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「このマシンは小さな抹茶工場」。43歳でサントリーを飛び出しアメリカでMATCHA市場を拓く塚田英次郎さん

いま、アメリカで日本のMATCHA/抹茶が注目を集めている。元スーパーモデルのシンディ・クロフォード、キャリー・マリガン、元オリンピック・スノーボード金メダリストのショーン・ホワイトらそうそうたる有名人らが次々とメディアやSNSで取り上げて話題になったのが、抹茶マシン「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」だ。エスプレッソマシンのように自宅で挽きたての抹茶を淹れられる。

このマシンを開発したのがWorld Matcha社の塚田英次郎さん。サントリーで「DAKARA」「Gokuri」「特茶」などの大ヒット商品に携わってきた、いわばペットボトル飲料業界のプロ。そんな塚田さんがなぜ会社を辞めて抹茶マシンを開発したのか。なぜ、アメリカからスタートしたのか。
43歳で大企業を退社し、日本の「MATCHA」を世界に届ける。その物語を聞いた。(聞き手/市橋かほる)

抹茶はスーパーフード? いま、アメリカで抹茶が注目される理由

―挽きたての抹茶、いただきます。泡が柔らかくて甘味もふわっと口の中で広がりますね。まるでお店で出してもらった抹茶みたいです。

塚田 それはよかった。今のようにストレートで飲んでも、ミルクと混ぜて抹茶ラテにしても美味しいですよ。僕は炭酸で割る“スパークリング抹茶”が好きです。

―ラスベガスの「CES」でイノベーション賞を獲得したと聞きました。これはどんな賞なのですか?

塚田 CESは世界最大級のテクノロジー見本市で、世界中のスタートアップが新しい技術、新しいデザインを発表しあう場です。そこで、イノベーション賞を受賞しました。これをきっかけに、TIME誌が選出するベスト発明賞など海外アワードを含む7つの賞を受賞。発売前から注目を集め、予約注文によって、発売初日には400台を販売することができました。

―なぜ抹茶マシンをアメリカ向けに開発しようと?

塚田 アメリカでは今、抹茶がブームなんです。兆しは2014年頃。ニューヨークで抹茶バーや抹茶専門カフェが出始めました。音楽やファッションとコラボしたおしゃれなイメージや、インスタ映えする抹茶の濃い緑が若者に受け入れられていましたね。

―抹茶=カッコいい?

塚田 ファッショナブルなイメージに加え、スーパーフードとしても認知されていました。抹茶は、抗酸化物質の含有量が他の食品と比べてずば抜けて多いんです。健康や美に対する意識が高いアメリカでは、老化の原因となる活性酵素を除去する抗酸化物質はアンチエイジングとして注目の的。「ザクロより抹茶の方が多いらしい」。そう気づいたハリウッドやセレブの人々の間でも抹茶人気が広がっていきました。

―抹茶がスーパーフード? そんなに栄養価が高いのですか。

塚田 抹茶は茶葉の粉をお湯に混ぜて飲みますよね。つまり、葉っぱを丸ごと食べるので、栄養素も丸ごと摂れるというワケです。一方、煎茶のように急須で飲む緑茶は、茶葉を抽出して飲む。そのため、摂取できる栄養素は全体の3割しかなく、残りの7割は茶殻に残ったまま捨てられています。

お茶って通常、葉っぱは苦くて食べられないんですよ。でも、抹茶は苦くならないように、農家さんが収穫前の数週間、茶畑に覆いをかけて日光を遮るんです。これにより、「テアニン」という旨味成分が、苦味のあるカテキンに変化せずに、葉にたくさん留まってくれるのです。

―ひと手間かけられているんですね。

塚田 コーヒーの代わりに抹茶を飲む人も増えていました。コーヒーを飲むと、カフェインの力ですぐに元気になりますが、代謝も速く、すぐエネルギー切れになってしまいます。1日に何杯も飲んでいると、かえって疲労感やイライラ感が増える。コーヒー大国のアメリカでは、健康被害として、深刻な問題だったんです。抹茶にもカフェインが入っていますが、テアニンが体へのカフェインの吸収をコントロールしてくれるので、効き方は穏やか。しかもエネルギー持続時間はコーヒーより長い。

―いいこと尽くしですね。でも、日本ではコーヒーの代わりに抹茶を飲むという発想はあまりないように思います。

塚田 日本では昔から「抹茶は茶室で飲むもの」というイメージが強い。その名残りもあって、作法や型といった側面が重んじられる傾向があります。なんとなく特別な日に飲むものになっている。一方、アメリカでは、セレブがアンチエイジングのサプリとして飲み、ビジネスマンがコーヒーの代わりにヘルシーなエナジードリンクとして飲む。だからコーヒーのように気軽に飲める方がいい。

―抹茶に対するイメージが全く違うんですね。

塚田 アメリカのコーヒー市場は10兆円規模です。コーヒーのポジションに抹茶が入っていけばアメリカの抹茶市場にチャンスあり。アメリカで「健康のために抹茶を飲む」スタイルが出来上がれば、日本でも抹茶がもっと広がるかもしれないと思いました。

まさかの人事異動で 米国でのMATCHAの道を閉ざされる

―塚田さんはもともとサントリーでお茶を担当されていらっしゃったんですよね。

塚田 サントリーでは、お茶のペットボトル飲料に長く携わってきました。「烏龍茶」「伊右衛門」のブランディングなどです。在職中にスタンフォード大学に留学しMBAを取得してからは、主にアメリカのお茶市場を開拓する仕事が多くなりました。そこで、抹茶の可能性を感じ、社内ベンチャーのような形態で新会社を作り、アメリカに抹茶カフェを立ち上げたんです。2018年5月のことです。

―抹茶カフェはどうでしたか?

塚田 サンフランシスコのミッション地区に「Stonemill Matcha」というカフェを出しました。そこは、この地域では知らない人はいない大人気のパン屋「タルティーヌベーカリー」が経営していたレストランがあった場所。オープン当初はコラボした抹茶クロワッサンも販売し、「あのレストランの跡地で、そこでしか食べられないクロワッサンがあって、京都産の本格的な味わいの抹茶が飲めるらしい」と、思わず行きたくなる設計をしました。平日はモーニングやランチを楽しむ地元の人たちで賑わい、土日はさらに遠方からもお客様がやってきて、朝から行列が絶えないカフェになりました。

―大成功ですね! 

塚田 でも、オープンして2カ月ほどたった時のことです。会社の人事異動で日本に戻ってこいと言われたんです。僕にしたらもう、寝耳に水。社内を説得して回ってようやく立ち上げたカフェ。場所探しや契約交渉などにも苦労して3年がかりでやっとオープンできたところでしたから。呆然としました。

―人事異動が…。それで、どうされたんですか。日本に戻られた?

塚田 他に選択肢はないですよね。嫌だったら会社を辞めるしかないですから。でも日本に戻ったものの、喪失感が大きかった。抹茶カフェは、あくまで米国で抹茶事業を作っていく、最初の一歩に過ぎなかった。カフェで抹茶の感動体験を提供する。そして抹茶ブランドを浸透させて、サントリーのアメリカでの抹茶ビジネスにつなげる。さらには、茶葉の販売ルートも広げる。そんな構想を思い描いていました。

最初は社内でも理解を得るのが大変だった。「なぜ抹茶なのか」「なぜカフェなのか」「なぜアメリカなのか」という問いに対して、一つひとつ説明をして納得してもらい、関係者には事前に交渉に回って、やっとスタートできたカフェでした。

―それだけに、悔しさが大きかったんですね。

塚田 このまま会社に残るか、転職するか、起業するか。悶々と考えました。最終的に行き着いたのは、「自分が信じる道を続けたい」という強い想いです。アメリカに抹茶市場が来ることは確実です。自分がしなくても、誰かが抹茶市場を大きくする。それを俺はこのまま指をくわえてただ眺めるのか。いや、自分がその景色を作りたい。そう気づいた時、会社の事情で抹茶事業ができないからといって、自分がやらない理由にはならないと思ったんです。退職して、抹茶マシンを開発することを決意しました。

抹茶を粉ではなく「茶葉」にしたら未来が見えた

―なぜ、カフェではなく抹茶マシンだったのですか。

塚田 抹茶をカフェだけでなく、どこでも気軽に飲めるものにしたかった。でも、抹茶は自分で美味しく淹れるのが難しいという問題がありました。家で粉の抹茶からダマができないように点てることが、なかなかできない。しかも粉は酸化しやすく香りの劣化も早い。だから、カフェの常連客ですら、粉を買って帰ってくれませんでした。でも、カフェでしか飲めないままだと市場は広がらない。

一方、コーヒーは、家やオフィスにコーヒーマシンがあって、豆を買って飲む。しかも、挽きたてのコーヒーの方が、風味が良くて美味しいことは誰でも知っている。ということは、抹茶も抹茶マシンと抹茶リーフがあって、毎回挽きたての美味しい抹茶を楽しめる。そういうシステムを開発したらいいんじゃないか。素直にそう思ったんです。

―エスプレッソのような抹茶マシンですね。

塚田 前職では、粉をどうしたら買ってもらえるか、粉をどうしたら美味しく飲めるかばかり考えていました。でも、「抹茶は粉」は思い込みだった。

千利休の時代は、お茶会の直前に、石臼で碾茶の茶葉を挽き、挽きたての抹茶を客人に提供していたんです。それが、技術が進化したことで、今は粉が流通し、粉から点てて飲むようになっただけ。じゃあ、元に戻して茶葉の形のままで流通させたらいいのではないかと。そして、茶葉から抹茶の濃い液体を作れば、ストレートで飲んだり、ミルクで割ったり、飲み方も広がります。

抹茶が粉のままだと未来は見えなかったけど、茶葉から液体化することでいっきに未来が見えました。

塚田 もう一つ、どうしても解決したい問題がありました。それは日本のお茶産業を活性化すること。後に共同創業者となるのが、古くからの親友、八田大樹です。彼はお茶の名産地・福岡県八女市出身で、友人や親せきにお茶農家や関係者が多い。その彼からこんな話を聞いたんです。「銘茶の産地は、昼と夜の寒暖差が激しい山奥の段々畑のような所なんだ。そういう環境だからこそ、旨味がぎゅっとつまった茶葉が育つ。でも、このような良質の茶葉がなかなか評価してもらえず、価格も下がり続けている」と。

―どういうことでしょう。

塚田 大量生産ができないんです。日本では、30年前はお茶を急須で飲む人が7割、ペットボトルで飲む人が3割でした。ところが今、その割合は逆転し、ペットボトルが7割にもなっています。お茶の飲み方が変化したことで、求められる茶葉の質も変わった。その結果、ペットボトル向けに効率よく大量生産できる農家は生き残れても、良質なお茶を手間と時間をかけて作ってきた農家は生産を続けることが、ますます難しくなってきている。一度茶畑を放棄すると、お茶の木はすごくぼうぼうに伸びるんです。もう、きれいなお茶の畝には戻らない。ペットボトルによって、お茶が安く便利に飲めるようになった裏で、昔から品質の高いお茶を作ってきた生産者さんは悲鳴を上げていたんです。

そのことは、サントリーにいた時は分かっていませんでした。むしろ、メーカー間の価格競争に負けないことに必死で。小売店の力は圧倒的に強く、メーカー出荷価格は、どうしても下がる一方。となると、自分たちの利益を確保するために、材料の値段を下げて再設計するということをせざる得ない。安い茶葉でいかに美味しく作るか。そういう技術開発に資金をつぎ込んでいました。

ペットボトルのお茶がここまで普及した日本で、茶葉の需要を変えるのは難しいと思います。だからこそ、アメリカで新たな高品質なリーフの需要を作りたい。抹茶マシンと品質にこだわったオーガニックの茶葉をセット販売することで、抹茶の味わいや質を担保するだけでなく、苦境に立たされている農家さんを買い支えることができるのではないか。アメリカで需要が増えれば、日本の農家は良質な茶葉を作り続けることができるのです。 

最短で最高の結果を得たマシン開発の道のり

―マシン開発は順調に進んだのでしょうか。

塚田 起業したのが2019年1月で、プロトタイプ(試作品)が出来たのが5月です。それを持って工場を回って、6月には商品を量産してくれる会社を見つけることができました。その後、特許技術を借りて、改良や調整を加えてマシンの中に搭載し、完成したのが12月。翌年1月のCESに出展してイノベーション賞を受賞することができました。

―起業してたった1年! いったい、どうやって?

塚田 開発の初期にマシンのデザインを平面だけでなく、原寸大の立体模型でも製作していたのが良かったと思っています。製作には相応のコストがかかりますが、実際に物を作らないと伝わらない。そう思っていたので、そこにかける予算は厭いませんでした。工場への良いアピールになったし、このプロトタイプがしっかりしていたおかげで、最後までデザインが崩れることもありませんでした。

一方で、CESに申し込んだのは2019年7月。特許技術が借りられるかどうかも分からなかった時期です。大企業ならリスクが高くてできません。でも、ここはスタートアップらしく、少しでも可能性があるならチャレンジしようと。投資家の目に留まるかもしれないし、お客さんが集まるかもしれない。結果、投資家から資金調達もでき、商品もギリギリ間に合った。

―特許技術というのは?

塚田 茶葉を本物の石臼のように細かく粉砕する技術は、抹茶マシンの肝になる部分。しかし、既にある特許技術を侵害せず、新たに開発するのは困難でした。そこで、特許ホルダーで技術力のあるシャープさんの力を借りるという判断をしました。

―特許技術は、通常スムーズに借りられるものなのですか。

塚田 大企業は研究過程で開発した技術を特許として申請します。その際、他社が参入しにくいように、可能な限りたくさん申請する傾向があります。その中からは、商品が販売中止になって使われなくなった死蔵特許も多く出てきます。それらを社内で眠らせ、何も産み出さないままにしておくのではなく、直接的な競合関係にない企業に貸して、新たな売上を構築しようという考え方があります。

そこで、僕たちの抹茶マシンへの想いをお伝えして、協力のお願いに伺ったところ、快く快諾していただくことができました。

―トントン拍子ですね。

塚田 ところが、コロナです。イノベーション賞をひっさげて、グーグルオフィスなど、サンフランシスコの各オフィスに商談に行こうとしていた矢先、全てシャットダウン。そもそも当初の事業計画は全てBtoB戦略でオフィスやカフェ、ホテルなどにマシンを置いてもらう前提でしたから、全ての見直しを迫られました。

―そんな状況からどう乗り越えられたんでしょう。

塚田 幸いなことに、マシンの開発・生産立ち上げに向けた準備は大きな遅れなく進められ、2020年秋に予定通り発売できることが見込めました。逆に言えば、半年後には商品ができるのに、オフィスは閉鎖されて販路が断たれているということ。

「この状況で自分にできることは何か」。そう考えて行き着いた結論が、戦略をD to C (Direct to Consumer)に切り替え、かつ、クラウドファンディングの準備を進める、でした。

そして、どうせやるのであれば、世界最大規模のクラウドファンディングであるキックスターターにプロジェクトとして出そうと決めました。

キックスターターは、まだ世の中にない商品やサービスでも、想いやストーリーに共感してもらえたらファンになってもらえる場。いわゆる超アーリーアダプターの人達の集まりともいえる。その人達に訴えたんです。ありがたいことに、プロジェクトへの関心がとても高く、試飲もできない環境にも関わらず、開始後4日間で目標額5万ドルに達して、最終的には目標の2.5倍の額を集めることができました。この時のプレ注文のおかげもあって、発売初日に400台が出荷できたのです。

一度見たら忘れられない。記憶に残る円窓デザイン

―それだけ注目を集めたのは、この一度見たら忘れられない洗練されたデザインも大きいのではないでしょうか。

塚田 デザインの力は大きいと思っています。この丸い空間は茶室の円窓を、中央の筒は茶筒をモチーフにしています。マシン全体で抹茶や禅の世界を表現しています。

デザインについては、サンフランシスコで活動しているプロダクトデザイナーの枝廣ナオヤさんに声を掛け、チームに入ってもらいました。彼は、ルンバやハーマンミラーのチェアのデザインなども手掛け、シンプルな表現が特徴的。前職で抹茶事業をしている時からいつか一緒に仕事をしたいと思っていた人でした。彼が提案してくれたいくつかのデザインの中に、今の丸い空間のものがあって、一目見てコレだ! と決めました。抹茶の世界観が伝わってきて、しかもアイコニックで忘れられない。あとはこのデザインに、技術的なものが上手く収まるように調整に調整を重ねていきました。

中央の筒に茶葉を入れ、カップに水を入れてセットする。スタートボタンを押すと、ゴゴゴゴゴ……という小さな音とともに、抹茶の粉がカップに落とされ、中で攪拌。水がまるでグラデーションを奏でるように濃い緑色に変化し、抹茶ショットが完成する。

―このデザインを実現するために工夫したことはありますか?

塚田 一つは水タンクをなくしたことです。コーヒーメーカーにはたいてい水タンクがついて、貯められていた水が自動的にカップに送られていきますよね。でもこのタンク。カビが発生しやすいので、加熱殺菌機構をつけなければならず、マシンが複雑な構造になってしまうんです。一方、コーヒーメーカーの利用者の中には、タンクの水は、いつ誰が入れたものかわからないから毎回入れ直しているという人も結構いた。「じゃあ、水タンクって必要ないんじゃない?」という疑問がわきました。そこで、「お客様が自分で毎回、カップに水を入れてセットする」という今の形になったんです。

―「抹茶は粉末である」と同じように、「水タンクが必要」というのも思い込みだったわけですね。

塚田 そうなんですよ。でも、結果的に、さまざまな相乗効果が生まれました。これはデザイナーのナオヤさんに言われてなるほどと思ったことなのですが、「カップに水をいれてセットする」という動作を想像してみてもらえますか。水をこぼさないようにそっと置きますよね。その時にちょっと集中するというか、心をすっと鎮める、そんな瞬間が生まれるんです。それが、茶室に入る時の小さな扉をくぐる時の感覚と似ている。だから、このカップをセットするという動作は、抹茶を飲む前のすごく大事な儀式にもなるんだと。

―そこまで考えられたデザインなのですね。

塚田 もちろん、ユーザーさんはそんなこと意識しなくていいんですよ。ただ無意識のうちにそういうスイッチが入ればいいよねって。

カップの底には攪拌用の羽根をつけています。これも通常の発想ならマシン本体側に設置されることが多い。でも、「カップは必ず洗わないといけないものだから、カップと羽根を同時に洗える方が合理的だよね」って。マシンの表面に継ぎ目を一切作らなかったのも、細かい抹茶の粉が継ぎ目に入ると掃除が大変になるからです。抹茶の世界感とともに使いやすさにも徹底してこだわっています。

―思い込みにとらわれず、これまでにないものを作る秘訣は何でしょうか。

塚田 世の中は複雑すぎると思っています。だから、できるだけ物事をシンプルにして抽象化することを心掛けています。「つまり、こういうこと?」と本質をズバッと見抜けるように。そのためには奇抜なアイデアは必要なく、目の前の問題を整理して分類して集約することの繰り返しです。

抹茶マシンはこれまでにないものだったので、参考にできるものはあまりありませんでした。だからまず、マシンは誰のためのもので、マシンに何をしてもらうのか。マシンがすることと、しなくていいことを整理していって、不要なものをどんどんそぎ落としていった感じです。

―「整理」という感覚なのですね。

塚田 人と違うモノの見方をするのも好きです。例えば算数の図形の問題で補助線をひくだけでパンと解けてしまう問題ってあるじゃないですか。必ずしも問題で提示された方向からだけ見る必要はなくて、逆さにしたり裏返したりしているうちに、いきなり解ける1本が見つかる。そういうちょっとひねくれた見方です。

ただ、世にないものを作っているので、正解はない。たぶんこうかなと仮説を立てて、検証して改良することを繰り返しているだけです。だから、今も成功したという実感はなくて。茶葉の販売数が積み重なっているのを見て、少しずつ正解に近づいているようだと感じながら、未解決な問題に淡々と取り組んで改良を重ねています。

スタンフォードで学んだ「自己資金で起業しない」という鉄則

―塚田さんのように大企業で働く人の中には、会社に残る以外の選択を考えたことがあるという人は多いのではないかと思います。でも、リスクがあって思いとどまる人も多い。

塚田 起業のリスクはそこまで高くないと思っていました。起業して失敗しても、死ぬわけじゃないので。スタンフォード大学に留学した時に「自己資金で起業するな」と教えられてそれを守っています。投資家に支援してもらうのが前提で、そのためには事業を面白いと感じてもらうことと、説得できる事業計画があることが必要。逆に言えばこの2つが揃わない限りは、起業はするものではないと思います。

アメリカで実際に起業してみると、挑戦する人を応援する土壌が強くありました。投資家の方々は、失敗することを厭わず、社会的な問題を解決しようとする姿勢そのものを評価してくれる。だから、仮に事業が失敗したとしても、それで怒ったりしない。怒るのは、たとえば僕が説明責任を果たさなかったり、資金を私利私欲に使ったりした時です。だからそこは僕も自分を律する。すごくシンプルだと感じています。

―ご家族はどんな反応でしたか。

塚田 実は妻からは「思い切りやれ」と言われました(笑)。会社員時代は、妻や子どもたちも僕の異動のたびに、仕事を辞めたり、学校を変わったりを繰り返してきました。僕と同様に、自分で自分のことが決められないもどかしさや腹立たしさを感じていたと思います。

でも彼女は、「それもすべて自分が選んだこと。苛立っていたのは、そこに甘んじてきた自分自身に対してだったと気づいた」と話してくれた。だから、僕が抹茶への道を閉ざされて落ち込んでいるのを見た時、「なんで、自分でやらないの?」という感じで背中を押してくれたんだと思います。

―それで、起業の道を。

塚田 ただ、起業するか、会社に残るか。それは、本当に人それぞれだと思います。何がどこでどうなるかもわからない。僕自身、お茶農家に生まれたわけでもないし、お茶にまつわる何か特別な体験をしてきたわけでもありません。たまたま会社でお茶飲料の担当をさせてもらって、抹茶市場の可能性にワクワクして、抹茶に魅了され、その未来に自分がいたいと思った。

―創業して3年。今、どんな思いですか?

塚田 「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」を通して、世界中に友達が増えている感覚です。ユーザーの方々や、これからユーザーになっていただけそうな方々に会うのが楽しくて、仲間の輪がどんどん広がっていく感じがしています。ありがたいことに、僕たちの活動を理解して協力してくれる農家さんやお茶屋さんとの取り組みも増えています。

―今後はどんな展開を?

塚田 アメリカと日本に拠点を置きながら、ヨーロッパやアジアにも商品を展開していきます。「CUZEN MATCHA」は、スーパーフードの抹茶を誰でも気軽に美味しく飲めるマシンであり、国内では需要が無くなってきている高品質の茶葉の需要を作りだしてくれるマシンでもあります。抹茶はまるごと食すお茶。だからこそ、農家さんが農薬や化学肥料に頼ることなく土作りからとことん向き合って作ってくれた旨味の詰まった美味しいオーガニックの茶葉がこれから求められていくと思っています。抹茶市場を世界中に広げることは、世界の人々の健康に寄与し、日本の素晴らしいお茶産業を次世代につなぐことにつながるんです。

僕は、このマシンを小さな抹茶工場だと思っています。世界中の家庭やオフィス、ホテル、レストランにこの小さな抹茶工場をどんどん増やしてもらう。僕たちはその工場に、日本のお茶農家の方たちと一緒になって、せっせと良質の茶葉を送り届ける。そんな未来を描いています。

塚田英次郎さん World Matcha Inc. CEO

1975年生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年サントリーに入社。入社以来、「烏龍茶」「伊右衛門特茶」などペットボトル飲料の商品開発やブランディングに携わる。社内ベンチャーでアメリカに立ち上げた抹茶カフェが人気店に。その後、サントリーを退社し、2019年1月にWorld Matcha Incを創業。抹茶マシン「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」を開発し、2020年1月に世界最大級のテクノロジー見本市「CES」でイノベーション賞受賞。2020年10月にアメリカで、2021年7月に日本で販売を開始。

「CUZEN MATCHA(空禅抹茶)」公式サイト
https://jp.cuzenmatcha.com/

撮影/中村 彰男
執筆/市橋 かほる
編集/佐藤 友美

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