
『すみません』を卒業した日【さとゆみの今日もコレカラ/第765回】
以前、デザイナーのNさんと、ライター仲間のTちゃんと、3年かかって完成した書籍の打ち上げで、プチ旅行をしたことがある。
Nさんと私は同世代。Tちゃんは一回り以上若い。私たちは、礼儀正しくめちゃくちゃ感じのいい、そして原稿がすっごくうまいTちゃんのことを、大好きだった。
このときも、一緒に温泉に入ったり、飲んだりして、とっても楽しい初日を過ごした。
ところが、次の日の朝のことである。
昨日、夜中まで語り合っていたらしい二人が、なにやらお金のやりとりをしている。
「あ、また言った! 罰金100円!」と、いうNさんの声が聞こえる。
どうしたの? と聞いたら、
「あのね、Tちゃん、なんでもかんでも『すみません』って言うんだよー」
とNさんは言う。
ああ、たしかにそれはそうかも。
たとえばお箸をとってあげたら「すみません」。
タオル、ここに置いとくねーと言ったら「すみません」。
いい原稿だったよーと伝えたら「すみません、ありがとうございます」。
Nさんは、
「それ、全部『ありがとう』でいいじゃんねー。きっとTちゃん『すみません』が口グセになっちゃっているんだよー」
と言う。うん、たしかに。
たとえばお箸をとってあげたら「ありがとうございます」。
タオル、置いとくねーと言ったら「ありがとうございます」。
いい原稿だったよーと伝えたら「わーい、ありがとうございます」。
でいいじゃんねー、と。
たしかNさんの言うとおりだ。Tちゃん、何も悪くないのだから「すみません」と言う必要はない。
それに、改めてよく考えてみたら「すみません」と何度も言われるほうも、そんなに気持ちよくないかも。だって「すみません」って言われたら「いえいえ」って言わなきゃならないし、何度も「すみません」って言われ続けたら、なんか、こちらがいじめているみたいだよね。
だから、その口グセを旅行中に治そうぜと、昨夜二人で相談して「すみませんって言ったら罰金100円ゲーム」が始まったらしい。
これが、かなり面白かった。
実際に意識して聞いていると、Tちゃんは、一時間に何度も「すみません」と言っている。本人も、スーパーナチュラルに「すみません」と言っては、「はっ!」となって、Nさんに「はい、100円!」と言われている。
でも、500円めの罰金くらいから、「すみ……じゃなくて、ありがとうございます!」とか「す……じゃなくて、嬉しいです!」とTちゃんが言うようになって、2泊3日の旅行の最後のほうはもう、「す」すら、言わなくなっていた。
別れ際、貯まった500円の罰金で、みんなで缶コーヒーを買って飲んだ。
Tちゃんが「ものすっごくいいことを教えてくださって、ありがとうございました!」とにっこにこで帰っていった。
何ヶ月か後、Tちゃんは「すみませんて言わないの、まだ続いています!」と教えてくれた。
それまではどことなくおどおどとした雰囲気だったのに、今は、しっかり落ち着いているように見える。心なしかオーラまでキラキラしている。もともとめちゃくちゃ仕事はできる人なのだ。
Tちゃんはその後、ある媒体でトライアルで書かせてもらった原稿を絶賛され、レギュラーライターに昇格したという。その数ヶ月後、さらに彼女はその媒体の編集者に抜擢され、私に仕事を依頼してくれる立場になった。
相変わらず感じがいいし、優しいし、丁寧なTちゃん。
もともと超素敵だったけれど、もっと素敵になったTちゃん。
最初の一歩は「すみません」を「ありがとう」に変えたことだった……のかもしれないなって思ったよ。
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私は「相手に嫌われたくない」という一心から、SNSの使用をみずからにタスクとして課していた。

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