推しの「なんか」を探しても【会いたいから食べるのだ/第3回】
「あそこには絶対『なんか』あると思うんだよね」
大好きを超えて崇めている友だちが2人いる。NちゃんとKさんという。2人には全く接点がないけれど、ほぼ同じ時期にほぼ同じ発言をしていた。推し1人ならまだしも、推し2人が同じことを言っているとなると、セレンディピティとしか思えない。
「あそこ」とは、下鴨神社の「糺の森」だ。Kさんは糺の森を歩くと「ただならぬ雰囲気を感じる」という。Nちゃんも「人をハイにさせる不思議な空気が満ちてる」と言っていた。
推し2人の話を聞いた私は、心に固く誓った。下鴨神社に必ず行く。
その時期、私は焦燥感に駆られていた。ある夢をどうしても叶えたいけれど、今の自分のままでは絶対に叶えられない。そんなやるせない現実に直面していたから。
才能に溢れる2人が惹きつけられる場所へ行けば、自分も夢のしっぽを掴めるのではないか。感性豊かな2人が感じている「なんか」を感じ取れれば、自分ももっと素晴らしい人間になれるのではないか。そしてあわよくば、推し2人にもっと認めてもらえるのではないか。そう期待していた。
でも、下鴨神社に行くことは、とてつもなく後ろめたく、恐ろしいことでもあった。
「七ちゃん。あらゆる宗教は全て悪魔が生み出したものだから、信じてはいけないの」
中学1年生のとき、母が新興宗教に入信した。私は入信しなかったけれど、母は折に触れて「やってはいけないこと」を私に説いた。母に見捨てられたくないという恐怖から、私はそうした教義の多くを律儀に守った。初詣に行かないし、お墓参りもしない。大人になり、実家を出た後も、母に見られていないのに勝手に守り続けた。
そんな私が神社参拝のタブーを破り、初夏から真夏にかけて6回も下鴨神社に通った。それほど私は、推し2人の「なんか」を見つけて自分を変えたかった。
初めて下鴨神社に参拝したのは、どんよりとした曇り空の朝だった。最寄りの出町柳駅を出ると、日曜日の京都なのに人がほとんど歩いていない。Googleマップを見ながら鴨川を渡り、大鳥居をくぐる。由緒のありそうな住宅を過ぎると、目の前に糺の森が現れた。
母を裏切る罪悪感と、「なんか」は本当に見つかるのだろうかという不安で、心臓がばくばくと騒がしい。息を深く吸い込んでから、森の中をまっすぐに伸びる参道に足を踏み入れた。たまに木々を見上げながら、ゆっくり砂利道を歩く。
空気が清々しいな、と思う。青もみじの若々しい葉が曇り空に重なり合うのが綺麗だな、と思う。砂利を踏む「ざっ、ざっ、ざっ」という足音が心地よいな、と思う。でも、これらが推し2人の言っていた「なんか」ではない気がする。たしかに素晴らしい場所だけど、似たような感覚は他の場所でも味わったことがある気がする。
私は「なんか」を探そうと、目をきょろきょろさせ、耳をそばだて、鼻の穴を広げる。「なんか」の存在を証明する感覚を体から引っ張り出そうとするものの、何も出てこない。そもそも「なんか」は意識的に探すものではない気がする。すでに目の前にあるものなのだ、たぶん。
あぁ、やっぱり私には「なんか」を感じられないんだ。自分に対してがっかりしながら歩いていたら、森がひらけて赤い鳥居にたどり着いていた。慌ててスマホで「神社 参拝方法」と検索し、「2礼2拍手1礼」を頭に叩き込んでから、たどたどしく本殿を参拝する。
どうか夢が叶いますように。目をギュッとつぶりながら祈願したとき、「悪魔にたぶらかされちゃ駄目」と説く母の顔がよぎった。
参拝後、森を引き返し、真っ平らなアスファルトの道に戻ると安心した。自分の生き様が試されているような緊張感が解け、足の裏に力を込めずとも楽に歩ける。
「カッ、チッ、カッ、ツッ」
しばらく聞こえないふりをしていたけれど、やっぱり気になってしまった。歩道の端に寄ってスニーカーの裏を見ると、案の定、森の砂利が詰まっていた。1粒や2粒ではなく、両足に十数粒ずつ。
行き交う車と人に背を向けて片足立ちになり、森の余韻を引きずる砂利を取っていった。1粒ずつ指先でつまんでは、地面に落とす。爪に砂利があたるときの微かな音が、尖った響きで心地悪い。「なんか」を見つけられなかったことを突きつけられたようで、いっそう情けなくなる。最後の1粒まで取ってようやく、再び歩き出した。
下鴨神社を参拝する日は、NちゃんとKさんが推していた他の場所も巡礼することにしていた。楽しみな面もあったけれど、2人に近づくために巡らねばならぬという切迫感のほうが強かったかもしれない。
2人にはそれぞれ自分の好きなものや大切にしたいものが確固としてあり、そうしたものへの想いを表現できる揺るぎない力があった。その表現はいつもとても瑞々しく、深い愛に溢れているように私は感じた。そしてもちろん、多くの人の心を惹きつけ、喜ばせる表現だった。
特にNちゃんは、全国の素敵なお菓子屋さんやカフェを発掘し、その魅力を広げている子だったから、同じくお菓子好きの私には眩しくて仕方なかった。NちゃんがInstagramで紹介している多くの店の中から、下鴨神社にそう遠くない店を訪れ、Nちゃんに「めちゃくちゃ美味しかった!」と報告する。Nちゃんはいつでも、私の巡礼報告を優しく受け止めてくれた。
***
下鴨神社に通い始めても、夢がすぐに叶えられるはずもなかった。でも代わりに、叶えられない理由を少しずつ理解していった。足裏の感触だけを頼りに夜更けの森を歩くように、心にゆっくりと理由を馴染ませる必要があった。
すぐに人のせいにする。
これが、夢を叶えられない理由だった。
夢を追いかけていると、たくさんのハードルが現れる。自分の実力が足りなかったり、「それはやめたほうがいい」「非常識だ」「もっと人のためになることをしなさい」と他人に咎められたり。私はそうした辛いハードルをたいてい、人のせいにして生きてきた。「誰も私の努力を認めてくれない」「どうしてあの人ばかり」といった風に。
私がすぐに人のせいにすることに気づかせてくれたのは、Aちゃんという別の友だちだった。
「私は文章で大物になりたい!」
「七恵さん。大物になりたいのは、人にもっと愛されたいという気持ちの表れですねー」
「な、なるほど。自分の幸せを人に委ねるのは他責ですよね……」
「本当にやりたいことをやっていれば、心が満たされて、他者の評価は気にならなくなりますよ。あと、本当に創りたいと思って創られたものには、それを必要とする人が必ずいて、自然と届くようになってます」
「そうなのかぁ……」
Aちゃんは「本当にやりたい」と思ったことしかやらない人だ。私が悩みを吐露するLINEを何件も送っても、「伝えたくない」あるいは「伝える気にならない」と思えば、構わず既読スルーする。だからこそ、Aちゃんが8回に1回くらいの頻度で返してくれる「本当に伝えたい」メッセージは、夜更けの森で発光する石のように、私が前へまっすぐ歩むことを後押ししてくれた。
「徐々に進めばいいですよ。気づくことができれば自責になりますから」
夢を叶えるためには、39年分の他責思考を自責思考にひっくり返すしかない。だから私は決意した。「理不尽そうに思えることも含め、自分に起こる全ての出来事を、自分の責任として引き受ける」と。
もし私が誰かに咎められたとしたら、それは私の行動が引き起こした結果であって、相手のせいではない。きっと相手も課題を抱えているだろうけれど、私が見つめるべきなのは、私自身の課題だけなのだ。
もちろん言うは易く行うは難し、だった。無意識に人のせいにしていて、「またやってしまった」と悶えるような苦しみが襲う。下鴨神社に行っても相変わらず「なんか」は見つからず、スニーカーの裏に砂利も詰まる。夢は、はるか遠い。
それでも諦めず、他責思考になるたびに、人のせいにするきっかけとなった過去の記憶をさかのぼり「苦しかったね」と認めていく。過去の悲しみや怒りを1つずつほどき、代わりに柔らかなガーゼのような安心感で包んであげる。人のせいにしないでも私は生きていけるからね。自分で自分の人生を決めていこうね。他人軸ではなく「自分が本当にやりたいかどうか」を大切にしようね。そう自分に語りかける。
***
4回目の下鴨神社に参拝する前日だった。以前ならNちゃんのInstagramを見返して巡礼する店を決めていたけれど、そのときは「みつばちさんで『あんず氷』を食べてみたいな」と思い立った。それは鏡にほんの一瞬、太陽の光が反射するような、きらめきと確信に満ちた閃きだった。NちゃんがInstagramで紹介しているかどうかは分からない。でも、どちらでもいいやと思えた。
みつばちは出町柳にあるあんみつ屋で、店の前を通りかかるたびに、絵本のような可愛らしい暖簾と、ゆるりと力の抜けた文字の看板が気になっていた。
初夏になると登場する「あんず氷」が名物らしく、鮮やかな橙色のとろりとしたあんずシロップは、写真を見ただけで美味しいとわかる。3年前からあんず氷に恋焦がれていたものの、毎年タイミングを逃していた。今こそ、行きたい。
翌朝、参拝を終えると、肌にまとわりつく湿気と汗を拭いながら、みつばちに向かった。厚い雲の隙間から、太陽が顔を出して眩しい。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、小さな鈴がりんりんと鳴るような、優しく澄んだ声の女性が出迎えてくれた。その声は私の心の硬い表面をすり抜け、心の真ん中のほわほわとした部分に直接響くようだった。
あんず氷は心に決めていたけれど、せっかくだからあんみつとセットにしようかな。あ、クリームあんみつにする? いやいや、ここはやっぱりシンプルにあんみつかな。
本当に食べたいものを、自分で選ぶ。ささやかだけど大真面目で幸せな悩みを存分に愛でてから、呼び出しボタンを押す。
「はぁい、お伺いします」
注文を取りに来てくれた女性の声が、先ほどの女性とそっくりで驚く。双子の姉妹だと知り、やっぱりここは絵本の世界かもしれないと思う。店内には、私のように近郊から来たであろう人や観光客はもちろん、ご近所らしきおじいさんもいた。住む場所も年代もバラバラな人たちが、森の外れの花畑に集まるように店に来て、ふんわり微笑みながらあんみつやかき氷を食べている。この光景をそっと眺めていると、まるで夢の中で癒されているような気持ちになった。
あんず氷は、とろりとして丸みのある甘酸っぱさが、夏の熱気がこもった体にじんわり染み渡るのがたまらない。毎年楽しみにしている人が多いのもわかるなと、うんうん頷きながらいただく。
でも、もっと感動したのは、看板商品のあんみつなのだ。天草という海藻をじっくり煮込んで作った寒天は、噛んだ瞬間、青く美しい海の匂いが感じられる。嘘だと思うかもしれないけれど、「ざざん……」と波の音も絶対に聞こえた。波照間島の黒糖で作った黒蜜も、さらりとして軽やかなのにコクがあって、瓶詰めにして売ってほしいほど美味しい。何より、あんず。しっとりふっくらと柔らかく、双子の店主さんたちはこの食感に行き着いたとき、どんなに豊かな気持ちになっただろうと想像してしまう。
もちろん、あんこも、赤えんどう豆も、白玉も、全て完璧。こんなに美味しいあんみつに初めて出会ったし、たぶん私にとって世界一であり続けるだろう。
みつばちに来て、良かった。自分の「食べたい」に素直になれて、良かった。
帰りの京阪電車で、いつものスニーカーに砂利が詰まっていないことに気づいた。その日以降、森の砂利が詰まったことは一度もない。通い始めの頃は重苦しい曇天が続いたけれど、下鴨神社の空だけは必ず晴れるようにもなった。
「夢が叶いますように」と唱えるのはもうやめた。自分の人生は自分で切り拓くから。その代わり「いつも見守ってくださって、ありがとうございます」と神様にお礼をする。母の顔は、浮かばなくなった。
***
実は初めてみつばちを訪れた数日後、私が夢を叶えられないもう1つの理由を悟った。それは、自分にふさわしくない夢を追っていたから、だ。
全く的外れな夢ではないけれど、100%自分にふさわしいものではないから、努力の方向が数ミリずれてしまう。でも、本人は夢を信じたくて突き進み、ずれがどんどん大きくなっていく。そして結局「ちっともうまくいかない」と苦しみ、他責にしてしまう。
今思えば随分前から、「その道は違う」という小さな声が、心の奥深くから放たれていた。夢を叶えた先の幸せをイメージすることもできなかった。
でも、みつばちに行くといった、日々のささやかな「やりたいこと」をやりきることで、こうしたサインにも向き合えるようになったのだと思う。
「七恵さん。幼い頃からずっと好きで、無意識のうちにやっていることに、その人の役目がありますよ」
「無意識のうちにやっていること? うーん、なんだろ……」
他責思考に気づかせてくれたAちゃんは、「一生をかけてやりたいこと」を私の中心に据えるための大きなヒントもくれた。それは、はるか遠くにあって追いかけ続ける夢ではなく、幼い頃から私の中に存在する光を知ることだった。
「七恵さんはずっと弱さを見てますね。弱さにある美しさを見てるでしょう」
「えっ。弱さ、ですか」
言われてみれば、たしかに私は自分や他人の弱さを見つめてきた。
幼い頃から容姿や匂いのコンプレックスが強く、自分の存在感をできる限り消して生きてきた。誰かに見つかって「ほんとにブスだな」「くさっ」などと傷つく言葉を投げられないよう、隅っこでじっと息を潜め、周りの様子を窺っていたのだ。
自分が弱さを抱えていた分、人の弱さにも自然と目がいく。テレビで悲しいニュースを見た母が、静かに台所に行って鼻をすすった音。会社の飲み会で酔って帰宅した父が「七ちゃん、おうち帰ろうか」と言ったときのまつ毛の影。どんなに強くてしっかりとした人間に見えても、縫い目がほつれて飛び出した糸のような弱さが必ずある。その弱さを、ついじっと見てしまう。糸はひょろひょろと頼りなく揺れ、ほつれから心の中がわずかに覗く。その様子がとても美しくて、気持ちが安らぐ。
子どもの頃は心の声で、大人になって書く喜びを知ってからは文章で、弱さにある美しさを表現する。もうずっと前から、本当にやりたいことを自然にやっていたのだと、ようやく気づくことができた。私自身の中に答えがあるのだから、ただあるがままに生きればいい。それはとても幸せなことだと思えた。
はるか遠くにあった夢は、虹が滲むように消えた。
***
先日、2か月ぶりに下鴨神社をお参りした。帰りはみつばちに寄ろうと楽しみにしながら。
糺の森は夏の面影をほんのわずかに残しつつも、暖かな色彩があちこちで秋の深まりを告げている。
その日は風が強く、いつもよりゆっくりと歩を進めた。木々の枝が空の上で大胆に交差しているのを見て圧倒される。一瞬、風がさらに強くなり、たまらず瞼を閉じた。数秒も経たずに再び開けると、太陽の光が木々の隙間から目の前に射し込んでいる。そこに、空高くから黄金色の何かが、次から次へと降ってきた。木の葉にしては、珍しい形だった。光を受けてきらきらと輝き、くるくると舞いながら、それぞれのペースで降る。まるでたくさんの蝶が自由気ままに飛んでいるかのようだった。
このとき、涙が自然とこぼれ落ちた。感覚を研ぎ澄まそうとする意識は吹き飛び、何も考えられなくなり、ただただ泣けて仕方なかった。
その日初めて、私は「なんか」を感じた。きっとNちゃんのそれとも、Kさんのそれとも違う。私だけの「なんか」だった。
文/さなみ 七恵
みつばち
京都府京都市上京区河原町今出川下ル梶井町448-60
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