検索
SHARE

その一歩目の物語【さとゆみの今日もコレカラ/第 347 回】

韓国人作家の韓江(ハン・ガン)さんがノーベル文学賞を受賞された。

過去にノーベル文学賞について調べたことがあるのだけれど、文学賞はある一作品を評価するわけではないので予想が難しいと言われている。そして日本語で書かれた作品は「母語」で評価されるわけではなく、英語を主とする「翻訳」で評価されるので、そもそも海外に翻訳されていない作家は候補になりにくいとそのとき知った。

先日、CORECOLORで取材をさせていただいたキム・スンボクさんは、韓国書籍専門店のチェッコリ店主であり、韓国本の翻訳エージェントであり、自らも出版社を持つ。そのキムさんが、自分の出版社ではじめて邦訳出版した書籍が、ハン・ガンさんの代表作『菜食主義者』だった。

しかし、2011年当時、いい作品が翻訳できたと勢い込んで営業に行ったとき、日本の書店の反応はよくなかったという。そもそも書店に韓国文学の棚がなかったので、扱ってもらうこと自体が難しかったのだ。

その後、キムさんは草の根運動を始めた。

K-BOOK振興会を立ち上げ、まだ日本に翻訳されていない韓国の本を紹介する場を作った。書店に棚がないから「韓国文学」というプレートを自分で作って営業に回った。少しずつ韓国本が認知されるようになっていった。

55万部の大ヒット『私は私のままで生きることにした』も、キムさんが出版社に翻訳を提案した本だ。

取材中に印象的だった話がある。

キムさんは、出版社を経営している。他の韓国本を出版する出版社はライバルにあたるはずだ。でもキムさんは、そのエージェントをしたり、マッチングをしたりもする。本来なら、競合にあたる会社の応援をすることになる。

ライターのかなちゃんが、「ライバルが増えることはデメリットになりませんか?」と聞いた。するとキムさんは、「ライバルがいた方が本は売れる」と答えた。そしてこう続けた。

私たちが韓国の本を売り続けるために大事なのは、日本で韓国本の翻訳出版が続いていくこと。だから、他の出版社が韓国の本を翻訳出版するときは、私たちが運営する本屋でイベントを仕掛けて本が売れるように協力します。その本がよく売れたら、出版社は「また韓国の本を出版しよう」という気持ちになりますから。

こういう活動のすえに、日本で韓国本が読まれるようになったのだと思うと、熱くなる。

そして日本にキムさんがいたように、きっと英語圏でもドイツ語圏でもフランス語圏にもきっとキムさんのような人たちがいて、母国の本を世界の人たちに読んでもらいたいと奮闘したのだろうと想像する。

ハン・ガンさんの受賞によって、キムさんはいま、取材対応に大忙しだと聞いた。その話を教えてくれたライターのかなちゃんは、「これで、韓国好きの人以外に、韓国文学が読まれる絶好の機会がきました!!」と喜んでいた。

いま、Amazonではハン・ガンさんの『菜食主義者』が品切れしているけれど、この本が日本で読めるのも、「この本を読んでほしい」と考えたたった一人の女性がそれを翻訳したいと考え、書店を回って営業を続けた結果なのだ。

書く人がいて、読む人がいて、感動して、応援する人になる。応援する人の力で読む人が増える。そうやって読んだ人が、応援する人の輪に加わることもあるだろう。たった一人の情熱が大きな火の輪になっていく。

その一歩目の物語。かなちゃんが丁寧に取材してくれました。ぜひ読んでください。

ーーーーーーーーーーーー

【この記事をおすすめ】

「キムさんは業界を盛り上げようとしていてえらいよね」と言われたりします。でも、私の目的は業界を盛り上げることではないんです。自分が面白いと思って紹介した本をもっと手に取ってもらいたい、買ってほしいという、とてもシンプルな理由です。

writer