
あれもこれもごめんなさい【さとゆみの今日もコレカラ/第522回】
あれは多分、少学3年くらいの時だったか。ありとあらゆることに謝罪しないと気が済まない脅迫症のようなものにかかった。
朝、目覚ましで起きられなくてごめんなさい。
パンくずをこぼしてしまってごめんなさい。
学校の準備を前日にしなくてごめんなさい。
あの件は私のせいかもしれないごめんなさい。
この件も私が気づいてないだけで本当は私が悪いのかもしれない、ごめんなさい。
冗談のようだが、しまいには、生きていてごめんなさいとも思った。
一日に50回くらい謝って、それでもまだ謝りきれていないことがあるかもしれない思うと不安になった。何度手を洗っても汚れているような感覚で、私は謝り続けた。
そのうち通常運転に戻ると思われていたのだろうか。明らかにおかしかった私の言動に対して、両親は何もなかったかのように接した。
この謝罪強迫症的なものは、2週間くらいですんっ、と姿を消した。ある日突然、謝らなくても怖くなくなった。
あれは何だったのかな。
いまだとなんらかの病名がつくのだろうか。
生きていると、毎日こんなにも「しちゃいけないこと」をするのだと、その時に思った。そして、自分の罪(?)をいちいち気にしていたら生きていけないんだなあとも思った気がする。私の性格が大きく、「雑」サイドに触れたきっかけだったかもしれない。
ローマで「今年は25年に一度のカトリックの巡礼の年で、普段は開けられない4つの教会の特別な扉が開いている」と聞いた。その扉をくぐると、これまでの罪は全てチャラになるとのことで、世界中から信者が押し寄せているという。
基本は信者が優先だけれど、並べば私たちもその門をくぐれるとのことで、サン・ピロトロ大聖堂のその門をくぐってきた。係の人(?)が「はーい、立ち止まらないでくださいねー。どんどん前に進んでください」と声を張り上げている。
ふと、お正月の明治神宮で「どの列に並んでもご利益は一緒です! 中央も端っこもご利益は一緒です!」と大声で交通整理していた人のことを思い出した。
かくて、私のこれまでの罪は、ノーカウントになったことをここにお知らせいたします。
が、そこから24時間くらい経って、もうすでに山ほど罪を犯しているであろうことも、自覚しています。
人は1日に200回は嘘をつくなんてことも聞いたことがある。罪なんて、毎日あっさり犯すんだよなあ。
「今日もコレカラ」は、毎朝7時に更新して、24時間で消える文章です。今日もコレカラ、良い一日を。
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読み終わった後、自分のなかの正と誤、陰と陽みたいな正反対のものが、ぐるっと逆転したような感覚に陥った。生きてきたなかで一番不思議な読書体験だったんじゃないだろうか。


