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「中学生のためのテストの段取り講座」を、大人の私が読んだら世界は変わるのか?

うちの子供たちはみんな成人して、我が家にもう中学生はいない。それなのに、なぜこの本を手に取ったのかというと、「世界が変わる魔法の時間割りの組み立て方」と帯に書かれていたから。私は、今、何より時間が欲しい。子育てがひと段落したかと思ったら、義母と母の介護、孫たちのお世話と、私の時間にいとまはない。仕事して、家事をして、地域のこともして、それからやりたいことも思う存分できる、魔法の時間割りがあるなら欲しい、と思ったのだ。

著者の中学1年生の娘“アオちゃん“が「テストのやり方がわからない」とお父さんに助けを求めたことから、この講座は始まる。“アオちゃん”は、塾に行っていない。前回のテストの結果が思わしくなく、このままだと塾に行っている人に差をつけられてしまうんじゃないかと不安になって、お父さんに助けを求めたのが、テストの10日前。この講座では、「一切勉強をしない」と言い切る著者は、「僕がアオに教えたのは、たった一つだけでした。それは、テスト勉強のスケジュール表をつくるということ」。結果、5教科の合計点で自己ベストを更新!クラスで一位の成績を叩き出した。

その魔法のスケジュール表のつくり方、早く教えて!

前のめりに読み進めるも、テストとは何か、段取りとは何か、大人とは何か、と「なぜなのか」の説明が続き、なかなか本題にたどりつかない。

「目的地がわかっていると、目的地がわからない時よりもスムーズに歩けるから」
①全体量を把握して
②ゴールまでの日数でわり
③日課としてスケジュールに落とし込む
ことで、不安はなくなるのだと、著者はいう。

著者の坂口さんは、自分の携帯番号を公開し、「いのっちの電話」として年間平均1万人を超える「死にたい人」の話を、10年以上聞き続けている。その上、執筆や作曲、会社経営、画家など、いくつもの役割をこなしている。その秘訣は、1日の定量を決め、円グラフに書き出して、毎日続けることなのだそう。

例えば、著者の1日の定量は、原稿用紙10枚の原稿執筆、1枚のパステル画を描くこと、1曲の新曲の作曲、30人の死にたい人からの電話を受けること。ようやく明かされた「魔法の時間割りの組み立て方」とは、『円グラフをつくって、自分の1日を考える』ということだった。著者の1日のスケジュールが手書きの簡単な円グラフでラフに描かれている。

円グラフなんて、小学生以来。それでも試してみようと思ったのは、著者の日課に「ごはんをつくる」という項目が1日3回あったから。これまで、いろんな時間術の本を読み漁ってきたけれど、多くは生活と切り離された「仕事術」だった。この著者は、仕事も生活も同じスタンスで丸ごと楽しんでいるようなのが良かった。

驚くことに、多忙な中でも1日8時間の睡眠時間を最優先しているという著者。私が試してみて気づいた円グラフのいいところは、寝る時間と、起きる時間が一目で見えるから、目標が立てやすく、振り返りがしやすいところ。2週間ほど続けてみたら、私にとって最大の課題だった「睡眠時間の確保」が習慣化していた。

著書ではさらに「学校でお金の稼ぎ方を教えない理由」について考えさせ、「自分で会社をつくってみよう」と呼びかける。「具体的にいうと、会社に入る前に、まずは自分の手でお金を稼ぐ方法を試してほしい。それがうまくいかなかったら、会社で働けばいい」と。中学生にそこまで?と思ったが、読み進むうちに、この本の本当のゴールが見えてきた。

「年だけは大人になっているのに、心は大人じゃない人たちが増えていることを年々ひしひしと感じる」と著者は語る。自立していない大人ばかりの、「生活の全てにお金がかかる世界」を変えるために、「自分がやることすべてに自分で価値をつけること」がこの本で伝えたい、段取りの最終形だという。

「段取りを考えることは、生きている意味を見出す」ことであり、テストの段取り講座は、一人で生きていくための「自立のための段取り」だと著者は主張する。

スケジュール表をつくると、「時間を人にコントロールされる存在から、自分で時間をつくりだす存在に変貌する」。なぜなら、1日の定量が決まると、人間はそのように体を変化させていくものらしい。

自分で自分を幸福にする人が“大人“だと著者はいうが、私を縛るのもまた、私なのだといわれた気がした。

この本はまるで、ぼんやり見ているうちに、急にくっきりとビジョンが現れる3Dマジックの本みたいだ。はじめに見えていた絵と全く違った景色が見える。魔法は魔法でも、自力で見出す、マジカル・アイだ。策や方法に走ろうとした近視眼的な自分を恥じながら、少しだけ視界が明るくなった私は、「自分は大人だろうか」と、そっと胸に手を当ててみた。

中学生のためのテストの段取り講座(坂口恭平)

文/山田 陽子

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