
「タッチ」とは何か? 伝わっている気にならず、イメージ通りのイラストを仕上げるために【絵で食べていきたい/第31回】
イラストレーターの間ではよくつかわれる「タッチ」という言葉。しかし絵を描かない人には、意味が曖昧で伝わりにくいことが多いようです。自分が「タッチ」という言葉で伝えたい情報が、実際に伝わっているかどうかは再考する必要があるかもしれません。
そもそも絵の「タッチ」とは何か?
絵の描き手が「タッチ」という言葉をつかう場合、そこには絵柄、スタイル、画風、筆致、描画方法というような意味が含まれます。中でもよくつかわれるのが「主線ありタッチ」「主線なしタッチ」というような分け方ではないでしょうか。「タッチ別」に分類された作品ポートフォリオではよく見かけます。
この「タッチ」というものが、見る人にどれだけ伝わっているか? と改めて考えたいのです。
「タッチ」という言葉にひっぱられた私の失敗
たとえば、さきほどあげた「主線あり」「主線なし」のタッチ。ざっくり説明すると、「線で描くか面で描くか」という違いがあります。主線ありのイラストの、線だけを消せば主線なしのイラストになるのでは? と思うかもしれませんが、そうはなりません。つまり、描き手にとってはどちらのタッチで描くかは大きな違いがあります。しかし、見る人にとってはそれほど差が感じられないこともあるのです。
【図1】主線あり・なしで分けたタッチサンプル例

以前こんなことがありました。新規のクライアントからのご依頼で、ヒアリング中に「ご希望のタッチはありますか」と質問しました。先方から「このタッチがイメージに近いです」と提示されたのは、サンプルの中に1枚だけあった主線のないタッチの人物イラストでした。私は「わざわざこのイラストを選んだのだから、主線のないタイプの絵が好みなんだな」と思いました。普段あまり描かないタッチですが、もちろん要望なので主線なしで描きました。
ところが、この仕事は思いのほか難航しました。先方のイメージになかなか近づかなかったのです。どうもおかしいと思い、改めてよくきいてみると、クライアントが「イメージに近い」と言っていたのは、サンプルのイラストの「キリッとした目」だったのです。主線があるかないかは実は重要ではなく、それどころか私が細かく説明するまで他のイラストとの違いがわからなったそうです。ただ、私が「どのタッチが希望か」ときいたので「このタッチ」とこたえただけで、大事なのはタッチではなく顔の印象だったのです。
そもそも、一番大切なのがキリッとした目であることを最初に汲み取れなかった私に問題があります。その理由は、私が「タッチ」という言葉に必要以上にとらわれてしまったためでした。
言葉にとらわれすぎると相手の意図をつかみそこねる
たとえば、私が美容師だったとします。お客様がヘアカタログを見て「シャギースタイルで」と言えば、毛先を削いで、軽くしたいのだなと思うでしょう。でも実は、お客様は気に入った写真の説明に「シャギースタイル」と書いてあったからそう頼んだだけかもしれません。気に入っているのはヘアスタイルだけでなく、そのモデルの髪の色や顔立ち、そして全体の雰囲気で、しかもこのお客様は「毛のボリュームは減らしてほしくない」と思っている、という可能性さえあります。
でもここで美容師の私が「わざわざシャギースタイルと指定したのだから、シャギーカットをしないといけない」と思い込んだらどうでしょう。たとえお客様の要望とカット方法に矛盾があっても、自分の技術でなんとかしようと奮闘したら、大変な仕事になってしまいます。
もちろんこれは極端な例です。でも言葉にこだわりすぎてしまうと、お客様が本当に求めているものに気付けないということがありえます。
「タッチ」とは何かを伝える工夫
この「タッチ」という言葉をわかりやすくし、できるだけ行き違いを起こさないためにできることはあるでしょうか。その視点でイラストレーターのポートフォリオを見ると、多くのイラストレーターが工夫をこらしています。
たとえば、過去のさまざまな作品をタッチで分けてのせるだけではなく、新たなサンプルイラストを描いてそれぞれのタッチについて説明する。「主線あり、なし」を説明したいならば、主線以外の条件、たとえば題材や構図が同じイラストを並べることでそれぞれのタッチの違いがわかりやすくなります。
【図2】主線あり・なしを同じ題材・構図のイラストで分けたタッチサンプル例

さらに、タッチを変えることで「こういう効果や印象がある」と言葉で補足することもできます。シャープな印象になる、子どもにも認識しやすくなる、パッと目につきやすくなる、などです。また、「このタッチは女性に人気がある」とか、「教育関係でのオーダーが多い」などという情報も依頼者には理解しやすく、判断しやすいのではないでしょうか。
「タッチ」とは何かということを、どうすれば絵を描かない人にも伝わるか。それを考えるには、絵を描かない人の目線を想像する必要があります。自分がつかっている言葉が相手には伝わっていないかもしれない。自分の当たり前が、相手には未知の世界かもしれない。相手の目線にたつことで行き違いを減らしていけると思います。
自分の説明は相手に伝わっているか、常に意識すること
この連載の第5回でも「シュール」という言葉にひっぱられて、なかなかイメージに近づかなかった経験を書きました。そこでは、文字だけではなく、ビジュアルを見せて双方のイメージを共有していくことを考えました。大事なのは、同じ言葉をつかっているから、同じ絵を見ているから大丈夫だと安心せず、ときには立ち止まりながらゴールを共有することです。
「タッチ」という言葉は便利で、私もつい「どんなタッチが希望ですか」とききがちです。しかし、依頼者が明確に「このタッチで」と決めていない場合、先にタッチを選んでもらうのは、一見話が早いようで、かえって遠回りになるかもしれません。タッチを選んでもらったら、そのタッチのどういう部分が気に入っているか確認する。あるいは、選ぶ前に先方の目指すところをよくヒアリングし、その上で希望の仕上がりや納期、予算に合いそうなタッチをこちらから提案したほうが、双方にとって良い結果になる場合もあるでしょう。
ここに書いた納品までのアプローチ方法は、相手によって全く変わる話です。フリーランスは毎回異なる依頼者と仕事をすることが多いため、相手に合わせた柔軟なコミュニケーションが重要になります。常に相手をよく見て、その人に届くアプローチを考えながら仕事を進める。なかなか難しいことですが、意識するのとしないのでは先々で大きな差がでてくると思います。
文/白ふくろう舎
