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誰でも “頭のいい人” になれる。思考の質は後天的に向上する。『頭のいい人が話す前に考えていること』

場所はいつも百貨店だった。彼らを見つけた瞬間、僕は最上階へ逃げる。しかしその途中で、「ヒロさん、お久しぶりです」と声をかけられる。僕は「あぁ……また見つかってしまった」と思い、申し訳なさそうな顔で振り返る。そこには、僕がかつて逃げるようにして辞めた会社の同僚たちがいた。彼らと目が合い、僕は気まずそうに会釈をする。そこで目が覚める。会社を辞めた当初は、週一回のペースでこの夢を見ていた。

2015年12月。僕は適応障害の診断を受けて会社を辞めた。転職してわずか1年だった。会社員に戻りたくなかった僕は、2016年2月に独立をした。

フリーランスになってから、会社員を辞めた理由をよく聞かれる。そのときはいつも「周りのレベルが高すぎて結果が全然出なかった。自分より頭のいい人達に囲まれるのはキツかった」と答えている。

しかし嘘をついているわけではないのに、自分の中ではしっくりきていなかった。その理由がずっと分からなかったのだが、『頭のいい人が話す前に考えていること』という書籍を読んで、ようやく分かった。本書の冒頭にこう書いてある。「考えが浅いと言われる人は、思考の質を高める方法を知らないだけ」と。

まさに当時の自分だと思った。自分より頭のいい人たちに囲まれていたのは事実だが、それ以上に僕は “考えていなかった” のだ。いや、自分なりには考えていたのだが、思考の質が低かった。

本書には「質問がうまい人と下手な人の違い」という章がある。その章を読んだとき、僕が会社を辞めるきっかけになった出来事がフラッシュバックした。と同時に、「考える」の本当の意味が分かった気がした。

僕が勤めていた会社は、リクナビやマイナビのような人材情報のポータルサイトを運営していた。仕事内容は既存顧客への営業。たとえば、自社で提供している「適性テスト」や「ポータルサイトの上位に求人を表示させるオプション」などを、顧客のニーズに合わせて提案する。

僕が担当していたクライアントの一つに、大手証券会社のA社があった。毎週のように打ち合わせをしていたが、交渉はうまくいかなかった。僕の提案に対して担当者はことごとく難色を示す。打つ手がなくなった僕は上司に質問をした。

「A社に就活イベントの出展を提案したのですが『費用対効果が分からないので保留』と言われました。ポータルサイトのオプションも同じです。また、適性テストも提案したのですが『競合他社と比べて優位性が分からない』と言われました。どうすればいいでしょうか?」

質問をした直後、上司の顔が曇る。呆れたような顔をしていた。その後は上司から質問攻めにあった。

「A社は『どんな人』を『何人』採用したいの? それを踏まえた上で採用フローはどう考えている? 先方の予算は? 競合他社はどんなサービスを提案している?」と。

うまく答えられない僕を見て、次回のA社との打ち合わせに上司も同席することになった。そして僕は担当から外された。この一件から自信とやる気をなくした僕は、それ以降、上司に相談することをやめた。

しかし誰にも相談しないということは、思考が浅いまま交渉に臨むということ。当然、結果は出ない。ついにA社の他にも2社、僕は担当から外された。その3日後、僕は会社に行けなくなった。それから2か月後、退職に至る。

本書を読んでから、改めて自分の質問内容を思い返してみると、まぁひどい。というのも、本書には「頭のいい人の質問の特徴」として次の4つが挙げられている。が、僕はその全てを外していた。

まず「①ひとつのことしか聞かない」という点は、聞きたいことを3つも盛り込んでいた。「②目的を知らせる」という点は、上司に何も伝えていなかった。「③要素分解して具体的に聞く」という点は、何も分解せず抽象的に伝えていた。「④細大もらさず伝える」という点は、今の状況を細かく共有していなかった。

当時の僕は、上司やクライアントと話すときはいつもこう。目的を共有せずに話し出す。内容も抽象的で分かりにくい。前提条件も共有されていないから、どこから突っ込んでいいか分からない。思い返せば上司から「話す前にもっと深く考えろ」と言われ続けていた気がする。

8年の時を経て、本書を読んだ僕がA社の件を上司に伝えるとしたらこうだ。

「A社との交渉をうまく進めるために、エントリー数の算出方法について相談させてください。(②目的)」

「先方は○○のような人材を××人採用したいと思っています。昨年よりも幅広い学生と接点を持つ必要があるため、就活イベントへの出展を提案しました。昨年の実績を元に『参加する学生の特徴』と『想定集客数』をお伝えして、それを踏まえた上で価格表もお見せしました。(④細大もらさず伝える)」

「先方は、参加する学生の特徴と集客数のイメージはできたようでしたが、エントリー数が読めないと難色を示していました。昨年のデータを元に、エントリー数を算出する方法を知りたいです。(③要素分解)」

「他にも二点ありますが、まずはこの件について相談させてください(①ひとつしか聞かない)」

本書に書いてあった4つの特徴を参考に、改めて質問内容を考えてみた。我ながら “いい質問” になったのではないか。

本書には「頭のいい人の質問の特徴」以外に、「客観視するための思考法」「話を整理する方法」「相手の言いたいことを引き出す方法」「自分の主張を言語化する方法」などが書いてある。いずれも今日から使えるノウハウばかりだ。

書いてある内容をそのまま実践すれば頭のいい人になれる。事実、僕はなった気でいる。そんな僕のような読者に向けて、「おわりに」にこう書かれていた。

“わかった気になったときが一番危ない”
これが22年のコンサルタント人生の中でのもうひとつの結論です。
わかったような気になっているときこそ、丁寧なコミュニケーションを心がける。
これこそ、本当に頭のいい、知的で謙虚な人の態度だと思います。

そして同じく「おわりに」に、こうも書いてあった。

本当に頭のいい人とは、大切な人を大切にできる人だと思います。

冒頭に書いた、百貨店で同僚たちと会う夢は、今はもう見ない。僕の中で吹っ切れているのだろう。しかし、僕は元同僚たちにお詫びもお礼も言っていない。

今年の10月に福岡へ行く予定がある。Facebookの情報によると、一番お世話になった同僚は今福岡にいる。彼に会いに行こう。どんな顔をするか分からないが、一言だけ。「ありがとう」と言いたい。

文/中村 昌弘

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