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「私ごときがこんなことをしていいのでしょうか?」に対するファイナルアンサー【今日もコレカラ/第823回】

「私ごときが、こんなことしていいのでしょうか」と言っている人は、本当は「私ごとき」と思っていないような気がする。
だって、本当に「私ごとき」と思っていたら、何してもいいはずでしょう。「私ごとき」に、世間は何も気にしないでしょう。

だけど、「私ごときが、こんなことしていいのでしょうか」と、誰かの顔色を窺っているということは、「私ごとき」に少なからず影響力があると思っている証拠だ。少なくとも自分のことを地面を這いつくばる、視界に入らない蟻だとは思っていない。

だから、「私ごときが、こんなことしていいのでしょうか」と聞かれたら、こう答えることにしている。
「うん、あなたごときが何をしても、どうせ世界は変わらないから、やりたいことをやっちゃえば?」

これ、意地悪極まれるような感じだな。
めっちゃ性格悪い人っぽい。

ーー閑話休題ーー

私は、人様から見ると、すっごく自由に見えるっぽい。
好き勝手にいろんなことをしているように見えるらしい(実際、してる)。
でもそれは、私が自分に自信があるからじゃなくて、心の底から「私ごときが何をしても、世界中誰ひとり気にしやしない」と思っているからだなあって思った。

過去に、「さとゆみ ”ごとき” が、よく、人に文章を教えるとかできるよね」と(面とむかって)言われたことがある。ガチで7回くらい、ある。多分、心の中で思っている人はその10倍以上いると思う。

だけど、そういうの、全然気にならない。
なぜなら、そう言っている人も、本気で「私ごとき」のことを気にしてるわけじゃないからだ。きっと明日には忘れる。てか、言った5分後には忘れている。私のことなんて、世界中誰も気にしていない。

だから、「さとゆみ ”ごとき” が、よく、人に文章を教えるとかできるるよね」と(面とむかって)言われても
「きゃいーん! そうなんですー! でも、私ごときが何しようと、どうせ何も変わらないですから、好きにしてますーーー笑 がんばってまーす!」
と、答えてる。

私の場合、
「私ごときが、こんなことしていいのでしょうか」
じゃなくて
「私ごときがやること、誰も気にしてないでしょうから好きにします」
のほうが、しっくりくる。

って話で、北海道から1400キロ先のゼミのメンバーとzoomで盛り上があった夜でした。楽しかった。

こっちはパウダースノーが積もっています。しんしん。

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