
傷口に粗塩タイプ【さとゆみの今日もコレカラ/第865回】
傷ができたところが、ちょっとずつ治癒し、かさぶたになる。
そのかさぶたをはがしたくなるタイプの人がいる。
私だ。
はがすだけじゃなくて、なんなら、そこに塩どころか、粗塩をもみこみたくなる。
最悪の状態を想像して、さらにそれ以上の最悪をイメージする。
すごく痛そうだ。それに比べたら、いまはだいぶマシ。
と、考える変な思考回路が自分の中にある。
息子と飛行機に乗る。
めっちゃ揺れる。落ちたらどうしようと思う。
自分たちが乗ったこの便が墜落ところを想像する。めちゃくちゃ怖いと思う。
さらに、落ちたあとに、自分だけ生き残る最悪of最悪を思い浮かべる。
ああ、それに比べたら落ちて2人とも死ぬほうがずいぶんマシだなと思うと落ち着いて眠くなる。
眠っている間に、着陸する。
過去にこんなことを30回くらい考えたなあと思う。
今日も今日とて粗塩もみこむような読書をしていた。痛え。
そういうタイプの人、います?
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「ここにはたくさんの人がいて、被災の状況も、震災の受け止め方も一人一人違う。それを十把一絡げにして語ることはできません」
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【バックナンバー】
同じことを聞かれても違うことを答える不思議【さとゆみの今日もコレカラ/第864回】
火曜日から、45人分、45分ずつのインタビューを受ける日々が続いている。
そこで、なんだかすごく不思議な体験をしている。
これだけ人数が多いと、同じ質問をされることがままある。
そのとき、同じ質問に対して、同じ答えを返していないことに気づいたのだ。
その前の話の流れによって、同じ質問に対する答えがyesだったりnoだったり、ummmmだったりする経験をしている。
Aさんに対しても、Bさんに対しても、適当に答えているわけじゃない。どちらかに嘘をついている気持ちもない。
それが、たったの数日、数時間の差でおこるものだから、つくづく、人は「あとから理由をつくる」生き物なのだなと気づいた。
質問される文脈が変われば、その文脈にそった回答を脳が導き出す。
どっちの答えもそのときの「ほんとう」だなあと思うし、だから「ほんとう」なんて、ないようにも思う。
貴重な経験。
今日の塚田智恵美さんの原稿も、そんな「共犯者」になる話です。
30年のうち、いま、15年。【さとゆみの今日もコレカラ/第863回】
先日から「能登に行ってきました」「明日から能登いきます」「いま、能登です」というさとゆみゼミメンバーからの連絡が続いている。
とても、嬉しい。
さとゆみゼミの仲間が能登で被災し、その後「能登の現状を伝えてくれるメディアがどんどん減ってきた」と相談を受けたのが、2024年の夏。
その後、ゼミ仲間と一緒に能登に入り、「能登のいま」と題したリレー連載を23回更新している。
そのとき一緒に行けなかったメンバーも、その後、能登に足を運んだり、過去に取材した先を尋ねたりして、それぞれがそれぞれに能登と関わり続けている。
ボランティアにいったメンバーもいるし、クラファンのお手伝いをしたメンバーもいる。
先日は、依頼を受けて、政策提言のもとになる県副知事やNPO団体のインタビューをとりまとめる仕事もさせてもらった。
ゼミの仲間からの相談をきっかけに、こんなふうに、みんなで能登を訪問し続けられているのが嬉しい。能登についてみんなが書いてくれるのも嬉しい。
*
明日は3月11日。東日本大震災が起こった日から15年たつ。
この日が来るたびに思い出すTwitterの投稿がある。
「まずは自分の道を。わたしはこうして出来るようになるまで30年かかったよ」
東日本大震災のときに、自身でトラックを多数手配し、被災地に物資を送り続けた野口美佳さんの投稿だ。
私はいまでも、この投稿を一字一句はっきりと覚えている。
15年前、何もできない自分に、とても響いた言葉だった。
15年間、自分の道を歩いてきた。
15年前にできなかったことが、たくさんの仲間と一緒にできるようになった。野口さんがいう「30年」まで、あと15年ある。
これからも、書く仲間たちと一緒に、あったかい地球のためにできることを、ひとつずつ。
いま、世界はどうなっているの?【さとゆみの今日もコレカラ/第862回】
本当に素朴で素朴な疑問なのだけれど、いま、世界はどうなっているのだろうか。
トランプが、「戦争はほぼ終了」と宣言したらしいが、終わりを決めるのは、本当に彼なのだろうか。
先日、「たった一人の独裁者のために、世界がとんでもない方向にむかっている」と、知り合いが話していた。
その「感覚」はとてもよくわかるのだけれど、でも本当に「たった一人」が暴走しているのが、今の世界なのだろうか。
私の周囲にはトランプを支持する人はほとんどいないのだけれど、でも、実際問題、彼は選挙で勝ってアメリカの大統領になったのだ。彼を支持する人がいたから、いま、こうなっているのだ。「たった一人」で暴走しているわけではない。
トランプやプーチンの政治行動を指し、「世の中が狂い始めた」と語る人もいる。でも「狂っている」と決めつけてしまったら、私たちは一生彼らを理解できない。
彼らは彼らの論理で動いているはずなのだ。その論理はいったい何か。
そんなことを考えながら、読んだ本。

レコンキスタという概念は、世界を知るひとつの補助線になりえると思った。
映画を見ているように、一気に読める新書です。
レビューを書きました。
なぜトランプは? なぜプーチンは? 「力こそ正義」を読み解く書『新書 世界現代史』
今期は赤字です。が。【さとゆみの今日もコレカラ/第861回】
昨年末、税理士さんに「今期、赤字ですよ」と言われてびっくらこいた。
え? と思った。年商は去年よりだいぶあがっていた気がしていた。私のフリーランスの時代の年商くらいは、1年でアップしたと思っていたので驚いた。
そう話したら、
「たしかに昨年よりもだいぶ稼いでいるのですが、さとゆみさん、勢いよく使っているので」
と、指摘された。
なんでも、昨年よりも増えた分の金額、まるっと外注費になっているそうだ。
なるほど。それは赤字になるかもしれない笑。
でも、だとしたら、そういう赤字は結構嬉しい。
これまで自分が1年間かかって稼いでいた金額を、昨年は仲間に支払うことができたのだ。
一番嬉しいお金の使い道ではないか。私、GJ。
この先、どんなふうに節約していけばいいですか? と聞いたら
「さとゆみさんは、ゼミ生にお金を払いたいんですもんねえ。使う方を減らすのは下手そうなので、もっと稼ぐことを考えたらどうですか」
と言われた。
なるほど、では仕事を増やそうと思って、いろいろゆるやかに準備を進めている。
これまでは、ゼミの仲間と仕事できる場はCORECOLORがほとんどだったのだけれど、いまは、いろんな企業様からご相談を受けてゼミメンバーと仕事を一緒にすることができる。
私が編集を担当して、みんなに原稿を書いてもらうケースが増えた。
今は、ゼミの仲間と仕事をするのがとても楽しい。
こんなふうに書いてくれるんだとか、こんなふうにインタビューするんだとか、勉強になることもとても多い。
私が書いたらここまでいい原稿にならないだろうなと思うことも多い。
そしてなにより、クライアントのみなさんが「いいライターさんですね」と言ってくれるのが嬉しい。
10年前は、「ライターは、みんなライバル」と思っていた。
5年前は、こんな仲間ができるなんて思っていなかった。
だいぶ遠い昔に思える。
この記事も、そんな仲間が書いてくれた記事。
スタジアムをファンの寄付に支えられて建設してしまった、ガンバ大阪のファンベースについて聞きました。
「ガンバさん」と呼ばれていた日から、「うちのクラブ」と言ってもらえるまで。
現場で思わずみんなが涙した、伊藤執行役員の話を、ぶんたまこと、笹間聖子さんが書いてくれました。
胸アツな記事なので、ぜひご覧ください。
「うちのクラブ」と言ってもらえるまで。ガンバ大阪、20年の地域密着戦略
新連載スタート「あなたの知らない印刷業界」【さとゆみの今日もコレカラ/第860回】
いま、NHK大河ドラマは戦乱の世の話だけれど、前回、前々回は、書くこと、発信することについてがテーマの物語だった。
私も『光る君へ』は久しぶりに全話リアタイで見たし、『べらぼう』もオンデマンドでちょっとずつコンプリートに向かっている。
そんな大河ドラマに欠かせない「持ち道具」(役者さんが使う小道具)の一部を作っているのが「印刷会社」さんだと聞いたときは驚いた。
そうかたしかに。文字ある場所に、絵のある場所に、印刷は欠かせない。
たとえば『光る君へ』で、中宮彰子が一条天皇に『源氏物語』の豪華冊子を献上するシーン。女房たちがわいわいと豪華本を作るシーンはとても雅だったけれど、あの冊子も当然、作り手がいるわけで。
たとえば『べらぼう』がスタートしてまもなく。こんなふうになっていたのか! と話題になった黄表紙や、吉原細見も、やはり作り手がいたわけで。
初回は、その大河ドラマの持ち道具を作り続けている印刷会社さん、私もよくお世話になっている、文化ビジネスサービスの齋藤社長に、「あなたの知らない印刷業界」について聞きました。
実際に小物を作成している現場も撮影させていただきました。
印刷物というのは、当時のまま忠実に再現するのが正しいとは限らないという言葉が印象的でした。
大切なのは“リアル”ではなく、“リアリティ”
メディアに関わる方にはめちゃくちゃ面白い内容だと思うので、ぜひご覧ください。
今後も「こんな場所に印刷が!!」をお届けしたいと思うので、ぜひ印刷業界シリーズをお楽しみに!
温故知新じゃなくて”温新知古”【さとゆみの今日もコレカラ/第859回】
今やっていることをいっぱいいっぱい、真面目に取り組み続けていたことで、その道の先人の言っていたことが突然わかるってことがある。
あんなに難しいと思っていたことなのに、あ、なんだ、このことか! となる時がある。
温故知新という言葉があるけれど、温故知新じゃなくて”温新知古“
新しいを温め、古きを知る。
古きを知ることができる瞬間。
それはそれは美しい瞬間で、生きててよかったなあって思う。
この一週間は、もともとは、ドバイにいる予定だった。
それを取りやめ、京都に滞在した一週間。ずいぶん考えさせられることが多い時間だった。
ちょっと、おおきくなった。
心地よく裏切れ【さとゆみの今日もコレカラ/第858回】
今日、あるデザイナーさんからいただいたキーワード。
仕事をもらったときに
期待通りにできたのでは、それっきり。
そうじゃなくて
相手の一番大事だと思うところで、
心地よく、裏切れ。
というワードをいただきました。
裏切るのは得意だけれど
心地よく裏切るのは難しいなと思いながら聞いていた。
心地よく裏切る。
これ、ライターでも大事。
数学的原稿と、国語的原稿【さとゆみの今日もコレカラ/第857回】
いま、私たちが書く原稿には、数学的原稿と国語的原稿があると思っている。
この「数学的原稿」と「国語的原稿」は、私の造語なので、多分に感覚的なものなのだけれど、いったん以下のように定義してみる。
・数学的原稿は、論理的に構築される文章。演繹的、もしくは帰納的に書くことができるもの。形式化できるもの。
型のあるサマリーやレポートなどはこれにあたると思う。
・国語的原稿は、書き手の固有の感覚や、思考、経験をよりどころに書くもの。
書き始めるときには、書き終わりがわからないタイプの原稿。書きながら思考するタイプの原稿。
また、そもそも、その「固有の感覚や思考、経験」の素材自体を発掘してから書くタイプの原稿。
だいぶ雑だし「数学的」「国語的」の使い方が合っているかどうか問題もあるけれど、いったんこんな感じで考えてみると。
この先はもう、「国語的原稿」だけが、ライターの仕事になっていくのではないかなと思っている。
思考途中でいったん、放出。
このことはいつか、もっとちゃんとした形で原稿にしたいと思う。
ああ、恥ずかしい。【さとゆみの今日もコレカラ/第855回】
「百貨店って、ほんと、最近大変だよね」
「だよねえ。何でもかんでもネットで買える時代だし、服を買うにしても試着室みたいに使われているっていうもんね」
先日友人とそんな会話をしたばかりなのだけれど、知らないというのは本当に恥ずかしいことで。
昨日、こんな記事を読んだ。
伊勢丹新宿本店、2月は17%増収 優良客限定の「丹青会」で単日過去最高の50億円超を稼ぐ
いわゆる外商部門が、百貨店の売り上げを支えているという。
前年比がここまで伸びているなんて、想像もしていなかった。
自分にしか見えていない世界でものごとを語る浅はかさに恥じいる。
これはひとつの例だけれど、こういうのがひとつでもあると、何を話すのにも「自分に見えていない世界はないか」を考えて発言しないと恥をかくなと思うのです。
インタビューでは話す速度が0.5倍速になる理由【さとゆみの今日もコレカラ/第854回】
立て続けに公開インタビューを2回させてもらった。
私は、
友達とおしゃべりするとき>講義で話をするとき>>>インタビューするとき
くらいの感じで、しゃべりのスピードが違う。
なので、普段私の話し方を知っている人は、私のインタビューを聞くとびっくりする。
これにはいくつか理由があるのだけれど、私の頭の回転の遅さが一番大きい。
インタビューは、信じられないくらい、脳のメモリを使う。
相手の言葉に対して、次に聞く質問を3パターンくらい考えて、
その3パターンを繰り出した場合の想定回答を3パターンくらい考えて、
どれが一番面白そうか、瞬時に判断する。
それも、相手の話を傾聴しつつ、表情も観察しつつ、仕草を見つつ、
クライアントからもらっているオファーも脳の片隅におきつつ、
この9パターンを走らせると、めっちゃくちゃ脳のメモリを使う。
だから、ゆっくりしか発話できないのだ。
普段のおしゃべりや講義のスピードでは、到底脳がついていかない。
取材しながらメモを取れる人とか、
ましてやパソコンでメモを取れる人とか、
どれだけ脳の回転が速いんだろうと驚愕する。
なんて、話をしていました。
でも、私、もともとマシンガンだし、
存在しているだけで圧が強いので、
ゆっくりくらいでちょうどいいのかもと思ってる。
読みやすい本、わかりやすい本。それで?【さとゆみの今日もコレカラ/第853回】
私は書籍ライターだから、そこで書く文章はできるだけ読みやすくありたいと思うし、わかりやすくありたいと思う。
だけど、書籍の価値は「読みやすさ」にあるわけではない。
当たり前だけれど、内容がなければ、どんなに読みやすくても、その書籍に価値はない。
わかりやすくてスラスラ読める本は、もちろん「文章が読みやすい」からという場合もある。
けれども、往々にして「知っていることしか書かれていなかった」から読みやすいということもある。
注意しなくてはいけないのは、「この本、読みにくい」と思ったときの理由が
・文章が悪文だから
ではなく
・内容が自分にとって難解だから(基礎知識がないから)
の場合があるということだ。
こんな経験をしたことがある。
初読のときに、
「うっわーーー。読みにくい。難しい」
と思った本を、私の知り合いのほとんどが、「久しぶりに好みの文体だった。読みやすい論理的な日本語だった」とか、「内容が斬新で最高に面白かった」「この角度からの作家評があったのか」などと評したのだ。
びっくらたまげた。
そうか、これが読めないのは、作者の日本語や主張が稚拙なのではなく、私に読む体力が備わっていないからなのかと反省した。
その後、2回、3回と読み、関連書籍も読み、どんどん理解できる部分がふえてきた。
まだ全部を理解できるわけではないけれど、「なぜこの文章を読みにくいと思ったのだろうか」と不思議になるくらいだった。
読みやすい本は、良い。
でも、読みやすい本ばかり読んでいたら、自分の理解の範囲は広がらない。
いま、NHKカルチャーさんの青山教室と梅田教室で、「書くことについて書かれた本を読む」読書会をしている。
そこでみんなと話をしていて気づいたこと。
ゼミの仲間がガンになった【さとゆみの今日もコレカラ/第852回】
昨年10月、ゼミの卒業生180人弱と1on1の面談をした。
そこでいろんな近況を聞いたのだけれど、ガンになったんですよね、と言ったメンバーがいた。私よりだいぶ若いスタイリストさんだ。
心配する私の反応をよそに、彼女は、せっかくなのでこの話をメディアで書かせてもらおうと思っていますと話してくれた。
ライターという仕事は、よきも悪きも、糧にしていける面白い職業だよと、いつも話している。
彼女の表情はとても明るかった。すごいな、私だったら、そんなふうに思えるかなと考えた。
その彼女の記事が、先日アップされた。
Yahoo!ニュースで20万PV超えたという。
彼女からのメッセージには、こんなふうに書かれていました。
「書くことに支えてもらいました。やってて良かった!さとゆみゼミ!」
ちょっと泣いてしまう。
楽しいことも、苦しいことも、いろいろある。
書くことが、みんなの人生を少しでも支えてくれますように。
彼女の書いた文章はこちら
「残念ながら乳がんです」40代人気スタイリストが告知を受けてから約3カ月。ただ一度涙した日の「意外な理由」は
自己肯定感の低かった私が、乳がんを経験してやっと本当に理解できた「いちばん大切なこと」とは
「落とし込む」なんてしないほうがいい【さとゆみの今日もコレカラ/第851回】
「ものごとを解決しないまま、心の中においておけるのは、ある種の特殊能力です」と言われて、びっくらいこいた。
そうか、そうなのか。
わたしは、ひとつの問いを、数ヶ月とか数年とか単位で考える。
誰かに聞かれたことを、「あ、そういえば、あの話、考えてみたんだけれど」と、1年後に返事することもよくある。
でも、そういう「解決していないこと」をたくさん抱えている状態は、人にとってはある種のストレスらしくて、意外と誰にでも向くことではないらしい。
そういえば私、ライティングゼミのメンバーによく、「落とし込むとか言わないほうがいいよ」と伝える。
何かわからないことに出会ったとき、無理やり落とし込もうとすると、自分のサイズに矮小化された解釈で受け取ってしまう。
わからないものはわからないまま置いておけばいい。
いつかわかるときに、ちゃんとストンと落ちる。
無理やり落とすよりも、自然と落ちるのを待っていたほうが、ものごとをちゃんと理解できる。
最近、解けないパズルのようなものをもらったと考えていることについて書いたのがこちら。
自分のキャラ設定【さとゆみの今日もコレカラ/第849回】
「エロは書いても下(シモ)は書かない」でおなじみのさとゆみ(?)ですが、昨日アップされた新連載『50代を迎え討つ!』の「シャンパンと括約筋」が非常にたくさんの方に読まれたとのことで、嬉しいやら、お恥ずかしいやら。でもやっぱり嬉しい。
情報は発信するもののところに集まると言われるけれど、昨日の連載公開後、いろんな方から「○漏れ」に関する情報が寄せられ、いまわたくし、一時的に、○漏れ情報に非常に詳しい人になっております。
いつかゆっくり書きたいなと思っているのですが、
30代まで、「自分が目指す女性像」は、久本雅美さんだった。
久本さんのようにカラッとした感じで、女性性をあまり感じさせず、男性にも気兼ねなくツッコミ、ツッコまれできるような気さくな雰囲気。
髪も久本さんのようなベリーショートだったし、早口でサバサバっとした話し方を意識していた。
超体育会系の男社会、美容業界でライターをやるときに、目指す女性像が久本さんだったのは、我ながらとても良いセンスだったと思う。
40代になって、キャラ変しようと思ったのは、美容著者になったからだ。
当時の担当編集者さんに「美容著者になるという自覚を持ってください」と言われ、「美容著者」ってどんなイメージだろうと考えたのだけれど、久本雅美さんではないような気がした。
とはいえ、どう考えても、神崎恵さんのキャラではない。
じゃあ、誰だろう。
そんなふうに考えてぐるり周囲を見渡したとき、そうだ。YOUさん! と思った。
YOUさんとは、テレビ時代にわりと近い場所で仕事ぶりを拝見させていただいていた。
直接親しく話す場所にはいなかったけれど、オンエア中も楽屋裏も拝見していたので、イメージしやすかった(ちなみに、信じられないくらい裏表がない方です)。
「男性にも気兼ねなくツッコミ、ツッコまれできる」感じは、久本さんと同じだと思うのだけれど、YOUさんのほうが、ちょっと湿度と女子度が高い気がする。
というわけで、40代はYOUさんを目指して生活してきました。
髪をのばし、早口をだいぶ抑え、発声の方法も変えた。
わりと形から入るタイプです。
こういうのを、シンデレラレッスンというらしい。
あとはもう少し痩せたほうがいいな。
最近、立て続けに「さとゆみって、30代の頃とキャラ変わったよね」と言われたので、書いてみました。
さて、
「エロは書いても下(シモ)は書かない」
の掟を破ったので、50代はどんなキャラでいきますか。
ちょっと考えてみよう。
命だばだば【さとゆみの今日もコレカラ/第848回】
先日、京都のアーティストフェアで、ある画家の方のアトリエを見学させていただいた。
気鋭の日本画家として注目を集めるその方は、30代。
アトリエには、絵だけではなく、その方が海外を旅しながら書いた日記やスケッチが展示されている。
ツバメノートにぎっしりと書き込まれたその文章には、
自分はなぜ描くのか
なにを目指して描くのか
そして、そのために何をすべきなのかが、綴られている。
展示された絵は、いつか北斎や若冲らと並ぶことを想定して描かれている。
だから、何百年後にも残る画材が使われている。
ブルーブラックの万年筆で書かれた彼の思考を追い、習作に習作を重ねたのち披露目を許された一群の絵を見ていたら、ふつふつとこみあげてきた感慨があった。
ああ、この方は、命を、余すところなく使っているのだな。
なんて、すみずみまで、豊潤に、命を使っているのだろうか。
命のほうも、この人に使われて、幸せだろうな。
心臓がポンピングして、全身に血液が送られる。
指の爪の先まで、髪の毛の先端まで、その血がめぐるところを想像する。
毛細まで命をゆき渡らせて、描き、書き、生きるということ。
なんて激しく美しい生き方だろう。
激しさが、ダダ漏れている。
命の塊のような作品たちに囲まれて
私だって、できることなら、そんな人生でありたかったと思ったら
なんだか悔しくて情けなくて、アトリエでへなりと座り込んでしまった。
だいぶしばらくたってのろのろ立ち上がったときには
それでも、人生は続くのだと、半分諦めたような半分挑むような気持ちになっていた。
まだ間に合うことのほうを、やろう。
あと何年存在できるかわからないこの地球で、もっといっぱい、すみずみまで。
命をだばだばと使おうと思って、アトリエをあとにする。
半世紀、生きた。
50代に突入する。
このタイミングで、暴れ馬のような奔流を見てよかったな。
次の半世紀(?)は、もっと恥じなく、めいっぱい暴れよう。
2月25日、50歳になりました。
今日から、幻冬舎plusさんで『50代を迎え討つ!』の連載が始まります。
過去に1話だけ公開していた話ですが、今日から2週間に1回のペースで更新していきます。
よろしければ、ぜひお読みください。


