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この場所にいるときの自分が好き【さとゆみの今日もコレカラ/第 127 回】

その図書館に足を踏み入れた時、ん?  何かが違うと思った。

広々としている。天井が高い。でも本はみな手を伸ばせば届く場所にある。本との距離が近いと感じる。これはあとで聞いた話だけれど、同じスペースで運営する図書館の3分の1程度の蔵書数だという。ぎっしりと詰め込まれていないぶん、一冊一冊がのびのびと陳列されている。私を読む? それとも僕? 本が楽しそうに話しかけてくる。

でも、この開かれた感じは密度の違いだけじゃない。ああそうか、音楽がかかっているんだと気づく。

鹿児島の天文館図書館。オープンして一年余り。商業施設の中にある図書館で、この扉を開くとここからは図書館ですよ、といった境目がない。買い物をしながらエスカレーターをのぼってきたら、そのまま図書館に吸い込まれた。日常の延長に本がある。商業施設でかかっていた BGM がそのまま流れている。

子供の遊び場がある。鳥の巣みたいにすっぽり包み込んでくれるソファがあって靴を脱いでお篭りポーズで本を読んでいる人がいる。仕事をしている人も勉強をしている学生もいる。

中央にカフェがある。ランチをしているのだろうか、たのしそうにおしゃべりしている。ここは静かにしていなきゃいけない場所という、図書館特有の緊張感がない。みんなリラックスしている。「うみだす」と書かれた書棚の前のデスクで、私もパソコンを開いた。振り返ると、古今のデザイナーたちが編んだ書籍が並んでいる。いろいろ生み出してきた人たちの息遣いを、背中に感じる。

こんな図書館が街にあるということ。どれだけ豊かなことだろう。以前観た映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を思い出す。

移民の人たちに言語を教える、高齢者にパソコンの使い方を教える。その映画を観て知ったのは、「図書館は本を読んだり借りたりするだけではな く、この土地に暮らす人たちの生活を支えるための居場所でもある」だった。でもそれはどこか遠い海外の話だと思ってた。

こんな感じかあ、と、天文館図書館を歩きながら思う。

聞けば、学校に行かない子どもたちがここで過ごしたり、パパやママたちが託児つきのイベントに参加できたりするらしい。

ある学生さんが「この図書館にいるときの自分が好き」と言ってくれて、それがとても嬉しかったんです、と館長の松田さんが言う。ああ、そうだろうな

あ。こんな場所で過ごせたら、自分のことが好きになれそうだ。

図書館の中に、私が書いた本を見つけた。

うわあ、きみ、幸せ者だねえと思う。こんな広くて優しくてあったかい場所に置いてもらえて、本冥利につきるよねえと思う。いろんな人に可愛がってもらうんだよ。表紙をなでなでして、書架に戻す。

この図書館で、明日私は、トークイベントをすることになっている。話をさせてもらうスペースを見せてもらった。ここは「くらす」の本が並ぶスペースのようだ。用意してきたパワーポイントを使うのはやめようと思った。この場所に似合うのは、セミナーや講演じゃなくておしゃべりだ、と思う。明日はこの場所にきてくれる人たちと、おしゃべりしようと思い直す。

予想外の行動になるけれど、こんな素敵な予想外、なかなかないよね。

次の日、ここで出会った人たちと過ごした時間は、それはとてもとても素敵なものだったのだけれど、その話はまたいつか。

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