
子どもたちの旅を追体験し、移動しなければならない世界を知る――映画『LOST LAND/ロストランド』
難民に関する映画を見るたび、無力感に襲われる。
本作を見終わったあと、救いようのない現実に絶望した。
子どもの目線で描かれているからこそ、その理不尽さがより鮮明に見えたのかもしれない。
政治や宗教対立といった大人の事情はほとんど語られない。
映画館を出た後もしばらく呆然としていた。
その後、夫と新大久保で韓国料理を食べる予定だった。
私の様子を見た夫が「ご飯、やめる?」と聞いてくれたが、結局行った。
そして、いつも通り美味しく食べた。
数時間前まで、命がけで国境を越える子どもたちを見ていたのに。
何もできないまま、お腹は空くし、ご飯はおいしい。
世界はいつも不条理だ。
生き延びるために命がけで国境を越える人たちの移動がどう行われているのか。
『LOST LAND/ロストランド』は、その過酷な旅を追体験する映画である。
ロヒンギャ難民の弟シャフィと9歳の姉ソミーラの姉弟が、家族との再会を願い、難民キャンプからマレーシアへ向かう。フィクション作品なのだけど、映像はドキュメンタリーと錯覚するほど生々しい。本作を手がけた藤元明緒監督は「観客の中のリアルをどう育てるか」という出発点で本作を撮影したという。藤元監督は、在日ミャンマー人家族を描いた『僕の帰る場所』(2018年)、ベトナム人技能実習生を描く『海辺の彼女たち(日本ベトナム国際共同製作)』(2021年)で国内外の注目を集める。
姉弟は叔母と共に旅立つ。
パスポートを持てない彼らは、密航業者に導かれ、出会いと別れを繰り返しながら移動を続ける。
印象的だったのが、シャフィがマレーシアへ入国する場面。
国境を越える直前、ブローカーたちが再び送金を要求する。携帯電話で入金確認ができなければ、先へ進ませてもらえない。叔母とも姉ともはぐれたシャフィ。周囲の人たちも自分の支払いで精一杯で、誰も助けられない。
そこに、一人の女性が「この子は私が連れていく」と申し出る。そして、マレーシアで働く息子に電話をかけ、シャフィの分も支払ってほしいと頼む。息子はそれを受け入れる。
こうしてシャフィは国境を越える。
その女性と息子が再会するのは10年ぶりだった。抱き合って喜ぶ母と息子。息子は初めて会うシャフィに向かって、「坊や、一緒に家に帰ろう」と声をかける。ようやく安心できる場所にたどり着いたと思い、ほっとする。しかし、その直後、車内で息子は何気なくこう話す。
「お母さん、言ってなかったけど職場が摘発されたんだ。僕はたまたま休みで無事だったけど」
マレーシアへたどり着いても、安心して暮らせるわけではない。移動は終わっても、不安定な暮らしは続く。
送金、ブローカー、携帯電話、国境警察、労働摘発。
「移動」が巨大なビジネスとして成り立つ世界。
映画には、移動しなければならない人たちを取り巻く現実が、そのまま描かれていた。
それは、特別な物語ではなく、いま世界のどこかで続いている日常だった。
映画を観ながら、私は何度も「なんで?」と思った。
なぜ、子どもがこんな旅をしなければならないのか。
なぜ、彼らは命がけで国境を越えなければならないのか。
なぜ、彼らは一生安定した仕事を得られないのか。
世界はもともと不公平なものだと言われれば、それまでなのかもしれない。
パスポートがあり、行きたい国へ行ける。
安全に国境を越えられる。
長い旅から帰って、「家に着いた」と安心できる。
子どもが学校へ通える。
それらは決して当たり前ではない。
本作には絶望だけでなく、不思議なあたたかさと希望もあった。
どんなに過酷な状況でも、子どもたちは遊びを見つけて笑う。大人たちは誰かの困難に手を差し伸べる。年長者が子どもを守り、代わる代わる次の場所へ連れていく。
奇跡的にマレーシアに到着したシャフィだが、訪ねる家族の名前も住所も電話番号も知らない。分かっているのは「大きなマンゴーの木がある家」だけ。映画はマレーシアに到着した場面で終わるが、不思議と「きっと会えるだろう」と思わせる力がある。
世界には、人を排除する仕組みがある。
しかし同時に、人を隔てる境界を超えて、誰かの手が差し伸べられることもある。
血のつながりがなくても子どもを守ろうとする人。見知らぬ子どもを次の場所まで連れていく人。
その光景を見ていると、生と死、家族と他人の境界がどんどん曖昧になっていった。
この映画を多くの人に見てほしいと思った。監督も「物語を通してロヒンギャ難民について知ってほしい」と語っている。本作制作の原点は藤元監督の「罪悪感」だった。十数年間、映像制作を通じてミャンマーに関わり、ロヒンギャの人々の迫害の話を何度も耳にしてきた。しかし、ミャンマー国内やコミュニティでは、ロヒンギャの話題を口にするのはタブーだった。仕事を失うことを恐れ、身近で起きている異常な出来事を見て見ぬふりをしていたと振り返る。それでも、映画作家として、この現実に目を背けたままでいるのは不自然だと感じ、本作制作につながった。
だからこそ、本作には単なる社会問題の解説ではない、生々しさがあるのだと思う。
映画には総勢200名のロヒンギャ難民が出演している。これほど多くのロヒンギャ難民が参加した長編映画は世界初だという。藤元監督はロヒンギャ語で映画を残すことにこだわった。映画史にロヒンギャの言葉を残すことは、歴史にロヒンギャの文化や記憶を残すことにもつながるからだ。
本作はフランスの助成金を受け、日本、マレーシア、ヨーロッパ諸国との国際的な協働関係で製作された。歴史的にミャンマーと深い関わりを持つ日本、多くのロヒンギャが暮らすマレーシア、そして移民・難民問題が身近にあるヨーロッパ。それぞれ異なる立場の視点が交錯するのも、映画の深さにつながっている。
文/神田 未和
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