可能性ではない。ひとつひとつに、別の現実があり、別の重さがある。

どれを選んでも、完全な正解にはならない。
どれを選んでも、何かは失われている。

その当たり前のことを、一冊ずつ、静かに突きつけてくる。
本を読むというより、自分の選択をひとつずつ確かめていく感覚に近い。

もし別の人生を選んでいたとしても、今の自分がいなくなるわけではない。
ただ、違う形で、同じように迷い、同じように選び続けるだけだ。

自分ならどんな人生をみたくなるのか、一瞬考えたが、すぐにやめた。
後悔を払拭しようとすれば、きっと「今」はないのだから。

読み終えたあと、何かが大きく変わるわけではない。
けれど、「今ここにいる理由」を、少しだけ静かに受け入れられるようになる。そんな一冊だった。

『ミッドナイト・ライブラリー』マット・ヘイグ(ハーパーコリンズ・ジャパン)

3冊目は、久保田由希さんによる『住み継がれる ドイツの間取り』である。

ページをめくりながら、ふと、以前読んだ小島衆太さんの『図解 ホテル空間の演出』を思い出す。

人がどのように空間を使い、どのように居心地をつくるのか。
あの本では「過ごすための空間」が描かれていたが、本書では、その時間がさらに長く積み重なっている。人々の歴史が、そのまま空間に現れている。

間取りの本、と聞くと、どこか実用書のような印象を持つかもしれない。
けれど本書で扱われているのは、単なる間取りの紹介ではない。

家は歴史と文化の蓄積だ。そこに暮らす人々の時間や生活のあり方が、空間として現れている。

ドイツの住宅は、一度建てた建物を長く使い続ける。世代を超えて住み継がれ、必要に応じて手を加えながら、その家に合った形へと変化していく。
間取りも同様に、完成されたものではない。受け継がれる暮らしの中で少しずつ書き換えられていく。

そう考えると、「住む」という行為そのものの見え方が変わってくる。
家は、ただ生活するための箱ではない。そこにいた人の選択や、時間、生き方の全てが、静かに積み上がっていく場所なのだと思う。

ページをめくりながら、自分がいま過ごしている家のことを、少しだけ違う目で見ていることに気づく。

この間取りは、どうしてこうなっているのか。次の世代に受け継がれたとき、どんなレイアウトで、どんな暮らしが営まれるのか。そう考えると、慣れ親しんだ空間が、急に別の意味を持ちはじめる。

大きな変化があるわけではない。けれど、確実に視点が変わっている。
それは、読み終えたあとも、静かに残り続ける。

『住み継がれる ドイツの間取り』久保田由希(エクスナレッジ)

今月選んだ3冊は、自己意識に大きな変化をもたらすものではない。

本であり、人生であり、住まいである。
どれも、もともと自分のすぐそばにある身近なものだ。

その奥にある構造に触れると、視点が変わる。
見える景色も、少しだけ変わっていく。

本は、読むだけのものではなくなる。
人生は、選ばなかった可能性を抱えたまま続いていく。
住まいは、時間を積み重ねる場所として受け継がれる。

一度気づいてしまうと、元の見方には戻れない。
それは不便なことではない。
むしろ、世界の見え方がひとつ増えるということなのだと思う。

視野が、少しずつ広がっていく。
忙しくて視野が狭くなっている時こそ、本を読みたい。
少しずつ、確かに残るものがある。

今月の読書は、「知ってしまったあとに残るもの」と、静かに向き合う時間だった。

文/kyo

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