
箱の向こう側は、今も私とつながっている。『BOXBOXBOXBOX』
宅配で、ネット注文したトイレットペーパーが届いた。
トイレットペーパーの入った段ボール箱には、いつも通り見慣れたバーコードシールが貼られている。中に入った商品にも製造番号や製造者が印字されている。
そんないつもの光景が『BOXBOXBOXBOX』を読み終えた後では、少し違って見えた。
『BOXBOXBOXBOX』はベルトコンベア・サスペンスと評される小説だ。舞台は薄霧のたちこめる宅配所。社バスがなければたどり着けない場所は牢獄のようだ。そこで働く作業員たちはお互いに干渉せずほとんど口を利かない。整然と並んだロッカーに揃いの安全靴。自分の割り当てられた番号の段ボール箱を別のレーンに載せ替えるだけの単純作業。ミスをすれば鳴り響く怒声。そして、作業員に窃盗される荷物たち。
主人公の青年である安もそんな宅配所で作業員として静かに働いていた。もめ事を嫌い、最低限必要な生活費を稼ぐためだけに働く日々。退屈な労働の時間は、箱の中身を想像しながらやり過ごしていた。そして、安には箱のテープを引き剥がし、蓋を開けて、覗き込みたいという欲望があった。想像の答え合わせをしてみたい……その欲望が、ある日偶然のきっかけで叶ってしまう。窃盗行為に魅せられた安は次々と箱を盗んで、自分のロッカーに陳列するようになる。
この物語は、「薄霧のたちこめる宅配所」という不気味な舞台設定も相まって、日常から遠い場所で起きるサスペンスのように描かれる。しかし、私にはそう思えなかった。
私は工場で会社員として働いている。普段はデスクワークだが、時には生産ラインに行く日もある。一日に何千、何万という製品が作られ、流れていく。その場にいると、ひとつぐらいなくなっても気づかれないのではないかと感じてしまう。
以前見学させてもらった製紙工場のラインは、もっと現実感がなかった。一日中響き渡る聞きなれない機械音、独特の匂いと熱気。人の背の何倍もあるようなロールで作られる紙たちは、肉眼ではまったく追い付けないスピードで生産されていた。
その日に私の目の前を過ぎ去った紙が、いったい何冊分の書籍や雑誌になって、最終的に何人の客の手に届くのか?それは日常生活とはかけ離れた世界だった。
生産ラインにいると自分自身が部品の一部になっているような錯覚に襲われる。上司から管理されるのは、1勤務あたりの生産数量や不良率、効率指数だ。そんな中で、姿かたちの見えない顧客を想像し続けるのは難しい。労働の喜びや充実感を感じながら作業する余裕も持ちにくいのかもしれない。
『BOXBOXBOXBOX』でも作業員を監督する神代が、不審な動きをする安にこんな発言をしている。(彼女自身もまた、正社員ではなく、次の派遣先を探している立場にある。)
「私はどうでもいいんですよ、たとえば仕事中に酒を飲んでいる作業員がいるとするでしょう、トイレに閉じこもったりするでしょう、窃盗もそのひとつですよ。影響がなければいいんです。ばれなければいいんです。(中略)こんな仕事はきっと誰だって、さぼりたくなったり、気が触れたりするものでしょう。」
彼女の発言は極端だ。窃盗を肯定するつもりはない。それでも、普段は持っている道徳観が薄れる感覚を、私は理解できないとは言い切れなかった。
工場で大量の製品を扱っていると、あまりの物量や、何時間も続く単純作業の中で、顧客の顔は驚くほど簡単に見えなくなる。目の前にあるのは、誰かの生活ではなく、次々に流れてくる製品だ。気を抜けば遅れる。考えすぎれば手が止まる。感覚はあっという間に麻痺していく。そうしているうちに、作っているはずのものが、誰かに届くものではなく、ただ処理していくものに見えてくる。
そして、大量に作り、大量に運ぶ仕組みは、一定の不良や紛失が起こりうるものとして成り立っている。もちろん、それらを減らすために、検査や管理や改善は続けられている。けれど、何万、何十万という数を扱う以上、すべてを完全に守るのは難しい。
実際私たちが安く、早くものを受け取れるのは、すべてが完璧に管理されているからではない。食品や医療など影響が重大な分野ではより厳しい管理が求められる。しかし、私たちが普段手にする日用品の多くは、完全な不良ゼロを目指すのではなく、品質・価格・納期のバランスの中で管理されている。大量に作り、大量に運ぶ仕組みの中では、一定の不良や紛失が起こりうるものとして設計した上で成り立っているのだ。
『BOXBOXBOXBOX』は、宅配所で起きる不気味な物語だ。それと同時に、私たちが当たり前に受け取っている便利さの向こう側を、少しだけ見せてくれる小説でもある。私の目の前にあるこのトイレットペーパーもそんな宅配所を通ってきたのかもしれない。
文/かばた あきこ
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