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舌打ちの代替案【さとゆみの今日もコレカラ/第178回】

飛行機で席を選ぶときは、なるべく「赤ちゃんが座っています」マークのとなりを選ぶようにしている。子連れで飛行機に乗ったとき、近くの人が「可愛いですねえ」とか「うちにも子どもがいるので、泣いても気にしないですよ」などと言ってくれたことがあり、それが本当にありがたかったからだ。

ただ、昨日は駆け込みでフライトを決めたので、席が選べなかった。GW直前。福岡行きの座席はほぼ満席で、きっと実家に帰るのかな、子どもたちの人数もいつもより多い。

私の4列くらい後ろに、フライトの間じゅう泣いている赤ちゃんがいた。2時間の間、ほぼひっきりなしに泣いていて、途中からは赤ちゃんをあやすお母さんの、小さな歌声も聞こえてきた。
子守唄にはじまって、森のくまさん、ABCの歌、幸せなら手を叩こう……歌っても歌っても赤ちゃんは泣き止まない。お母さんは「お願いだから、泣かないで」と何度も言っていて、でも赤ちゃんはそのたびに大きな声で泣いて、最後のほうはお母さんのほうが泣きそうな声になっていて、ああもう隣にいってお母さんの手を握ってあげたい、一緒に小さな声で歌ってあげたい、なんなら私のケータイにいつもダウンロード常備されている、ロッテさんのカフカ動画を流してあげたい(子どもがピタッと泣き止む確率95パーセント)と、そわそわした。

飛行機を降りるとき、お母さんに「おつかれさまでした」、赤ちゃんに「がんばったねえ」と声をかけてあげたかったけれど、私のほうが前の席だったので、押し出されるように飛行機から降りなくてはならず、その親子の顔は見れないままだった。

ところが、ターンテーブルに向かう道すがら、「赤んぼう、ほんと、うるさかったなあ」と話している年配のおじさんがいた。奥さんが「お母さん、大変だったでしょうね」と労わるような優しい声で言ったら「あんなの、親が悪いよ。うちの子たちなんて、飛行機で泣いたこと一度もないよな」とおじさんが言う。
奥さんがびっくりした顔で「そんなことありませんよ。ほら、イタリアに行った時、2人ともフライト中、全然泣き止まずに、大変だったじゃないですか」と夫に伝えると「そんなことあったかなあ」とおじさん。声が大きいので、周りの人にもその声は届き、奥さんは周囲の目を気にしておろおろしている。私は心の中で、「赤ちゃんの鳴き声より、あんたの声のほうがよっぽどうるさいし不快だよ」と毒づいていた。

そのまま2人の横を通り過ぎようとしたとき、おっさんが「あれでもうちょっと顔が可愛ければまだ許せるんだけどなあ。まあ、何にしても母親のしつけが悪いよ」と言ったので、私のリミッターが振り切れた。
本当は何かひとこと言いたいくらいだったけれど、そこまでの勇気は出ず、横を通り抜ける時、「ちっ」と舌打ちをして、振り返ってそのおじさんのことを最大の目力で睨んできた。1、2、3と心の中で数を数えてから目を外した。
数年ぶりの舌打ちだったけれど、なかなかに大きな「ちっ」が出たし、私、その日はパーティに出席する予定だったから、かなり派手な格好をしていて、まあまあ目立ってしまった。おじさんは、目を白黒させ、それから慌てて周囲を見渡していた。

美しい行為ではない。品もない。私の「ちっ」のほうがおじさんの声よりうるさいと思った人もいるだろう。ごめんなさい。後味だって悪い。どうするのがよかったかなあと、今も考えている。

※この文章は毎朝7時に更新され24時間で消滅します。今日もコレカラよい一日を。

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【この記事をおすすめ】

「他人に怒りをぶつけていいか」と問う授業では、「何かされたら殴ってもいい」「やり返さなければやられるだけ」「相手の気持ちを考えるべき」など、子どもたちからさまざまな意見が出されていた。


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