
売文業と、プロの条件【さとゆみの今日もコレカラ/第379回】
あるメーカーさんのサイトに寄稿するエッセイに対して、担当編集さんからフィードバックがあった。どれもこれも、たしかにと思うコメントばかりで、ほとんど全箇所アドバイスに従って加筆修正をした。
やっぱり編集者さんのいない文章ばかり書いていると、最後の絞りが甘くなっていくなあと思った次第。
✳︎
作家やライターにとって「プロの条件」とは、そこに編集者が介在しているかどうかだ、と書いたのは、古賀史健さんだ。
誰かからオファーされて書いているか。
あなたの原稿を待っている人がいるか。
そこが、プロであるかどうかの境界線だと古賀さんは言う。
「プロかどうか」の定義は、わたしは古賀さんとはちょっと違うのだけれど、物書きにとって編集者の存在がどれだけ大きいかについては、よくわかる。
最近では、編集者を介在させずに、つまり自分一人で文章を完結させ、文章でお金を得ることはだいぶ容易になった。noteを売ることもできるし、Kindle出版もできる。ZINEも作れる。
だから、文章でお金を稼げるかどうか(つまり、読者がいるかどうか)という視点で見ると、編集者と仕事をしなくても売れる文章は書ける(人もいる)。
ただ、編集者さんの目が入る文章は、少なくともわたしの場合、自分一人で書くものとは違うものになる。
編集者さんのフィードバックによって、全編ボツにすることもある。もちろん、数文字しか変更しないこともあるし、場合によっては一文字も変更しないこともあるけれど、自分ではない人のフィルターを通ることによって文章がぎゅっと絞られていく感覚がある。フィルターというよりも、哲学や審美眼といった方が近いかもしれない。
では、原稿料をもらいながら編集してもらうのと、自分で編集者を雇って売るのはどう違うのかということを考えている。
古賀さんの定義でいえば、「オファーをされる」ことがプロの条件であるから、自分がオファーして編集者についてもらった場合は、プロではないことになるだろうか。
生まれて初めてつくるZINEの印刷打ち合わせに行ってきました。
「売文業」のいろいろな可能性について、考えているところです。
ーーーーー
【この記事もおすすめ】
下村さんに強い恩義を感じて、一日でも早くプロになった方がいいなと思い直し、「やっぱりお願いします」とお伝えしました。


