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「5年後10年後にも観返したい作品になりました」映画『パラダイス/半島』染谷俊之、吉田美月喜、立川かしめ

2023年7月21日(金)より公開される映画『パラダイス/半島』。長期休養中の人気俳優・真英(まさひで・染谷俊之)は、復帰のめどが立ち、大作への出演も決まっている。そんなある日、幼なじみで親友の竜(立川かしめ)が訪ねてきた。とある冤罪で逮捕されていた彼は起訴されそうになり、逃げてきたという。一日だけかくまって竜を追い出す真英のもとに、暇を持て余した姪の夕起(吉田美月喜)がやってくる。事情を知らない夕起は、海で意気投合した竜を連れて帰ってきてしまった。真英の憂鬱な日々が始まるーーというストーリー。

印象的なのは、3人の絶妙な空気感。「幼なじみ」「親友」「叔父と姪」などは想像できるのだが、妙な縁で集まった3人の関係がなかなかシュールだ。冤罪で捕まった竜をかくまわねばならないという、あまり歓迎できない状況に、次はどんな事実が判明するのかハラハラしながら見守った。自分が真英だったらどうするだろう。一方で、妙にほっこりするシーンや懐かしくなるシーンも多く、子ども時代の夏休みやおばあちゃんの家を思い出した。良くも悪くも感情を揺り動かされる物語だ。

もうひとつ気になるのは、説明が少ないこと。例えばなぜ真英が休養に至ったのかや、竜の冤罪の詳細、作中で起こる出来事や感情など、詳しく明かされない要素が多い。徐々に明らかになっていくものもあるが、最後まで説明されないものもある。そこが気になったとき、自分が普段作品に説明を求めすぎていたことに気が付いた。謎も感情も明かされて当然と思ってしまっていた。実際の人間関係だって相手の思っていることがすべて知れるわけではないので、この作品はある意味リアルなのかもしれない。また、説明されないからこそ想像する余地、楽しむ余地が持てるともいえる。

染谷俊之さん、吉田美月喜さん、立川かしめさんにそれぞれの役のことから作品の楽しみ方まで、さまざまなお話を伺った。誰かが答えると自然と他の人が話を続け、笑いに包まれる。3人の本当に仲がいい様子が伝わってきた。

監督の家での撮影。3人の関係は、自然に出来上がった

ーー ご自身の役の「共感できるところ」と「共感できなかったところ」は?

かしめ:嫌なことを後回しにするところですね。 僕も後回し癖があるタイプで、誰かに助けを求めたいとか、1回忘れたいとか、 判断を先延ばししたい気持ちはすごくわかります。でも僕は、困ったことがあると誰かに話したくなっちゃうタイプなんで、竜が言えないでため込むところはちょっと違うなと思ったかな。

僕なら仏壇が怖かったら遠回しに言わないで直接言っちゃう。経験上、はっきり言わずに「気づいてもらうの待ち」みたいなのは、だいたい良くないほうに転ぶので。でも、他は共感できることが多いというか、人に依存しちゃう感じとかも含めて竜と精神性は近いかもしれません。

染谷:僕は俳優の役だったので、自分とリンクする部分がありました。真英はいろいろあってちょっと俳優業を休んでいるんですけど、俳優として作品にずっと関わってると、すごくいっぱい、いろんなことを考えるんです。僕は役に対しては考えたもん勝ちだと思うんですけど、考えすぎて考えすぎて、もう何も考えたくないというときはあります。それがピークに達して仕事を離れて農作業をしてるとすると、自分だったらこういう感じかな……と想像しながら演じていました。

共感できないところはほとんどないですけど、もし僕だったら親友や幼なじみをかくまうってなったときに等価交換というか「かくまうけどもしバレたら脅されてたってことにするね」って条件を先に決めるかな。

かしめ:竜の立場でも、そういう風に言ってもらったほうがこちらも楽かも。

染谷:真英はちょっとお人好しすぎるんですよね。

吉田:私は夕起ちゃんと年齢も近かったし、共感できる部分が多かったです。彼女は 将来のことも漠然としていて真英の家に流れてきてるような感じで、 私自身は今はこのお仕事があるけど、そうじゃなかったら同じようにどうしたらいいかわからなくて悩んだかもなと。

共感できない部分は、夕起ちゃんはどうしたらいいかわからない流れで何か行動しちゃうタイプなんですけど、私の場合は焦りつつも動けないタイプです。どっちがいいのかわからないですけど。

ーー親友や叔父と姪という関係はよくありますが、この3人の絶妙な関係は、距離感を探るのが難しかったのではと思います。どんな風に関係性を作っていかれましたか?

染谷:今回は順撮り(※)で撮らせていただけたので、自然に出来上がっていきました。物語と同じように、作品が進んでいくにつれて、関係も深まっていったような気がします。

※順撮り……シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法。

かしめ:撮影場所が稲葉監督の家だったのも、大きかったかなと思います。演技の現場は初参加なので他の現場がどうなのかはわからないんですが、家にいる安心感が出てたんじゃないかな。

吉田:確かに、実際に人が住んでるっていう雰囲気、 生活感があって、なんだかリラックスできる空間でしたね。

染谷:ハウススタジオだと、特有の匂いみたいなのがあるから、また違うよね。

かしめ:やっぱりそうなんですね。他の映画でみなさんがどういう風にやっているか、僕は知らないから。もし万が一、次があったりしたら、全然この作品と違う可能性がありますね。 今回は楽屋とかないですからね、階段で待ってるときとかあったもん。

吉田:階段で座って待ちましたね。待っている間、かしめさんの奥さんの話を聞いたりして、人生を教えていただきました。

染谷:あの話、何も響かなかったですね。

かしめ:いろいろ大変なんだよ(笑)。

3人のキャラが出た、絶妙なシーンがお気に入り

ーー竜をかくまうという不穏な状況がある中でも、楽しそうなシーンやほっこりするシーンもあるところが印象的でした。みなさんの「好きなシーン」を教えてください。

染谷:真英が一度は「ごめん、帰って」と竜を追い出したのに、事情を知らない夕起が結局連れてきちゃうシーン。夕起に 鍵を投げて渡したり、夕起に戻ってろと言って竜だけ呼び出すシーン。

かしめ:あの呼び出されるシーン、俺、役だけど「絶対怒られる」と思いながらやってました。夕起ちゃんも「あー、お説教だ」と思って心配してくれるのが伝わってきて。

染谷:あの絶妙な感じ、すごく好きですね。

かしめ:僕は竜が家にいて、藤田朋子さん演じる芸能事務所の社長が思ったより早く来ちゃうところかな。あわてて「(竜を)隠せ隠せ」ってなって、真英が態勢を整えるためにいろいろ片づけるんですけど、最後ラグがめくれ上がっちゃってるのをすっと足で直してるんですよ。

あれ、指示されたわけじゃなくて、本当に偶然めくれ上がっちゃったのを直していて。真英としてやっているんですけど、染さんもやりそうで、染さんと役の真英がフュージョンして混ざった瞬間を見られた気がして、めちゃくちゃかわいいなと思って見ていました。

吉田:竜に関するあることが判明して、座る大人の男性2人(真英と竜)に対して夕起が立って怒っていて、無言の圧をかけるシーンが面白かったですね。

染谷:言い慣れてたよね。

かしめ:怒り慣れてたよね。

吉田:もちろんそんな経験はないですし、実際は全然怒ってもないんですけど、本当に怒っている風に見えるのが面白いなって思って、すごくお気に入りですね。監督が3人の位置を決めたんですよね。

かしめ:「大人の男が2人横並びで座る図」ってなかなかないよね。

ーーこの作品に出てくる3人はそれぞれ人生の夏休みと言いますか、日常から離れたところで立ち止まってる途中、みたいなところがあると思います。みなさんは1か月ぐらいお休みをもらって、好きなところに行っていいよって言われたらどう過ごしたいですか。

染谷:1か月あったら人生で一度は行ってみたい場所に行きたいです、ボリビアのウユニ塩湖とか! あの上も下も空みたいな空間を味わいたい。オーロラも観たいな。

かしめ:俺、1回マグロ漁に行ってみたい。

染谷:何の罪も背負ってないのに?

かしめ:マグロ漁は罪を背負った人だけが行くわけじゃないから! 以前フェリーで1週間船旅をしたのが楽しかったので、長期で行く漁とか豪華客船の船旅に行ってみたいですね。途中で落語をやる仕事込みでもいいから。

染谷:よく居酒屋に貼ってあるやつね。

かしめ:違うわ(笑)。目的地に早く着く飛行機とかじゃなくて、船に乗ってるからどこにも行けない、みたいな状態になりたい。閉じ込められたい。束縛されたい願望があるのかも。

吉田:私は食べることがすごく好きなので、世界の美味しい食べ物を食べたい。エスニック料理もイタリア料理も大好きだし、珍味とか、いわゆるゲテモノも食べてみたいし。食に対する好奇心はすごいあります。昆虫食も全然いける。食べてみたいのはワニ。

かしめ:ワニ食べたことあるけど美味しいよ。

作品が良くなるための歯車でいたい(染谷)

ーー 染谷さんは、稲葉監督とは「恋するふたり」以来2度目のタッグですが、2度目だからこそこういうことができたな、という点はありますか?

染谷:ゼロからのスタートじゃないっていうのは、とっても嬉しかったですね。監督は物静かなんですけど、すごく熱いこだわりがある方。前回監督のそういう部分が大好きだなと思っていたので、またご一緒できて嬉しかったです。今回改めて感じたのは、俳優のことをこれでもかっていうぐらい研究してくださるんだなということ。美月喜ちゃんのこともかしめさんのことも、すごく調べてきてくださっている。初めてご一緒したときもいい意味で驚いた部分なんですが、あらためて再確認しました。

この作品、結構長回しのシーンが多いんですけど、僕がやっていてちょっとイマイチだったなって思ったときに、監督も「やっぱもう1回」ってなるから、あー、やっぱそうだよなって思いながら、その価値観が一緒だったっていうのも嬉しかったですね。

ーー染谷さんは現実離れした役を演じられることも多い印象があるのですが、今回はご自身と同じ俳優で、置かれている状況も地続きな役でした。役作りの仕方は違いましたか?

染谷:僕はどれだけジャンルが違っても、ファンタジーでも日常ものでも、役作りに対するスタンス……向き合い方は一緒ですね。そこは変えたくないなって思うので。

でも、演じ方はジャンルというよりは、作品によって変えています。「作品が良くなるための歯車になろう」と思うことが多くて、まず作品に求められることを考えて、そこから自分に求められることは何だろう? と考えます。

ーー 真英は振り回されるタイプでしたが、染谷さん自身はどちらですか?

染谷:そのときのポジションによるかもしれないです。カンパニーとか、飲みの場とか、先輩がいるのか後輩がいるかによって変わりますね。ツッコミなのかボケなのかも。

かしめ:実際そうかも。共演者の方の平場のスタンスとかって、やっぱり見ちゃうんですけど、染さんはボケもやるし、ツッコミもやるから一緒にトークしてて楽なんですよ。どっちをやってもいいから。世の中の人ってボケの人が大半だから、貴重な存在ですね。

役は自分で切り替えず、周りの雰囲気に頼ります(吉田)

ーー 作中に、夕起の名前の由来についての話が出るシーンがあります。美月喜さんのお名前の由来をお聞きしてもいいでしょうか。

吉田:まず、母の名前に月という漢字が入ってて、絶対にそれを入れたいというこだわりがあり「美しい月のように人を喜ばせ、笑顔にする人になってほしい」という意味が込められてるみたいです。お父さんは 全然違うヒトミという名前を激推ししていたらしいですけど、お母さんがもう「絶対美月喜!」という感じで美月喜になりました。

かしめ:喜ぶという漢字が入ってるのは珍しい。芸名でもありそうな名前だよね。

吉田:お気に入りなので、本名でそのままやっています。

ーー 吉田さんは昨年後半から今年にかけて、出演作の公開や放送が続いています。演じる役の切り替えなどはどんな風に行っていますか?

吉田:自分で切り替えようとせずに、現場の雰囲気を感じるようにしています。というのも、以前2つの作品の撮影時期が重なったとき、自分で意識的に切り替えようとしたらどちらも気持ち悪い演技になってしまって。キャラクター感が出て、人間っぽさがなくなっていました。

そのとき関わっていた作品の監督に「もっと周りに頼っていいんじゃないか」と言っていただいたのがきっかけです。それまでは周りに頼るのは駄目だと思っていたんですけど、演技の中では 伝えるのと同じくらい受けるのが大切だよと聞いて、頼らせていただいています。

演技と落語の共通点はゼロでした(かしめ)

ーーかしめさんの本業は落語家。演じてみて、落語との共通点はありましたか?

かしめ:自分でも驚きだったんですけど、やってみると共通点がなかったです。落語って、演技は演技なんですけど、僕ら落語家は、自分をかなり残した演技をすることが多いんです。例えば年寄りや女の人を演じるとしても、僕の場合7割ぐらい自分自身を残すので、役になりきりはしないんです。

だから逆に、役者さんや声優さんが落語をやると、落語っぽく見えないって言われることがあります。自分を消して演技をされるので、演技がうますぎるんですよね。普段そういう演技の仕方なので、今回役に入らなきゃというプレッシャーがありました。「多分どこかに自分が残っちゃうんだろうな」と思いながらやっていましたね。

かしめ:一方で良かったのは、自分一人でやるんじゃなくて、人と話をして作り上げられたこと。それこそおふたりの演技がお上手で、呑んでくれるというか、僕を巻き込んでくれたので、僕はそれに乗っかって「なんとなくこういうことなのかな」とわかってできたかなと思います。足を引っ張ったことも多いと思いますけど。本当におふたりに依存していました。

吉田:私もふたりに依存してます。「なんて安心なんだ」と思いました。

染谷:俺も。3人でお互いに寄りかかりながら立っている感じでしたね。

かしめ:ちょうどいいバランスでしたね。

吉田:結構ギリギリでした。

染谷:危なかったです。よかった、倒れなくて。

ーーかしめさんは今回初めての演技だったそうですが、次回やってみたい役や出てみたい作品は?

かしめ:今回演じた竜は何だかんだいいやつなので、次はどこかしら狂気がある役をやりたいです。すごい嫌な奴、悪い奴を演じてちゃんと嫌われたい。作品を観た後「あいつ嫌だったわ~」って言われたいです。陽気な役もできますけど、多分それは求められてないなって思うので。

自分の状況によって感じ方が変わる作品

ーー先日の完成披露試写会で染谷さんは「自分の状況次第でいろんな見方ができる」とおっしゃっていました。

染谷:最近はTikTokやYouTubeのshortsなど短い動画が流行っていたり、短時間で簡潔に見たいっていう方は結構いらっしゃると思います。

でも映画や舞台を観るって、そのために時間作ってお金を出していただいていることなので、あせらず何も考えずに見ていただけたらなって思いますね。こういうメッセージ性があるんだぞと決まっている映画でもないと僕は思っているので、 感じたままのものを持って帰ってもらえれば。いや、なんなら持って帰らなくたっていい。

きっと忙しい人が観たとき、 忙しくない人が観たとき、何かを模索中の人が観たとき……そのときの状況で感じ方が変わると思うので、そのときの自分が感じたものを楽しんでいただけたらと思います。

かしめ:僕も染さんと同じで、刺激の強い映画ではないかなと思っていて、そういう意味ではちょっと落語に近いなという側面も感じています。

もちろん公開中に観ていただきたいなと思うんですけれど、できたらまず1回観て感想を残していただいて、5年後とか10年後とか、ご自身の状況が変わったとき、もう1回観直してもらったら、 感じ方が変わる作品だと思います。僕自身も、今僕が観ている『パラダイス/半島』と、10年後の僕が観る『パラダイス/半島』では感じるものは違うんだろうなっていうのが楽しみなんです。

吉田:おふたりの話を聞いて、私も数年後に観るのが楽しみになりました。この映画は、透明な水に白いものがすっと入ってきたみたいな違和感があるけれど、余白がいっぱいあることによって優しくなっている。その絶妙な感じが私には居心地が良くて、みなさんにも違和感を楽しんでいただけたら嬉しいです!

映画『パラダイス/半島』 7月21日より公開

染谷俊之さん 
1987年12月17日生まれ、神奈川県出身。最近の主な出演作は、舞台『刀剣乱舞』シリーズ(鶴丸国永 役)、MANKAI STAGE『A3!』シリーズ(卯木千景 役)、映画『ゲネプロ★7』(焼野悠馬/オセロ 役)など。2023年8月4日より、舞台『刀剣乱舞』七周年感謝祭 -夢語刀宴會-(鶴丸国永 役)や2023年8月10日放送 BS-TBS 木曜ドラマ23『怪談新耳袋 暗黒』 【乗客】(由良翔平 役)への出演を控えている。

吉田美月喜さん
2003年3月10日生まれ、東京都出身。スカウトがきっかけで芸能界入り、初めて受けたオーディションで大手企業の広告に抜擢された。その後、Netflixオリジナルシリーズ『今際の国のアリス』、TBS日曜劇場『ドラゴン桜』など話題作の出演を経て、2023年には主演映画『あつい胸さわぎ』の公開、日本テレビ『沼る。港区女子高生』、フジテレビ『クライムファミリー』にてメインを務めた。現在、主演舞台「モグラが三千あつまって」がを公演中、また、今秋には主演映画「カムイのうた」の公開が控えている。

立川かしめさん
1989年3月30日生まれ、愛知県出身。2015年に立川こしらに入門。期間1年の命名権がヤフオク!に出品されアイドルグループの仮面女子が落札、「立川仮面女子」を名乗る。その後1年間の命名権が切れて「かしめ」に改名。2020年に二ツ目昇進。本作『パラダイス/半島』で映画初出演を飾った。

撮影/深山 徳幸
執筆/ぐみ

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