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Don’t think? Feel?【今日もコレカラ/第600回】

昨日は宣伝会議の編集ライター養成講座で、ライターとして仕事をどのように獲得するのかについて話をさせてもらった。
質疑のときにオンラインも会場もぶわあっと手が上がり、50分延長となるほど、熱心な皆さんだった。

その質疑応答の時間で、「考えること」について、聞かれた。

私が、「考えることが趣味で、一生考え続けられる仕事をしたいと思っている」と話したからなのだが、
「自分は人から考えすぎと言われる。それがコンプレックスなのだけれど、さとゆみさんは考えすぎと言われることはないですか?」
という質問をもらった。

これに関しては、ない。
むしろ、もっと考えて行動しろ、と注意されることが多い。
石橋は叩かない。橋が崩れ落ちる可能性があるなら、一秒でも早く石橋を走って渡り切ることを考える。

私を知る人たちは、私の決断の早さにビビるとよく言う。だいたい直感で動く。え、もっと考えなくていいの? とよく言われる。

だけど、講演会などで質問をされると考え込んでしまって、一分近く待たせてしまうこともよくある。その答えを一年くらい後に思いつくこともある。明らかに考えすぎである。

ん? これ、どういうことだろう。

そんなことを考えていたら、「考えすぎて決断できなくなってしまいます。何かを決めるときはどうしていますか?」という質問ももらった。

この答えは決まっていて「いい匂いのするほうに行く」だ。
私の感覚では、いつもいつも考えているから、決断する時には直感(これまでの思考の蓄積)に従うという感じ。
考えるけれど、悩まないってことなんだろうか。
考えているから、悩まないってことだろうか。
考えると悩むの違いは何だろう。

昨日生まれたこの問いも、だいぶ長く考えることになりそうだと思う。

そういえば、人生で一度だけ、考えるのをやめろと言われたことがある。スリランカのアーユルベーダの施設に11日滞在した時のことだ。
頭痛がおさまらず、血圧が200を超える日もあった私に、ドクターが最終日、これだけは気をつけてと手書きのメッセージをくれた。そこには大きく、「Don’t think」と書かれていた。「ゆみは、頭を使いすぎなのよ」とも言われた。

ごめん、それ、無理。
それがしたくて、生まれてきた。

私がそう答えると、じゃあ、考え続けるためにも、健康でいてと言われ、
たしかに、となった。
かくて、頭を使うために、体をメンテナンスしている日々です。

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京都の日本酒サロン「粋」で、6月25日(水)、一日ママをしています。仁王門通りです。ゆっくりお話できる空間なので、よろしければぜひ。ノンアルコールもありますよー。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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