
パンケーキ人生。カフェラテ芸人。【さとゆみの今日もコレカラ/第 122 回】
文章にも体脂肪率がある。
パンケーキみたいにふかふかふんわりした文章もあるし、ミルクレープみたいにぎっしり重なった文章もある。
言い換えれば、密度の差、である。
題材やテーマによって、その体脂肪率をコントロールできるのがベストだろうが、これが意外と難しい。パンケーキ職人はパンケーキが得意だし、ミルクレープ職人はミルクレープが得意だ。みな、自分が書きやすい密度があるのだろう。
先日ライター3人でおしゃべりしていたとき、この文章の密度の話になった。そのうちの一人が文章をコーヒーに喩えていて、「たとえば◯◯さんの文章は、エスプレッソダブルをジョッキで、みたいな文章」などと言っていたのがとても面白く、じゃあ、この人の文章は? あの人の文章は? と盛り上がった。
「私の文章は、アメリカンな感じ?」と聞くと、彼女は、「いえ、さとゆみさんの文章は、喩えるならアイスカフェラテみたいな感じですね。混ぜる前の」と、言う。それはどういう意味かと聞くと、ごくごく飲んで読み飛ばして良い部分と、みっちり書き込んで味わって欲しいという場所の差が激しい、とおっしゃる。
それを聞いていたもう一人のライターさんが、「うわあ、わかるううう。たしかにさとゆみさんの文章、アイスカフェラテ。混ぜる前の」と、頷く。コーヒー牛乳とは違うよね、うん違う、などと2人は話している。
そうなのか。自分ではよくわからないけれど、そのごくごく飲めるというのは、良いことなのだろうか? と聞いたら、いいと思いますよ。ミルク部分も一応コーヒーの味はします、と言われた。
それからというもの、アイスカフェラテを飲むたびに、茶色と白のグラデーション部分を見つめてしまう。
言われてみればたしかに、私は原稿を書く時に、これを書きたいという一点が明確にある。
早くアレを書きたい、そこまで辿り着くのがもどかしい、早くあのシーンを書かせてくれ、あー前段全部ぶっ飛ばしたい、でもアレを味わってもらうにはこれを説明しとかなきゃ、でもなるべく短く、早くあの場所までいきたいって感じで、ぐいぐい前に進みたがる。
そこがたぶんごくごくミルクのあたりなのだろう。
で、肝心のアレに辿り着いたらねっこり書きたい。
目の前で展開される映像を一時停止したり、スロー再生したり、ズームインしたり、引いてみたり、隅っこの方で誰かがボソッと言った言葉を巻き戻して聞き取ったりして、書く。しつこく書いて書き込んで、あー、堪能した。楽しかったー、と思ったら、もうあとは早く終わりたくてたまらない。ムラっけ甚だしい。まるで、私みたいだ。
文章は私に似る。
私も文章に似る。
もし、私の書く原稿が、切り抜き動画なら。
今日の取材でいちばん盛り上がったところ「だけ」を切り取り、書くのならば、すぐにでも書き始められるだろう。今も頭の中で再生できる。少し言い淀んだあとに、取材相手の口から飛び出した、意外なあの話。
でも、私の書く原稿は、切り抜き動画ではない。


