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海外まで広がれ! 愛しさと発見がいっぱいつまった映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』試写会

その日、ところどころ水たまりの残る恵比寿の街で、映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』の試写会が行われた。今回ここに集まるのは、クラウドファンディングで支援をした方、制作側の関係者など、この映画の公開を楽しみにする面々。

東京都写真美術館ホールのふかふかな椅子に腰かけ、開始時間を待っていると、続々と参加者が入場してきた。小学生ぐらいの子からお年寄りまで老若男女、客層は幅広い。ただ、白杖の方が入ってこられたとき、私は思わず目を見開いてしまった。これまで映画館で白杖のお客様を見たことがなかった。そうだよね、白鳥さんがアートを楽しむように、映画も楽しむよね、と思い直す。今作は「UDCast」というスマホアプリを使って、字幕や音声ガイドで映画を楽しめるようになっている。おそらくだが会場には視覚障害者だけでなく聴覚障害者もいて、そして車椅子でいらしている方もいた。

はじめに共同監督の一人である三好大輔監督が挨拶と映画の紹介をし、映画が始まった。

上映中、もうずっと私は白鳥さんのとりこだった。自分より年上の方に言うことではないと重々承知なのだが、白鳥さんは全編通してキュートだった。会場内がくすくすと笑いに包まれるシーンだって、一回じゃなかった。白鳥さんのケラケラと笑う姿、だらんと寝転がる姿、ほろ酔いで夢について語る姿。画面からバシバシ伝わってくる「作られていない姿」が愛らしくて仕方がなかった。もしかして、「見られる」という感覚が希薄だから、こんなにもありのままを見せてくれるのかもしれないと考えた。自分だったらカメラを向けられたら背筋が伸びてしまうし、カメラを異常に意識しながら過ごしてしまうだろうけど、白鳥さんは知ったこっちゃないのだろう。事実、終演後の舞台挨拶にて「何も演技してないですからね」と白鳥さんは言っている。

キュートな白鳥さんに夢中になりながらも、実は毎分驚きの連続でもあった。白鳥さんが本やニュースを読むときに利用している読み上げ機械音声は、倍速再生すぎて何も聞き取れなかった。書籍にもその描写はあったけど、想像以上だった。そして淡々と流れる、電気をつけずに暗い中で生活する姿、包丁を手にネギを切る姿、洗濯物を干し、それをたたむ姿、という白鳥さんの日常。そうか、そうだよね、とその映像を自分の中でひとつずつ処理する。白鳥さんにとってのあたりまえの生活が、私にとっては新しい情報ばかりだった。確かに、目の見えない人の生活って今まで見たことがなかった。勝手に、「見えないと日常生活に支障が生じるだろう」と思い込んでいた。私が、知らなかっただけだった。自分の中に壁があったことに気付かせてくれて、その壁をするっと違和感なく退けてくれた。目の前にまた、新しい世界が一つ広がった。

そう、前述のように、この映画には白鳥さんの生活シーンが多々出てくる。意外にも、アートを見るシーンは書籍ほど多くはない。ああ、アートを見ることは、単に白鳥さんを構成する要素の一つなんだなと実感させられる。白鳥さんは「アートを鑑賞する全盲の人」ではなく「アートや美術館が好きな白鳥建二」なんだ、と。

今さらながらふと気が付く。そういえば映画と書籍で、タイトルが違う。映画は『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』で、書籍は『目の見えない白鳥さん”と”アートを見にいく』。たった一文字、されど一文字。あるかないかで全く違う意味になるというのに、私はそれを見過ごすところだった。映画と書籍で重なる部分はあるけど、この二つは全く主旨が違う。映画で描かれる白鳥さんの日常と、新しいチャレンジ。その一瞬一瞬を見逃さないでほしい。そして最後の言葉に、ぐっときてほしい。理由はうまく説明できないけど、私はちょっと泣きそうになった。

あたりが明るくなると同時に会場は拍手で包まれた。その後の舞台挨拶では、監督の三好大輔さん、川内有緒さんが登壇し、上映までの経緯をお話しされた。1年前には完成していた映画に納得がいかず、また改めて作り直したこと。配給会社が見つからず、結果自主配給となったこと。このような紆余曲折を経て、たくさんの方のサポートを受け、とうとう今日という日を迎えられたということ。これから全国の映画館にこの映画が届けられるということ。映画が出来上がる過程にも、物語が詰まっている。

そして、スペシャルゲストとして白鳥さんがステージに上がる。再び会場は拍手喝采だ。映画の通り飄々と、飾らず話す白鳥さんに「本物だ~!」という謎の興奮が沸き上がった。自分を取り繕うことなく、思ったまま話す白鳥さんがますます愛おしい。

最後に「白鳥さんの夢は?」と聞かれ「この本や映画をきっかけに海外に行きたいな」と答えた白鳥さん。「海外に行ったことがないんですよ。映画の上映や鑑賞会が海外であったらいいなって。誰か呼んでくれないかなって思います」と話す姿に、映画内でべろべろになりながら夢について語っていた白鳥さんが頭に浮かんだ。白鳥さんだったら、海外も行ける気がする。ルーブル美術館やメトロポリタン美術館でアート鑑賞する白鳥さんが目に浮かぶ。

そうそう、白鳥さんの身にまとう、ロックな服にもぜひ注目していただきたい。ちなみに、白鳥さんのとあるTシャツを見て、私は映画を見終わってからすぐに美味しい恵比寿のビールを飲みに行きました。白鳥さんに乾杯!

文/菜津紀

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