
死にたくない・死にたくない・死にたくない【さとゆみの今日もコレカラ/第911回】
村上春樹さんの『遠い太鼓』を聴きながら、ポルトガルの海沿いの街を歩いている。
歩いている最中、どの本を聞こうかな考えたのだけれど、オーディブルに村上さんの『遠い太鼓』を見つけたときに、ピンときた。
もう40年も前に書かれた文章で、彼がイタリアとギリシャに3年滞在した時の話が書かれているエッセイ集だ。読むのは4回目だろうか。
『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』はこの2年の間に書かれている。ノルウェーの森の方は手書きで書かれたという。以前読んだときに、「紛失しないか、火事になったりしないかと心配だ」と書かれていた記憶があった。書きかけの小説が失われることへの恐怖を想像したものだ。
でも、その表現以上に今回、びっくりしたのが
「僕は死にたくない・死にたくない・死にたくない」
という記述があったことだ。
今回、耳から聞いていたので、宿についてからKindleで、どんな表記だったのかを確かめた。
「僕は死にたくない、死にたくない、死にたくない」
なのか
「僕は死にたくない。死にたくない。死にたくない」
なのか。
そうしたら、まさかの、
「僕は死にたくない・死にたくない・死にたくない」
だったし、しかもこの20文字には傍点までついていた。
いま手掛けている小説を書き上げるまえに死にたくないという意味で、
「お願いだから、僕をもう少し生かしておいてください。僕にはもう少し時間が必要なのです」
という記述もある。
ドライな筆致でウェットなことを書く村上さんだけれど、ここはひたすらにウェットだ。
いま死んだら困るというほど、執着していることが何かあるかな、と思って考えてみたのだけれど、うまく思いつかなかった。
そういえば出かけるときに、息子に何度も「死なないでね」と言われたのだけれど、最近、絶対に死にたくないみたいな(かつてはあった)強い欲望がないのかもしれないなと思う。そういうのが伝わるのだろうか。
記憶していた文章とは違って、『遠い太鼓』の中で展開される話は、わりと暗くて、ひどい話が多い。村上さんはずっと文句を言っている。
今日は雨の中を歩いたのだけれど、「まあ、春樹さんに比べたら、こんなことはどうってことないな」と思える。
そして、さて、今日も頑張って歩こうかと、昨日干した洗濯物を取り込もうとしたら、突然、本当に突然、スコールのような雨が降ってきて、一瞬のうちに洗濯物をびしょびしょにしていった。
20メートル先にあったのだけれど、助ける暇もないどしゃぶりだったので、もう、諦めた。

降水確率は0パーセントだった。
コインランドリーがオープンするまでは、この街から出られないなと思ったけれど、村上さんが受けたトラブルに比べたら、どうってことないかと思って、まだ誰も起きてこないキッチンで、今日コレを書き始めた。
やれやれ。
↑言ってみたかった。本当は楽しくなってきてる。
サムネイルは道中であったご夫婦。長年連れそうと雰囲気が似てくるのだろうか。

【この記事をおすすめ】
「物語」とは何なのだろう。
人は、目の前の現実のみによって、自分の生き方を決めるわけではないのかもしれない。
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【バックナンバー】
首筋にキスマーク【さとゆみの今日もコレカラ/第910回】
ポルトガルの小さな港町のレストランで書いている。
本当はもう1日ポルトの街を観光してから歩き始めようと思っていたんだけけど、ワインがおいしすぎて、このままポルトにいたら歩くのが嫌になってしまいそうと思ったので、予定よりも1日早く歩き始めた。
レストランでは、英語が全く通じない。私の英語が汚すぎるせいかと思ったが、英語を話す人が一人もいないようだった。
カミーノの巡礼地は全世界から人が集まるので、英語コミニケーションに慣れてる人たちが多い印象。
ただ、私が今夜泊まった街は、そこまでメジャーな街ではなく、そのレストランも、地元の常連さんたちがほとんどのようだ。
お客さんの中にちょっとだけ英語が話せる人がいて、彼女はそのおじさんを通訳にと連れてきた。
その人を介して片言どおしの英語で注文をしたら、ワインがボトルで2本出てきて、スープとリゾットとフリットと山盛りのチーズが出てきた。
というわけで、今日20キロ以上歩いたけれども、その分のカロリーをはるかに上回る夕食をいただいている。
いろいろと思ってもいないものが出てきているけれど、全ておいしいし、サービスをしてくれるお姉さんはとても優しくてチャーミングだし、おじさんも親切がすぎる。なんて素敵な巡礼初夜だろう。
私がご飯を食べている間に、小学1年生くらいの男の子を連れた家族がやってきた。その瞬間、サービスをしている女性がその男の子に駆け寄ってたくさんキスをする。チュッの音が、私の席にまで聞こえてくる。
男の子は照れ臭そうにしている。ちょっと、胸が熱くなる。
家族以外にたくさんの愛情を受けて育つのって、素敵だよね。
途中からGoogle 翻訳の存在を思い出して、iPhoneの画面を見せながらコミュニケーションを取ったら、いきなり全てが通じた。
でも、ちょっとだけ英語しゃべれるおじさんと、チャーミングなお姉さんと、身振り手振りで話をするのは楽しかったな。
帰りに、「すべての料理がおいしかったよ。ありがとう」とGoogle 翻訳で伝えたら、お姉さんはくしゃっと笑って手を広げ、私の首筋にも大きなキスをしてくれた。
かくていま、私の首筋には、彼女のキスマークがある。
大人だって、家族以外に愛情を受けると、こんなに嬉しい。
オブリガーダ。

極北を書かずしていかんとす【さとゆみの今日もコレカラ/第909回】
俳優のイザエミちゃんと『本を読めなくなった人たち』についてポッドキャストで語った。
本を書いたり、作ったりする立場の人間がともすると、うっかり忘れてしまうのが、本を読むと言う行為自体が既に、一部の少数派の人たちの贅沢な娯楽になっているということだ。
かつて、オタクという言葉が、人にはあまり理解されないような趣味を持っていることを示していた時代があったけれど、それで言うなら、現代における読書は完全なるオタク活動だと思う。
音楽を聴くことや、スポーツをしたり見たりすることに比べて、どれほど読書はオタ度の高い活動か。
そんな時代に、著者さんの書籍20万字ぶんをえっちらおっちらと書き上げ、本のレビューを書き、本についてポッドキャストで語り、海外に着いたら、まずは書店に行く私は、もうだいぶ筋金入ったオタクだ。
ポルトの街には、世界で1番美しい書店と言われるレロ書店がある。ここは、ハリー・ポッターの舞台にもなったと言われる書店で、赤い絨毯が美しい。入るだけで12ユーロかかる。本を手に取っている人よりも、私のように、撮影をしている人の方が多い。

日本語で書かれた本はありますかと聞いたら、この上なく申し訳なさそうな顔をした店員さんに、ノーと言われた。
極東の国の文字で、あまり本を読まない1億人(のうちの10万人くらい)に向けて私たちは書いているのだなあと思うと、なんだか面白くなってきた。そもそもが絶滅危惧種的な活動なのだ。
朝井リョウさんではないけれど、自分の極北を書かずしていかんとす。
やればできるんなら、早くやれ。【さとゆみの今日もコレカラ/第908回】
イスタンブールです。今回は、ポルト入りなので、イスタンブールでトランジット。
昔、飛んでイスタンブールって歌があったね。
天気が悪かったので、めっちゃくちゃ揺れたんだけれど、最後着陸したときに拍手がおこって、ほっこり。
ターキッシュ、初めて乗ったけれど、CAさんが陽気で楽しかった。アメニティも可愛い。ただ、北海道くらい機内が寒い。
夜出発のフライトが好きで、まずズコンと寝る。今日もズコンと寝たあとは、原稿を。
20万字分のリライトの残り4万字をここで。途中、じーんとくる部分があって、多分、カザフスタンの上空あたりでほろりときてた。
どうしてこんなにギリギリになっているのか、いつも不思議なのだけれど、でもなんだか最後は間に合ったりする。
やればできる子といって頑張ってきたけれど、もっとはやくやれ。
次のトランジットでラストの表現だけもう一度考え直す。
そしたら! そしたら!! ポルトガル!
いってきます。
人生テンパリスト名鑑【さとゆみの今日もコレカラ/第907回】
カミーノ出発前夜さとゆみです。
あらゆることが間に合っていない。こんなに慌てて出かけてよいのだろうか。
先日、パスポートが見当たらなかった話を書いたら、想像以上にたくさんの反響をいただき、みんなパスポートあるあるしてるんだなと感慨深くなったことよ。
私が知っているなかで一番のパスポートトラブルは、ラスベガスの教会で2人で結婚式をあげようとしていた奥様のほうが、パスポートの期限が切れていて結婚式に(自分の)行けなくなったというもの。
それだけでは終わらず、なんとお互いの家族がその教会にサプライズで到着していたらしく、花嫁も花婿も不在のまま、何も知らない家族だけが教会に集まってしまったというものだった。
(ご家族はみんな英語ができず、教会の人たちとも意思疎通ができず、夫婦が到着しないものだから、事故にあったと思ったらしく、悲嘆にくれていたらしい)
なんて幸先の悪い結婚であることよ、それって神様が結婚を引き留めているのでは? と思うけれど、その夫婦はいまも仲良く過ごしている。
最初のほうに大変なことがあったら、あとはなんとかなっちゃうものなのかな。
感想の中に、「そうそう、さとゆみは、マジでテンパらない」「相当なトラブルなはずなのに、全然テンパらない」という友人たちからのコメントもあった。
たしかに私、トラブルがあったときは、すーっと冷静になる。ふつふつとアドレナリンが湧いてきて、むしろ楽しくなってしまったりする。
そんな私のテンパリ第1位は、大阪で200人の美容師さんにセミナー予定だった日、日程を勘違いして越後湯沢の温泉にいってしまっていたことだ。
「いま、新大阪駅の改札にお迎えにきていますけれど、どちらですか?」と電話がかかってきて、すーっと血の気が引いた。
今でも思い出したくない。そこから数ヶ月、お詫び行脚でした。
あれが人生最大のテンパリングだった。
みなさんのテンパリストも、ぜひ教えてください。
読めなかった本が読めるようになったりする話【さとゆみの今日もコレカラ/第906回】
いまいちフィットしなかった本が、場所をかえると読めるときってある。
4回離脱した『嫌われる勇気』は、どれもこれも、旅先で読もうとして挫折してた。目の前にビーチがあって、ビンタンビールを瓶からばかすか飲んでいるときに、読むものじゃないんだな、あれ。東京砂漠では、すんなり読めました。
逆に、『アルケミスト』は、東京ではいまいち響かず、途中で読むのをやめてしまっていたのだけれど、長崎県の五島のホテルにあったのを借りて、バーで読んだときは一気読みできた。あれは、旅先で読む本だった。
京都に拠点を持ってから、京都文学にどハマりしている。
もともと好きだったのだけれど、道の名前や寺社の場所がわかるようになると、何倍も楽しい。
もりみー(森見登美彦さん)は、ずっと読めなかったのだけれど、成瀬シリーズの3巻にもりみー大リスペクトの話が出てくるので、改めてチャレンジしたら、楽しかった。木屋町を歩きながらオーディブルで聞いた。贅沢すぎる。
そんな私の京都文学愛を「ハンケイ500m」さんで書きました。

そうそう、ゼミメンバーとCORECOLORを始めたとき、最初にインタビューに行かせてもらったのも、やはり京都を舞台にした「喫茶店タレーラン」シリーズを描かれている岡崎琢磨さんだったー。
最悪よりはだいぶマシ【さとゆみの今日もコレカラ/第905回】
みなさまご存知のとおり、大抵のことにはテンパらない、さとゆみです。
師匠である上阪徹さんに
「さとゆみさんて、ほんと、トラブルに強いねえ。まったく動じないねえ。地震や戦争や天変地異、いろんなアクシデントがあるこんな時代に、本当に向いている特徴だねえ」
と褒められたことがあるくらいだ。
ちなみに上阪さんに原稿を褒められたことは、一度も、ない。
そんな私が、久しぶりに、テンパった。
パスポートが、ない!
いつも置いてあるはずの場所に、ない。
息子のはある。私の1つ前のパスポートも、ある。
でも、明後日必要なパスポートがどこにも、ない。
ちょっと待てよと記憶を辿る。最後は、ロンドンから帰ってきたときだから……。
いや、そのあと、ドバイに行こうとしたよな、その時はどうしたっけ。
京都かな。いや、違う、絶対に東京だ。
私は今日、大阪に行かねばならぬ。
NHKさんで講義なのだ。
次の日は京都で用事があって、それ終わりで一度自宅に戻り、荷物だけピックアップしたら、そのまま夜のフライト。
え、ってことは、今なかったら、海外行けなくね?
これだけ前振りしていて、パスポートなくて飛べなかったとか、だいぶダサい。
しばらく会えなくなるからと、いろいろ話しかけてくる息子を、「すまん、かーちゃん、いまそれどころじゃねー」と制して、ひたすら探した。
引き出し全部ひっくり返し、バッグを全部ひっくり返し、仕事のファイル資料も全部ひっくり返した。
で、1時間後、こりゃ詰んだ、ヤケ酒でも飲もうかと思ったら、ゴミに出そうとしていた袋の中から……出てきた。
なんでだよ!!!
いやあ。焦った。ゴミ、捨てなくて良かった。
そして、大ダッシュで電車に飛び乗る。(酒は飲んでない)
昨日のうちに添削終わっていてよかった、と思いながら
でもまだ、原稿が4万字くらい残ってるんだよなあ、とか
結局、英語の勉強できなかったのどうする? とか
あわてて飛び乗った電車で乗り過ごした、とか
eSIM間違って2回買っちゃったとか
まだサングラスとサコッシュ買ってないや、とか、
みたいな昨日までの心配は、全部吹っ飛んだ。
パスポートに比べたら、なんとでもなる!!
おお、なんとでもしてみせようではないか。
昨日まで、原稿が終わらん、と泣いていた私ですが、
急に大船にのった気持ちになってる。
原稿は1文字も増えていないけれど、パスポートに比べたら! パスポートは自分の力でどうにもならんけれど、原稿は、書けば終わる!!!
かくて、日曜までに、4万字。
間に合わなければ、フライト中に4万字。
それでも間に合わなければ、ポルトで4万字!
ゆみちゃん、やればできるこ!!!

