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この世にたった一人の、創作を愛するあなたへ。原田マハ『晴れの日の木馬たち』

Writer  中谷 柚香

わたしはプロのライターではないので、オファーに沿って文章を書くわけでもなければ、必要に迫られて書くわけでもない。けれど、子どもの頃から書くことが好きで、今この瞬間に紡いだ言葉がこのページに残り続けて、それを見てくれる読者の方がいる喜びは、他には代えられないものだと感じている。だから、そこに損得の考えは一切なく、「好きだから書きたい」という想い一つで、今もこのレビューを書いている。
文章表現に限らず、すべての創作活動のはじまりはきっと、一人の人間のそんな純粋な気持ちが原動力となっているのではないだろうか。

原田マハさんの最新作『晴れの日の木馬たち』は、“著者がかつてない熱量で「小説」と「アート」への愛を込めた最新長編”と謳われている。
明治から大正へと年号が移り変わり、西洋への憧憬が日本文化にも映し出されるようになった時代。小説家を夢見ながら倉敷の紡績工場で働く一人の少女・山中すてらが、運命に導かれるように「書く」ことに夢中になり、西洋名画の影響も多分に受けながら、新しい時代の女文士に成長していく物語だ。

作中には、近代日本を代表する実在の人物たちも登場する。例えば、すてらが顔を合わせるだけでも気が動転してしまうほどに憧れ続けた存在として、かの有名な夏目漱石との邂逅も描かれる。歴史上の偉人たちと触れ合いながら、純粋に自分の“好き”を突き詰めて、日本の文学界を駆け上がってゆく。幸せなことばかりではない人生の中で、それでも「書く」と向き合う真摯な姿は、大河小説の主人公として、その大成を見届けたいと思わせる健気な魅力があった。

実在するものでいえば、歴史に残るアート作品の数々も、作中で大切な役割を果たしている。小説とアートは、どちらも目に見える形で人間を表現する術。彼女の創作活動においても、登場するアート作品は「書く」ことと深いところで繋がっていた。生きることに希望が持てなくなったり、思いがけない幸せと巡り合ったり、人間の日々は不安定そのものであるけれど、人はそんな心の内を、文章や絵画に投影することで分かち合うことができる。大人へと成長して心が豊かになるほどに、芸術は奥深く、わたしたちの心を救うものに変容していくのである。

物語の終盤、すてらが“いっぺんに心を持っていかれてしまった”、アンリ・マティスの絵の前で立ち尽くすシーンでは、このように語られた。

「なぜ傑作か。それはこの絵が、ほかの誰の絵にも似ていないからです。」(中略)
この世にひとりとして同じ人間はいない。それと同じく、この世にたった一点の作品。
ある者はこの絵を見て心をざわつかせ、ある者は深い感動を覚えるだろう。ある者は涙し、ある者は嘲笑し、ある者は共感し、心を寄せるだろう。ある者はこの絵に恋をし、ある者は友だちになって友情を育むだろう。

この世にたった一人のあなたが紡いだ作品は、あなたの存在なくしては形にならなかったもの。
創作とは、つくづく作り手を映す鏡のようなものだと思う。だからこそ、表に出すのは気恥ずかしくて、否定されるのは悲しくて、伝わらないのはもどかしい。
わたしの場合、「書くことが好き」とは簡単に言えるが、声高らかに「書く人になりたい」と宣言できるかと聞かれれば、心理的なハードルが相当高くなってしまう。創作することは、人間性を見られることに近いものだと感じてしまい、わたしにはそこまでの人間的な魅力が追いついていないような気がして、なんだかきまりが悪くなってしまうのだ。

すてらにも、数奇な運命に翻弄されながら「書く」ことを手放してしまう瞬間がある。いろんな言い訳を盾にして筆が止まりそうになったすてらを、恩師は和歌を引き合いに出しながら、こんな言葉で突き動かした。

あれこれ考えず書き始めたらいいんです。そして、とにかく終わらせること。私たちの国には、たったの五句一文で完結する物語もあるのよ。

「とにかく終わらせる」というのは、作り手として腹を決めること・世に送り出す覚悟を持つことなのだろう。わたしの手元を離れない限り、伝えたい相手には絶対に届かないのだから、自信がないからといつまでも大事に抱え込むのではなく、とにかくアウトプットする。まずは世に放ってみる。すると、ある人は嘲笑するかもしれないけれど、ある人は心を寄せてくれるかもしれない。そんな経験を繰り返した人だけが、初心を実らせ、誰かの心を打つことができるのだろう。人間性を映しながら想いを乗せた言葉が、大切な人に届く。それは、勇気を持って開示した先にあるからこそ、この上ない多幸感に満ちているのかもしれない。

私、最初の小説を書き上げる頃、恋をしていたんです。
その人に読んでほしくて、必死になって小説を完成させました。すべて想像だけで作り上げた私の世界を、その人と共有したかった。
その気持ちが私を前へと動かしていました。

わたしの中に芽生えたもの、何もしなければ人知れず消えてしまうもの。それを共有したいと強く願う気持ちが、筆を走らせる。創作活動のスタート地点は自己満足かもしれないけれど、作る過程には背中を押してくれる人の存在があり、ゴール地点には必ず、届けたいと思う相手がいる。それは何より、あなたの創作には必ず、あなたにとってかけがえのない人が介在しているということだ。

私にとって、書くことは、生きること。
書くことをやめないのは、生きることをやめないから。
書くことをあきらめないのは、生きることをあきらめたくないから。

このサイトに文章を寄せる書き手も十人十色で 、それぞれが自身の想いを文章に託している。わたしたちの原稿が残ることはすなわち、わたしたちが大切な人を想いながら生きた時間が、この世界に確かにあったことを伝えている。

文/中谷 柚香


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