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子供より仕事 それって「わがままな選択」?

20代の頃はただただ仕事が楽しく、生きづらさを意識したことがなかった。しかし、30歳を過ぎたころだろうか。結婚、出産をきっかけにキャリアに悩む友人や仕事仲間が増えてきた。私も「そろそろ子供のことを考えなきゃ」と焦り、生きづらさを認識し始めたそんな時、手に取ったのが劇作家の横山拓也さんの小説デビュー作「わがままな選択」だった。これは私の物語?仕事と妊娠の狭間で悩む夫婦の話は、38歳既婚、子なしの私にグサリと刺さった。

わがままな選択 横山拓也

小説のワンフレーズは、現実味を持って響いた。「子供がいたら、何が一番困る?」という夫の問いに妻は「決まってるでしょ、仕事ができなくなる」と答える。物語は、子供はつくらないと決めて結婚した静生(しずお)と沙都子(さとこ)が予期せぬ妊娠で葛藤を抱えるところから始まる。登場人物が私の思いを代弁してくれているようで、前のめりになった。

私に子供はいない。だが、子供を作らないと決めたわけではなく、むしろ欲しい。決心して妊活を始めたものの、仕事との間で割り切れない気持ちでいる。病院で「おめでとうございます、妊娠しています」と言われて、十月十日を経て無事出産したとしても、子供にかける時間は否応無しに増えるし、仕事復帰するにも保育園のお金がかかる。子供が病気になることだってある。予期せぬ出来事も起こるかもしれない、などなど。お腹に子がいないうちから、私の頭の中は妄想でいっぱいだ。職場の先輩方の子育てにまつわる苦労話を多く聞いてきたからこそ、「子供ができても、やりたい仕事をできるのだろうか」という思いは拭えない。

「わがままな選択」は、そんな私にとってリアルな非現実だった。2017年に初演され、2022年3月に東京、4月に大阪で再演された舞台「粛々と運針」を原案とした書き下ろし小説。40歳間近の沙都子は、不動産会社でバリバリと働く課長代理。ファミレスの店長である静生の2倍稼ぎ、一家の大黒柱として仕事にやりがいを感じている最中に妊娠が発覚し、戸惑う。仕事がしたい沙都子と、子供を欲しいと思い始める静生。産むのか産まないのか。2人は話し合いを始めるのだが、命をめぐる葛藤が簡単には答えを出させてはくれない。

私は今年、38歳になった。なるべく若いうちに、できるなら35歳までに子供を産めば良いことは知っていたけど、仕事が楽しくて仕方がなかったから子供のことは横に置いて走り続けてきた。書けば書くほど人脈は広がり、文章も自由に操れる様になってくる。取材から取材へと全国を飛び回るライターの仕事は充実していた。深夜の仕事も出張も、大変ではあったがやりがいがあった。男性と変わりなく仕事をこなしてきたこともあり職能に男女に差はないと思ってきたが、妊娠の前では性を意識せざるを得なくなった。産婦人科でお医者さんから伝えられた検査結果と高齢出産のリスクの話。過去に「羊水が腐る」と発言して批判された芸能人がいたが、羊水は腐らなくとも私の生殖機能は静かに老化している。タイムリミットは予想以上に近いのだと実感した。

出産にまつわる問題は周囲に溢れている。友人や仲間との間でも、高い頻度で話題にのぼる。20代のうちに子供を産んで職場復帰した後輩は「力をつける前に、マミートラックに乗ってしまった」と嘆き、子供が欲しいと思っている知人も「もっと仕事をしたいのに、子供を産んだらキャリアが止まっちゃう」と不安がる。保育園とシッター、そして夫婦双方の親をフルに駆使して男性同様に働く先輩も充実の一方、時間に追い立てられて辛そうだった。独身女性は独身女性で「時短勤務だったり、転勤拒否だったり、制約が多いママさんたちの尻拭いはもう嫌」と愚痴る。子育ては幸せもあるのに、一寸先は闇みたいになっている。しんどい。

作中で沙都子は「私、“子供のせいで”って思いたくないの。子供のせいで仕事を辞めた。子供のせいで時間がなくなった。子供のせいで欲しいものが買えない。子供のせいで部屋が汚される。子供のせいで、子供のせいで、子供のせいで」と本音を吐露する。この気持ちは私の中にもある。仕事に全振りして、子供を後回しにしたことに後悔はない。しかし、ただただ好きなことをして、思う様に生きたいだけなのに、苦しいのはなぜだろう。沙都子は「これのどこがわがままなの?」と問う。

女性の妊娠出産にまつわる悩みの背景には、子育て支援が未熟な会社組織や日本の社会構造の問題があるのではないかと感じている。しかし、今すぐに会社や社会は変えられない。そんなもどかしさの中で、仕事を続けたい周囲の女性たちは、両親や義父母など家族を総動員し、お金をフル活用して仕事と子育てを両立するか、仕事のペースを落として子育てにシフトチェンジするか、子供を諦めるかなどと選択を迫られていた。私自身、妊活をしても子供を授かれるかはわからない。そして何より、キャリアの中断が怖い。それでも、「未来で後悔しないために、自分で妊活する道を選んだんだ」と気持ちを奮い立たせて前に進むことにした。時間は待ってくれない。

沙都子と静生も物語のラストで、ある結論を出す。作中で繰り広げられる登場人物たちの問答は、人生を大切に、思う様に生きたいと願う人たちの叫びの代弁のように聞こえた。紆余曲折を経て2人が出した答えは「わがままな選択」なのだろうか。私は、そうとは思えなかった。

文/人見しゅう

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