
人間にとって衣服とは? ゾンビ溢れる終末世界で紡ぐ「衣」の物語『世界の終わりの洋裁店』【連載・あちらのお客さまからマンガです/第24回】
「行きつけの飲み屋でマンガを熱読し、声をかけてきた人にはもれなく激アツでマンガを勧めてしまう」という、ちゃんめい。そんなちゃんめいが、今一番読んでほしい! と激推しするマンガをお届け。今回は、先日初の単行本が出版されたばかりの『世界の終わりの洋裁店』について語ります。
幼い頃から「衣食住」という言葉が不思議でしょうがなかった。生命を維持するための優先順に並んでいるとのことだが、食べるのが好きな私はまず食じゃない? と。いや、ちゃんとした食事とまで言わずとも、せめて水を飲んで一息ついてから洋服や住居のことを考えたいなんて呑気なことを考えていた。
改めて調べてみたところ、寒さや暑さなどから身体を守るための「衣」、飢えをしのぐための「食」、安全を確保するための「住」という理由で「衣食住」の並びになっていることを知った。けれど、このマンガと出会ってから何よりも最初に「衣」がくる本当の意味を理解したような気がする。その名も『世界の終わりの洋裁店』(原作:西尾雄太先生・室井大資先生 / 作画:マツダユカ先生)。ゾンビが溢れる終末世界を舞台に「衣食住」のなかでも「衣」にフォーカスをあてたヒューマンドラマだ。
そこはゾンビ溢れる終末世界、職業は洋裁店の雑用係
ある日突然、死人が蘇り人を襲うようになってから早10年。世界中にゾンビが溢れかえり終末と化した世界で、生き残った人間たちは各地で小さな集落を作り、互いに助け合いながら暮らしている。
こういったゾンビによる終末ものは、正直マンガのなかではそこまで珍しくない設定だ。生き残りをかけて壮絶なバトルを繰り広げたり、命をかけて恋に情熱を燃やすなど、極限状態だからこその眩いドラマがこれまでに数多く生まれてきた。けれど、本作の主人公・こうたは戦うわけでも、恋をするわけでもなく、洋裁店で雑用係として淡々と働いている。
免許合宿で訪れたN県でゾンビに追われ、そのまま県内の集落で暮らすことになったこうた。洋裁店で働くことになった理由は、もともと服屋の売り子をしていたからで、別に服が好きなわけでもないし、洋裁店の跡を継ごうという熱い意志もない。『世界の終わりの洋裁店』は、そんな従来のゾンビによる終末もののセオリーを覆すような設定で、開幕早々から私たち読者の興味をそそる。
人間にとって衣服とは何なのか? という問い
集落を囲むバリケードを一歩踏み出すと、ゾンビが溢れかえっている。そんな恐ろしくて残酷な事実を忘れてしまうほどTHE・日常な空気感が漂う本作。けれど、洋裁店という舞台の上で、服は身体の脂や風雨であっと言う間にボロボロになってしまうこと、スニーカーのソールも加水分解という現象によってすぐに使い物にならなくなってしまうこと……。「衣」は私たちが思っている以上にこまめなメンテナンスが必要で、それゆえに洋裁店という場所がいかに重宝されているのかという点に気付かされる。そして、洋裁店を訪れる客を通して、私たちは「人間にとって衣服とは何なのか?」と考えさせられるのだ。
ある日、洋裁店を訪れた一人の女性。洋裁店の店長の昔からの知り合いだという彼女は、長年連れ添った夫の訃報を知らせにきたのだった。そして、亡くなった夫に昔仕立ててもらった礼服を着せて送り出すのだと言う。続けて彼女はこう呟く。「洋裁店のおかげで、人間でいられる」と。
生と死が常に隣り合わせな場所で紡がれる「衣」の物語
彼女の切実な想いを聞いた洋裁店の店長は、そんな彼女に喪服を仕立ててあげたいと思い、布を入手すべく町に出るのだが、その折にゾンビに噛まれて感染してしまう。こうたは店長がゾンビ化するまでの間に、仕立ての手解きを受けながら喪服を作り、彼の思いや意志を継承していく。
こうして洋裁店の跡を継ぎ、初仕事の喪服を仕立てたこうたは、集落に住む人たちが持ち込む衣服の補修や、時にはとあるブランド服の貴重なアイテムが欲しいからゾンビから服を剥ぎ取りたいという無茶な依頼に同行するなど、生と死が常に隣り合わせな場所で「衣」と向き合うことになる。
そんな彼と「衣」の物語から見えてきたのは、衣服の役割とは、決して寒さや暑さから身体を守る機能的なものだけではないということ。あの女性には“人間の尊厳を守るため”に礼服と喪服が必要だった。ゾンビから服を剥ぎ取ってまでブランド服を欲した男性は“ファッションは言語以外で自分を語る手段の一つ”であるということを教えてくれた。
「衣食住」の先頭に「衣」がくる本当の意味……。衣服を選び纏うという行為は、身体の保護目的や装いのためでもなく、人間としての“私”をこの世界に刻む宣言なのかもしれない。
文/ちゃんめい
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