『きのう何食べた?』『お別れホスピタル』の脚本家・安達奈緒子さんが書く「ずっといいなぁと思える魅惑の主人公」【連載・脚本家でドラマを観る/第9回】
コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。
はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。
明けましておめでとうございます!
2024年・冬ドラマのラインナップを見ています。今年の大河ドラマは珍しく合戦シーンがないな、とか、宮藤官九郎さん脚本×主演・阿部サダヲさんのドラマが始まるのですが、民放初なんだ、とか、他にも観たい要素が盛りだくさんで、絞って観るのは大変そうです。結局あれもこれも楽しみで、また寝不足の1年になるかと思うと嬉しい限りです。本年もよろしくお願いいたします。
このコラムを書くようになってからは、ドラマを観た感想をなるべく正確に伝えたいと思い、その瞬間の感情をメモするようにしているのですが、この原稿を書くネタ探しのつもりでメモを見返してみました。さぞやバラエティ豊かな臨場感が記されているのかと思ったのですが、そんなことはなく、ほとんどが「やられた!」「わかるー」「いいなぁ」という3パターンのリアクションワードでした。1年ほど書き溜めて分かったことは、自分はどうやらドラマを大きく3つに分類して観ているということでした。
1「やられた!」:発見型
「やられた!」というのは、心地よく裏切られたときに出る言葉で、ストーリー展開が素晴らしかったり、セリフに新たな発見があったときにメモしていました。
2023年でいうと、まだ記憶に新しい大型ドラマ『VIVANT』。想像を超えるスケールや展開に振り落とされないよう観ていた感じで、まるでジェットコースターのようでした。
2「わかるー」:共感型
「わかるー」はとにかく共感したときに書いています。主人公が葛藤の末、選ぶ選択肢や、しでかしてしまった失敗に対し、感情移入して一緒に唸っていました。
2023年の年始まで遡ると『ブラッシュアップライフ』がありました。『ブラッシュアップライフ』は思い出せるかどうかのギリギリ懐かしい要素が散りばめられていて、見つけたときにはニヤニヤの連発でした。この小ネタたちが(もちろんそれだけではありませんが)世界でも大爆発。フランスのカンヌで行われた『Content Innovation Awards 2023』で、英語以外の新作ドラマ部門グランプリ受賞という快挙を成し遂げたそうです。
3「いいなぁ」:憧れ型
そして「いいなぁ」は、登場人物があまりにも魅力的だったときに漏れ出てしまう声です。ヒーローや理想の人物など、憧れてしまうキャラクター設定や関係性を観たときにポロッと出るのですが、特に行動の優しさに触れたとき、「いいなぁ」が深いため息のように口をついて出ました。
2023年、ダントツに「いいなぁ」と思えたドラマが『きのう何食べた?season2』です。
去年の僕は、シロさんとケンジにうっとりだったのです。
料理上手で几帳面な弁護士、シロさんこと筧史朗(西島秀俊さん)と、人当たりのよい美容師・矢吹賢二(内野聖陽さん)は同性カップル。同棲する2人の日常を、食生活メインに描くハートフルヒューマンドラマ。
脚本家は安達奈緒子さん。テレビシリーズ2作目となる今作ですが、前回にも増して、2人の主人公に「いいなぁ」と思わされました。
安達さんの書く脚本では、どの作品においても、登場人物がとても魅力的に描かれます。
脚本の学校で、魅力的な登場人物を描くには「共通性」と「あこがれ性」を作るとよいと習うのですが、安達さんは、この「あこがれ性」作るのがめちゃくちゃ上手い脚本家さんなんだと思います。ということで今回は、登場人物の魅力を作ることについて、安達作品の変遷とともに、考察してみたいと思います。
憧れをカタチにする
第1期:フジテレビで5年連続脚本を担当
第2期:東京ドラマアウォードで、脚本家個人に贈られる脚本賞を受賞
第3期:近年もっとも多く書いているNHKの作品群
安達さんの書かれた作品を時系列で大きく3つのブロックに分け、順番に観ていたのですが、実はその前の「作品を書いていない期間」が重要なのではないかと思い、まずはそのことについて書いてみたいと思います。
安達さんは2003年「フジテレビヤングシナリオ大賞」大賞を受賞し、脚本家デビューされました。
その後、出産、育児、主婦業が多忙となり、本格的な活動から少し遠ざかりますが、2011年、『大切なことはすべて君が教えてくれた』の脚本担当に抜擢。全10話をひとりで書き上げました。ここからフジテレビのドラマを5年連続で執筆することになります。
この5本は、どれも登場人物の強い気持ちが前面に出た人気ドラマだと感じます。中でも、この5本で際立っているのは、登場人物が誰かに「憧れる」気持ちです。
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『大切なことはすべて君が教えてくれた』(2011)
→自分を救ってくれた先生(三浦春馬さん)に憧れる女子高生(武井咲さん)
『リッチマン、プアウーマン』(2012)
→億万長者の天才社長(小栗旬さん)に憧れる、就活に奔走する女子大生(石原さとみさん)
『Oh,My Dad!!』(2013)
→なかなか研究が評価されない、成功に憧れる科学者(織田裕二さん)
『失恋ショコラティエ』(2014)
→憧れの先輩(石原さとみさん)を想えば想うほど、魅力的なチョコを創り出す天才ショコラティエ(松本潤さん)
『She』(2015)
→学年で一番の美女(中条あやみさん)に憧れ、嫉妬する同級生(松岡茉優さん)
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この5作品で憧れを抱くキャラクターたちは、もしかすると、デビュー後、割とすぐに執筆活動から遠ざかってしまった安達さんの、早く一線で活躍したいという強い憧れから生み落とされたのではないかと想像してしまいました。
脚本家は様々なキャラクターを書き分けるプロです。一方で、脚本家の仕事は「人間の感情を描くこと」です。よりリアルな感情を描こうとすると、一番身近である自身の感情が登場人物に投影されるのは必然だと思います。脚本家の性格や信念、願いがキャラクターに乗っかるとき、さらに魅力的な「人間」が動き出すのではないでしょうか。ここが「脚本家を知ればドラマがより面白くなる」理由なのではないかと思いました。
フジテレビの作品が続いたことも、安達さんのリアルな感情を集中的に描くのに、とてもよい環境だったのではないかと思います。
各局、多種多様なドラマを取り揃えているとは思うのですが、やはり、局のカラーや得意不得意が出るものです。人それぞれ意見はあるかと思いますが、例えば日テレだと、僕は学園ものや、考察が盛り上がるような謎解き・ミステリーものが多いように思います。その後やスピンオフをHuluで配信する仕組みも、このイメージに拍車をかけているように感じます。テレビ朝日は刑事ものが得意。TBSは社会派やファミリーもので、エンタメ性の高い作品を作っている印象です。
そしてフジテレビといえば、恋愛もの・お仕事ものというイメージが強いです。
先ほど、脚本家の仕事は「人間の感情を描くこと」と書いたのですが、恋愛ものを書くのに一番必要なことは、「好き」という感情をどれだけバラエティ豊かに描くことができるかだと思います。お仕事ものを描くのに必要な感情は様々あると思います。(もちろん恋愛ものもそうです)
しかし、フジテレビのお仕事ものといえば『HERO』や『コード・ブルー』のようなヒーローものに近い印象があり、「憧れ」の感情をどれだけ多彩に描けるかが一番重要だと感じています。「好き」「憧れ」というポジティブで強い感情が必要な環境は、この時期の安達さんにとって、ピッタリだったように思えるのです。
安達さんはこの時期に、「憧れ」や「好き」といった感情をアウトプットすることについて、考え抜いたのだと感じました。奇抜な設定や予想外な展開を作ることの方が派手で話題になりやすいかと思うのですが、やはり脚本家の基本は「人の感情を描く」こと。これがもっとも重要で、一番難しいことなのだと、あらためて思います。(安達さんが設定や展開が苦手という意味ではありません)
安達さん第1期のオススメ作品はこちら。憧れの的である天才社長と、そんな社長に憧れ、好きになっていく女子大生。ストレートに「憧れ」と「好き」が描かれた、清々しい作品です。
若くしてIT企業を作り上げ億万長者となった社長・日向徹(小栗旬さん)と、東大理学部という高学歴ながら内定がもらえず就職活動に奔走する女子大生・夏井真琴(石原さとみさん)。生活も価値観も正反対の2人が衝突を繰り返しながら、お互いを知り精神的に成長して惹かれあう物語。平成版『プリティ・ウーマン』。
憧れを双方向にする
安達さんはフジテレビ5作品のあと、また別のフジテレビの作品や、NHKのドラマをいくつか担当されます。そして第2期とも言える次の転機となったのは、冒頭でシーズン2を紹介した、テレビ東京の『きのう何食べた?』のシーズン1なのではないかと考えています。
個人的な感覚の話で申しわけないのですが、第1期の作品を観ていた僕は「この人」いいなぁと、キャラクター個人の行動や感情に反応していました。しかし『きのう何食べた?』では、この「関係」いいなぁとか「雰囲気」いいなぁといった、全体感を観て楽しむようになったのです。脚本家である安達さんの立場で言うと、今までは登場人物の感情を一方向のベクトルで表現していたものを、双方向のベクトルで表現した、ということなのかなと思いました。
感情のベクトルを一方向から双方向にしたと感じたのは、登場人物2人の位置関係です。これは脚本ではなく演出の領域に踏み込むので、一概に脚本家の仕事とは言いづらいのですが、『きのう何食べた?』では、2人が向かい合って座るシーンが圧倒的に多いんです。食事シーンがメインのドラマなので、当たり前かもしれないのですが、『リッチマン、プアウーマン』では、一方が陰ながら見ていることや、2人だとしても立ち位置に高低差があったり、同じ高さであれば横に並んで同じ方向を見ていることが多いです。
そしてもう1つ。こちらは脚本家の仕事である可能性が高いと思えるのですが、向かい合っているときに、無言の時間を作っていることです。どちらかが話していると、向かい合っているとしてもベクトルは一方向に感じるのですが、無言のシーンでベクトルをなくすことで、一方向ではないように見せているのだと思いました。
理由を深く描く
最後に、現在まで続く第3期として、安達さんの手掛けたNHKのドラマを見ていきたいと思うのですが、その前に、第2期と第3期にまたがっている作品があるので、そちらの話をさせてください。
町はずれの小さな産婦人科医院「由比産婦人科」に、アルバイトの看護師見習いとしてやってきた主人公・アオイ(清原果耶さん)が、中絶や死産などの産婦人科の“影”の部分と向き合い、命について考える姿を描くヒューマンドラマ。
2019年“世界に見せたい日本のドラマ”を選出・表彰する「東京ドラマアウォード」で、脚本賞(作品ではなく個人に与えられる賞)を受賞された安達さん。受賞理由となった作品が『きのう何食べた?』と、この『透明なゆりかご』(NHK)でした。『透明なゆりかご』もまた、安達作品の例にもれず登場人物が魅力的な作品です。厳しい現実の中、主人公・アオイの苦悩や不安が瑞々しく描かれます。毎話登場する患者さんたちの影と、アオイの希望の光である小さな命が対比され、その間で揺れ動くアオイの繊細な感情が見事に浮かび上がっていました。
ここから安達さんはNHKの作品を多く手掛けることとなり、第3期を迎えたのではないかと感じます。
何度も脱線して申しわけないのですが、冒頭で、僕はドラマを大きく3つのタイプに分けているとお伝えしました。
1,「やられた!」というリアクションが多い、発見型ドラマ
2,「わかるー」というリアクションが多い、共感型ドラマ
3,「いいなぁ」というリアクションが多い、憧れ型ドラマ
僕は、この3パターンそれぞれに、向いている「ドラマの長さ」があると考えています。
まず、1の「やられた!」は、ドラマの展開が予想外だったときのリアクションです。つまり、落差が大きければ大きい方がいい。ゆっくり変化するよりも、瞬間的に裏切られる方が気持ちがいいわけです。ということは、ドラマが短い方が効果的。
2の「わかるー」もそうです。お笑いの「あるあるネタ」に対する反応を想像してもらえれば分かりやすいと思うのですが、瞬間的に理解し終わってしまうものなので、尺が短い方が効果的ですし、あまりに多用すると飽きてしまい、逆効果だったりします。
3の「いいなぁ」が唯一、その事象に浸ったり、噛み締めたり、思い返したり。感覚を味わうように観るものだと思うので、長い物語に最適だと思えるのです。
「やられた!」「わかるー」「いいなぁ」というリアクションの中で、安達さんの作品は、「いいなぁ」と思うことがものすごく多いのですが、これは、安達さんの脚本が、長尺ドラマととても相性がいいということも示しています。
話を戻して整理します。
安達作品の変遷・第1期では、自身のポジティブで強い感情を登場人物に乗せ、リアリティを描き出しました。(これは僕の想像です)
第2期では、登場人物の感情を「同時に」見せる手法が取られました。『きのう何食べた?』で感情のベクトルを双方向にしたり、『透明なゆりかご』で絶望する妊婦さんと赤ちゃんのような対照的なキャラクターを同時に存在させるなどです。それによって、関係性や全体感で「いいなぁ」と思える、作品の空気が作られたように思います。
これに加え第3期・NHKドラマの作品群では、その人物がなぜ魅力的になったのか理由を深掘ったり、時間を遡ったりといった、心地よい説得が行われます。
この登場人物の詳細を深く見せる手法もまた、安達脚本と、尺の長いNHKドラマの相性のよさを際立たせることになったのです。
中でも日本の長尺ドラマの代表格といえばNHK「大河ドラマ」と「朝ドラ」。安達脚本の中で、もっとも長い作品が、朝ドラ『おかえりモネ』です。
宮城・気仙沼湾沖の島で育ち登米で青春を過ごした永浦百音(清原果耶さん)が、魅力と可能性を感じることができた天気予報を通じて人々の役に立ちたいと気象予報士を目指して上京し、やがて故郷の島へ戻り予報士としての能力を活かして地域に貢献する姿を描く成長物語。
僕はこのシーン以降、最終回までずっと泣きながら観たという好きなシーンがあるのですが、このシーンでのやりとりに、安達脚本の「キャラクターの魅力を深掘る」特徴が詰まっているのではないかと思っています。
まずはそのシーンなのですが、宮城県気仙沼沖の島で育ったモネが東京で暮らし、やはり島で働こうと決意し戻ってきて、島で妹の未知(蒔田彩珠さん)や幼なじみの亮(永瀬廉さん)と話すシーン。亮がモネに「なんで帰ってきたの?」と聞くんです。地元のために働きたいからと返すモネに対し、「きれいごとにしか聞こえないわ」と言い放つ亮。
安達さんの書く脚本は、「なんで?」とか「どうした?」とか、疑問をちゃんと口に出すセリフが多いんです。「出来事」ではなく、「セリフ」で投げかけられるのも特徴のひとつかと思います。モネはその疑問に対し、まだカタチになっていない思いを返します。そうすると、亮はまた、「本当か?」と、強い言葉や行動で問い質し、モネや僕ら視聴者は、あらためて考えさせられるのです。
一般的には、ひとつ大きなテーマや疑問に対し、主人公があーでもないこーでもないと「行動」することが、シンプルで、ドラマチックだとは思います。ただ、主人公の行動に対して何度も疑問を呈してもらう方が、「ドラマと一緒に考えること」ができて、長く観るのに適しているのではないかと思います。
一般的な構成を式にすると、Q→A→A→A。
安達さんの脚本は、Q→A→Q→Aという感じでしょうか。
朝ドラは物語としては長いのですが、1話15分という構成も、毎話一緒に考えるポイントがあって、飽きずに楽しく観ることができました。
放送視聴率的には振るわなかった作品ですが、NHKの同時配信・見逃し配信サービスである「NHKプラス」では、サービス開始以来、朝ドラの歴代最高視聴率を叩き出し(放送当時)、有料配信サービスの「NHKオンデマンド」では、2021年度に配信した全番組の中で、最高視聴数を記録したドラマとなりました。
東日本大震災から10年という節目の作品でもあり、コロナの影響をもろに受けて制作~放送となったドラマだったのですが、コロナを克服したと思われる、希望の未来を描いたエンディングで話題となりました。
ずっと「いいなぁ」が続く、続けばいいなぁと思える、本当に素晴らしい作品でした。
これからも、ずっと「いいなぁ」が続きますように
120分前後が適当だと思っていた映画は最近、90分ものの方が多くなってきたように思います。流行に疎い僕ですが、YouTubeよりもTikTokの方が見られているという感覚はあります。昨今コンテンツは短い方がよいという風潮ではありますが、ドラマだけは少し違うのではないかと考えています。世界的に人気の韓国ドラマは(最近短くなってきましたが)1時間を超えるものを16~20話のようなプログラムが多いですし、さらにはシーズン2、3と制作が進みます。日本でも、今期のドラマを見渡すと「続編」「2」「リターンズ」が目白押しです。
安達作品はずっと注目していますが、これからもっと、「いいなぁ」を書ける脚本家さんにも注目していきたいと思っています。安達さんの描く大河ドラマも観てみたいな、なんて空想しながら、誰がどんなドラマを書くのかを楽しみに、2024年もドラマを観続けたいと思います。(了)
文/澤 由美彦
参考資料
ドラマ
『冬空に月は輝く』(2004フジテレビ)
『大切なことはすべて君が教えてくれた』(2011フジテレビ)
『リッチマン、プアウーマン』(2012フジテレビ)
『Oh,My Dad!!』(2013フジテレビ)
『失恋ショコラティエ』(2014フジテレビ)
『その男、意識高い系。』(2015 NHK)
『She』(2015フジテレビ)
『アンダーウェア』(2015 Netflix)
『ふれなばおちん』(2016 NHK)
『透明なゆりかご』(2018 NHK)
『きのう何食べた?』(2019テレビ東京)
『サギデカ』(2019 NHK)
『G線上のあなたと私』(2019 TBS)
『おかえりモネ』(2021 NHK)
『海の見える理髪店』(2022 NHK)
『100万回 言えばよかった』(2023 TBS)
『きのう何食べた?season2』(2023テレビ東京)
映画
『劇場版 きのう何食べた?』(2021)