
『国宝』だけじゃない。オーディブル甲斐のある本5選【今日もコレカラ/第673回】
この3日間、京都で一緒に過ごしたゼミ仲間のよねちゃんが、ずーっと『国宝』の小説を読んでいた。
来た時は上巻を読んでいたのだけれど、帰り際には下巻の3分の1くらいのところを読んでいて、私たちは同じ店で同じ紫蘇サワーを飲みながらお互い別々に小説を読んで過ごした。
私は、映画→オーディブル→小説の順で『国宝』を楽しんだ。
よねちゃんは映画の情報を一切シャットダウンして読み始めたらしく、この物語を前情報なしに小説ファーストで味わうのは素敵な経験だろうなと思う。しかも、京都で。「南座も見てきましたよ」と言っている。
耳からの文学は受け付けないという人もいるので、全員にオーディブルをお勧めするわけではないのだけれど、私は、耳で文章を聴くを始めてから、また読書(ではないけれど)習慣が戻ってきた。
私の場合、オーディブルは小説に限る。ビジネス書や哲学書、教養書のような、アンダーラインを引きながら読みたい本は、オーディブルではなかなか内容が入ってこない気がする。何度も読み返さないと理解できない難解な本はやはり、文字で読む。
一方、小説のような物語は、音で聞いても楽しめる気がする。
多少聞き逃しても、物語を楽しむことができるし、素晴らしい書き手✖️語り手の場合、映像が美しく立ち上がる。
移動中、掃除中、料理中、いつもオーディブルをかけている。だいたい1.5倍速か1.7倍速。最初に登場人物の名前の漢字だけチェックしたら、あとは耳だけで聞く。
先ほど、素晴らしい語り手、と書いたけれど、素晴らしい語り手が読んでいる場合、オーディブル読書は本当に豊かな体験になる。
『国宝』はオーディブルも素晴らしいと評判だけれど、『国宝』以外でも「オーディブル甲斐」がある本はいくつもある。
まず、最高峰にあげたいのが、原田マハさんの『板上に咲く』。棟方志功の人生を、その奥さんの視点から描いた作品なのだけれど、読み手は渡辺えりさんだ。渡辺さんの東北訛りで語られる物語はもう、完全に一人芝居をずっと聞いていたような素晴らしい体験だった。
そして、これはオーディブルでしかできなかった体験だと思ったのが、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』。この本は、目が見えないので耳だけでアートを鑑賞すると白鳥さんと同じ経験ができる。言葉でアートを鑑賞するって、こういう感じなのか。それを追体験できるのだから、本当に素晴らしかった。耳で鑑賞したアートを、あとで目で見るというのも初めての経験で、これは至高でありました。
逆の体験でいうと、最近読んだ(聞いた)『僕には鳥の言葉がわかる』もよかった。途中でシジュウカラの声が入っていて、ああ、これがシジュウカラ語でいうところの「逃げろ」なんだ、とか「集まれ」なんだ、とか。面白かったなあ。
群像劇、とくに歴史物の群像劇も、オーディブル甲斐がある。浅田次郎さんの『大名倒産』はものすごい数の登場人物がいるのだけれど、素晴らしい演じ分けで、まったく混乱しない。そして、浅田さんの時代劇は口上が素晴らしいので、耳から聞いて本当に美しい。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」みたいな感じだ。歴史小説の場合はとくに、聞き語りの文章なのだと思う。
難解すぎて目で読む本では何度も挫折した『ドグラ・マグラ』も、オーディブルでやっと読めた(聞けた)。チャカポコチャカポコの無限ループも、オーディブルで初めて山を超えられた(これは万人にはおすすめしません。どうしても読みたいけれど紙では挫折した人に)。
というわけで、
『板上に咲く』『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』『僕には鳥の言葉がわかる』『大名倒産』『ドグラ・マグラ』。
『国宝』だけじゃない、オーディブル甲斐がある5選をお届けしました。
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