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キラキラ映えるチョコだけじゃない。人がつなぐおいしい文化を絶やさないために。『チョコレートと日本人』

4〜5歳の頃、私は迷子センターの常連だった。

スーパーと一体型になった地元の大きいショッピングセンターで、よく母親とはぐれた。入口ではしっかりと手を繋ぎ「離れちゃだめよ」と言われ一緒にカートを押している。が、野菜売り場や鮮魚コーナーには興味がもてず、母親が目を離した隙にお菓子コーナーへ一目散にダッシュする。そして自分より背の高い棚もできるだけ背伸びして、棚の隅から隅まで堪能する。

並んでいるのは、かわいいパッケージやキラキラしたお菓子たち。スナック菓子、ガム、飴、そしてチョコレート。眺めているだけで幸せだった。

一通り見たあと、私は母親をさがして動き回る。人も多いので見つからないと私は段々不安になって泣き出し、迷子センターへ送られる。担当のお姉さんからは「また来たんだね」と言われる始末。怒られたくないからやめようとその時は思うが、次に来たときはすっかり忘れ、また迷子センターに。それくらいお菓子コーナーへ猪突猛進していた。

お菓子が好きな私は、そこから年月を経てチョコレートの魅力に目覚めていった。本業の傍ら年間1,000種類を目指してひたすらチョコレートを食べていたら、今ではチョコレートの新商品を紹介するなど、チョコレートに関する副業を始めるまでになった。

『チョコレートと日本人』の著者、市川歩美さんは物心ついた頃からずっと、学生時代も大人になってからもチョコレートが好きだったという。放送局でラジオディレクターだった市川さんは、チョコレートについて発信をしていたところ仕事が舞い込み出し、今では、日本唯一のチョコレートジャーナリストという肩書きでチョコレートの魅力やカカオの現実を現場取材、イベント登壇、開発に関わるコンサルティングなどをされている。チョコレートピンポイントでのジャーナリストは、日本だけでなく海外からも珍しがられるそうだ。

そんな稀有な存在の市川さんが、多種多様なチョコレートに関わる方たちの話を一冊にぎゅぎゅっと凝縮しているのが、本書だ。

ジャン=ポール・エヴァン氏や、ピエール・エルメ氏など海外の有名ショコラティエや、大手メーカー明治のカカオ産地を支援する担当者の話。小規模のビーントゥバー(カカオ豆からチョコレートまでの加工を一気通貫で行うメーカー)の紹介や、カカオ豆を仕入れるトレーダー、カカオ産地で児童労働を無くそうと活動するNPO法人、販売するだけでなくカカオ産地とつながる百貨店関係者までーー。

特に印象的だったのは、ショコラティエの青木定治さんについてのページだ。

青木さんが自社(パティスリー・サダハル・アオキ・パリ)の従業員に向けたメッセージの一部を、なんと本書内で紹介している。

「今の僕があるのは、狂ったように学び続けた時間があったからです。他人とは全く関係ありません。最大の敵は自分の中の怠け心と他人に合わせて無難に過ごすことです。人はすぐ60歳になります。厳しいようですが、今すぐ始めてください!」

『チョコレートと日本人』P.108より

フランスで確固たる地位を確立されている青木さんが放つ言葉は、ショコラティエではない私にも響いた。

これは長年の取材を通じて築いた、青木さんと市川さんの信頼関係があって掲載許可がおりているのだと思う。他にも青木さんに限らず、ショコラティエの人柄がわかるようなエピソードがいくつも盛り込まれるなど、ブランドサイトには掲載されていない貴重な話が満載だった。

これまでチョコレートに関する本といえば、おいしいチョコレートの作り方やショコラティエのノウハウやメーカーの歴史、もしくはカカオの専門書が多かった。

しかも本書では、カタログのようなカラフルでキラキラしたチョコレートは出てこない。

最新の流行や商品を網羅するのではなく、チョコレートの歴史で押さえておくべき定番商品やロングセラーを紹介している。

またインタビューだけでなく、バレンタインなどの国内外のイベントやカカオ危機、児童労働問題といったそれぞれのチョコレートニュースの「点」を繋げ、これからの問題点まで「線」として描いている。

カカオ生産地では気候変動や、木の高齢化でカカオ豆が収穫できなかったり、子どもの頃から働き過ぎて体を壊して続けられないカカオ農家もいる。世界的に燃料など原材料価格も高騰しており、今後も安定的にチョコレートが食べられるかどうかはわからない。市川さんの「チョコレートの未来をよくするために伝えたい」と思う、元・ラジオディレクター魂が宿っている気がする。

日本では、チョコレートに限らず期間限定商品が次々に発売される。「新しさ」にニーズがあり私もその恩恵を受けているが、流行の消費スピードが年々早くなっていると感じている。ブームという表面だけみて、手に入りにくい限定商品は高値で転売されている現実にモヤモヤする。
日本人は新しい味への興味が強いが、一旦古いと認定されると興味を持たれにくくなってしまうことがある。業界が疲弊してほしくない。アイドルグループではないが、カカオもいつまでも同じようにずっとあると思ったら大間違いで、急激に変わる環境に適応できるよう戦略を立てないと長続きしない。この本を読み終え、一つ一つの商品が今後日本のチョコレート文化にどんな影響を与えそうなのか、俯瞰的な目線を持っていなかったと反省した。

間もなくバレンタイン商戦が始まる。

資源が限られる中、美味しいチョコレートをずっと楽しんでいくためには、どの商品を選ぶかが今後ますます重要になる。市川さんには遠く及ばないが、私もチョコレートについて伝える端くれとして、チョコレートの消費を単に促すだけでなく、持続可能な未来を見据えた発信をしていきたい。そう強く思う。

文/荒木 千衣

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