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セリフと一緒に生身の自分が吐き出されている。高畑充希主演『宝飾時計』を観て

私のチケットは中2階、上手にあるサイドの席。1階に座るお客さんがよく見える。昨今、商業演劇の観客は女性が9割程度を占めているように感じる。なのに今日は男性が3割もいる。おそらくその理由は主演が高畑充希で、作・演出が根本宗子だからだろう。昨年のミュージカル『ミス・サイゴン』でキムを演じたことで、さらにファン層を広げた高畑。そして岸田國士戯曲賞に複数ノミネートされ、演劇界で異彩を放つ“ねもしゅー”こと根本。2人は普段芝居をあまり見慣れていない人々を、池袋の東京芸術劇場に大勢連れてきたのだ。

この舞台のタイトルは『宝飾時計』。5年ほど前、高畑が根本に「私に芝居を書いて欲しい」と直接声をかけたことで実現したという。だけど正直な話をすると、私、根本宗子の作品が少々苦手だった。

根本作品の特徴は、出演者へ当て書きすることで、舞台上で生々しい感情が爆発するところだ。人には喜怒哀楽、さまざまな感情がある。しかし演劇経験の乏しい出演者に当て書きするとなると、どうしても気持ちの乗せやすい怒りの感情に焦点が絞られる。自分が大事にされなかったこと。我慢してきたこと。その鬱憤を溜めたまま舞台終盤へと進み、ハイライトで登場人物はその苦しみをぶちまける。

根本の作品は、よく女子プロレスに似ていると言われる。ベビーフェイスの人気選手がヒールの選手に向かって、試合終盤、本気で「コノヤロー」と叫ぶ。プロレスの試合運びと劇構造がなんとなく似ているのだ。でも根本は、他人の無意識な残酷さをゾクッとするほどのリアルさで描ける筆の持ち主だ。喜怒哀楽の怒に重心が傾いているのだとしたら、人間の全感情の半分も表していないのは実にもったいない。もしも繊細な感情表現を得意とする手練れの役者ばかりが彼女の作品を演じたら、根本宗子はもっといろんな感情を描けるのでは。『宝飾時計』の出演者は高畑充希、成田凌、小池栄子、伊藤万理華、池津祥子、後藤剛範、小日向星一、八十田勇一。これは行くしかない。実際に舞台が終わると、なかなか拍手が起きなかった。私を含め、劇場にいた観客は皆、半ば放心状態になっていたのだ。

今回も主要3キャストはほぼ当て書きだった。ミュージカル『アニー』の構造を模したであろう架空の芝居『宝飾時計』で、トリプルキャストで主演をする子役のゆりか(高畑充希)、真理恵(小池栄子)、杏香(伊藤万理華)。ゆりかの好演が話題を呼び、まるで森光子の『放浪記』のごとく、その後はゆりか主演で20年間ロングランが続く。三十路となったゆりかは、同級生たちが結婚・出産するなか、自分の存在意義を見つけられずにいる。子役出身の女優のインナーチャイルドを見つめる話だ。

サッカーワールドカップの決勝のパスか吉本新喜劇かというくらい、出演者のセリフ回しが速い。そして高畑充希のセリフ量が凄まじく、口がカートリッジ式なら、喋った口の形のまま前に飛び出していくんじゃないかと思うほどだ。でも決して怒鳴らないし、がならない。自分の本音のわかってもらえなさを、言葉を重ねて伝えていく。終盤、高畑は鼻をすする。あの大きな目に、表面張力でプルプルした涙がいっぱい溜まっている。それを見て、共演の成田凌も目に涙を浮かべながら高畑を説き伏せる。

『宝飾時計』では、「ゆりかがこの芝居を辞めたら背が伸びた。まるでこの芝居との関係をつなぎ留めるために、背が伸びなかったように」というくだりが出てくる。自身も中学生から芸能界入りして、16歳から22歳までミュージカル『ピーター・パン』の主演を続けていた高畑。前職で私は高畑が演じた『ピーター・パン』のレビュー記事を書きながら、「20歳を超えてピーター・パンの『大人になんかなりたくない』を連呼するのは、一体どんな気持ちだろう」と考えたことがあった。それだけに、今回の高畑は子ども時代の役のまま大きくなったゆりかを演じながら、セリフと一緒に過去の自分を吐き出しているように見えた。

高畑が根本に依頼して実現したこの舞台。根本は高畑や小池栄子といった腕利きの俳優たちの力を借りることで、劇作家としての新しい引き出しを開けた。そして高畑は、根本が描く生きたセリフを口にすることで、誰かの人生ではなく自分の人生を演じた。もしも観られるチャンスがあるならば、ぜひ当日券でも観てほしい。終わった瞬間、拍手もできないくらいに、高畑充希の残像が脳裏に焼きつくだろうから。

『宝飾時計』

・2023年1月9日(月・祝)〜29日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス

・2023年2月2日(木)~6日(月) 森ノ宮ピロティホール

・2023年2月10日(金)~12日(日) 鳥栖市民文化会館 大ホール

・2023年2月17日(金)~19日(日) 東海市芸術劇場 大ホール

・2023年2月25日(土)・26日(日) 上田市交流文化芸術センター(サントミューゼ)大ホール

文/横山 由希路

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