
こんなところに印刷会社が? テレビや映画を小道具でサポート。文化ビジネスサービス/齋藤社長【あなたの知らない印刷業界 第1回】
NHK大河ドラマ『光る君へ』(2024年)、『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(2025年)。2年連続でコンテンツ業界をテーマに描いたこれらの映像に、印刷会社が深く関わっていることをご存知だろうか?
ドラマの登場人物が手にする古書や巻物、手紙——それら“物語を支える小道具”の多くは、印刷の専門技術によって生み出されている。時代背景をリアルに再現するためには“人の手でしか生み出せない質感”が欠かせない。文化ビジネスサービスでは、その要望に独自の技術と発想力で応え続けている。出版不況といわれる時代にあっても、独自の活路を切り拓いている同社の齋藤社長に、その極意を聞いた。
聞き手/佐藤 友美(さとゆみ)・いしげ まやこ
構成/いしげ まやこ
こんなところに印刷が? 希少な技術と知識で大河ドラマの「小道具」を制作
――齋藤さんとは長いお付き合いですが、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下、『べらぼう』)の小道具を文化ビジネスサービスさんが手がけられたと聞いて、驚きました。
齋藤:実は表立って話してはこなかったのですが、もう30年以上、大河ドラマの仕事に携わっているんですよ。あまり知られていませんが、ドラマや映画の小道具などには、印刷会社が深く関わっていることが多いです。『べらぼう』では昔の本がたくさん登場しますが、時代劇以外にもチラシや貼り紙、帳簿や地図など、あらゆるところに印刷物が使われています。
――たしかに言われてみればそうですね。しかし『べらぼう』に出てくる本を見ていると、印刷だけでなく、昔の製本技術も必要ですよね?

齋藤:「和綴じ」ですね。あれは1冊1冊、糸と針を使って製本しています。最初はテレビ局の美術スタッフの方など詳しい方に教わりながら、研究や練習を積み重ねて技術を磨いてきました。
――ぜひ、製本の現場も見せていただけますか。

――特徴的な縫い方ですね。
齋藤:まず真ん中から糸を通して、その部分を糊で固定します。そこから一気に縫い進め、最後は玉結びをして、その結び目を中に挿し込む。どこで始まって、どこで終わったのか分からないように仕上げるところが、和綴じの美しさです。

――歴史の趣を感じます。本の中身は、どのように制作しているのですか?
齋藤:国文学研究資料館の国書データベースや国立国会図書館デジタルコレクションから著作権の保護期間が満了した作品を選び、まず原書をダウンロードします。次に、パソコン上できれいに加工します。原書のデータは汚れやかすれがひどいのですが、ドラマの中では新品として扱われますからね。何を消して、何を残すのが時代考証的に正しいか? その判断をし、当時のイメージに近づけるための画像処理も、私たちの大切な仕事です。その後、和紙に印刷して製本する――という流れですね。

齋藤:和紙は、色も厚みも重要です。なるべく薄い紙が理想ですが、現代のオンデマンド印刷機で印刷できるギリギリの厚みを探りながら、和紙問屋さんに相談して仕立てたりもします。プリンター自体は最新のものを使っていますが、本来の用途では想定されていない印刷が多いため、メンテナンスには常に気を配る必要があります。
――希少な技術が合わさり、大河ドラマの小道具になるんですね。
齋藤:最初はテレビ局の美術の専門の方から教わったことを、見よう見まねでやっていました。そのうち自分たちでも和綴じの種類について学んだり、和紙の研究会に参加したりして知識も広がり、とても楽しかったですよ。神保町の本屋を巡って資料を集めながら、「どうすればもっと良いモノが作れるか」をずっと考えていた時期もありました。その積み重ねが、今の私たちの土台になっていると思います。

御用聞き営業で、時代に合った仕事を掴みとっていく
――テレビ局さんと仕事をする、最初のきっかけは何だったのでしょうか?
齋藤:弊社が所属している「公益社団法人東京グラフィックサービス工業会」という団体があります。都内にある印刷・グラフィックサービス業者の事業者団体なのですが、そこで先代とテレビ局の印刷部門の担当者が出会い、意気投合したことがきっかけです。
当時弊社は小規模ながらも設備投資に力を入れており、珍しく大型のカラーコピー機や高速プリンターを複数台所有していました。そのため、さまざまな印刷物の相談を受ける機会が増え、やがてテレビ局の番組で太平洋戦争開戦間際の「御前会議」を再現するという企画があった際に、制作に協力をしたことが最初の仕事になります。 「御前会議」というのは、明治時代から太平洋戦争終結まで、天皇の臨席のもとで行われた国家の重要事項を決定する最高会議のことです。会議の部屋を再現するために、壁紙を生地から1枚ずつ作ると相当なコストがかかります。そこで、「印刷で壁紙を再現できないか」と相談を受けました。
その頃、先代は大型コピー機を使って壁紙を作れないかと模索していて、その依頼はまさに渡りに船でした。印刷した紙にビニール樹脂を塗り、アデムコ加工という特殊なビニール加工を施します。そうすることで耐久性が増し、壁紙としてだけでなくテーブルクロスなどにも使えると判断していただき受注したようです。 さらにアデムコ加工は光を乱反射するため表面がテカテカせず、落ち着いた質感になるところも利点でした。今でこそマット加工で簡単に仕上げられますが、当時はまだ珍しい手法だったんです。
――へええ、おもしろい。それも小道具になるんですか?
齋藤:これは大道具の部類ですね。とても喜んでもらえて、「次は薬師如来に従う12人の武装した守護神である、十二神将の背景を作ってほしい」と言われました。
――十二神将って、「像」ですよね? そんな立体的なものを印刷で?
齋藤:画像処理で陰影をつけて、立体的に見せるんです。当時、私はまだ他社で働いていましたが、昔から家業をよく手伝っていてその作業は自分が担当しました。
その流れでテレビ局の美術の方とも繋がりができ、徐々に小道具のお話もいただけるようになりました。 先代は壁紙などの大道具に特化したいと考えていたようですが、そうした案件は既製品で済むことが多く、頻繁に発注があるわけではありません。ちょうどその頃、先代に病気が発覚して私も家業を継ぐ決心をしました。当時は設備投資で多額の借入もありましたし、「とにかくできることは何でもやろう」という気持ちで仕事に向き合っていきましたね。
――会社を継がれたとき、齋藤さん、まだお若かったんですよね。
齋藤:24~25歳の頃でしたね。若さもあり、あまり深く考えていなかったかもしれません(笑)。ただ、先代がお世話になっていた取引先の方々には目をかけていただき、大変ありがたかったです。
とはいえ、それだけでは会社が立ち行かないため、毎日さまざまな企業へ足を運びました。挨拶して、「最近どうですか?」「何かお仕事ないですか?」と、声をかける――いわゆる御用聞き営業です。 多いときには朝・昼・晩と同じ会社に顔を出し、鬱陶しがられることもありましたね(笑)。当時はまだセキュリティもそこまで厳しくなく、自由に出入りできる会社も多かったんです。今ではとてもできないですよね。
――何かを納品するわけでもなく、ただ訪問するんですか?
齋藤:昔の印刷業界では、それが一般的だったんです。まず顔を出して覚えてもらわないと、仕事の提案すらできませんから。 テレビ局にもよく顔を出していて、スタジオに入るとメーカー名やロゴを隠した備品が目に留まりました。あるテレビ局では企業名を出せないため、露骨にガムテープで隠したり、いかにも偽物とわかる小道具が使われていたんです。それらを「もう少しリアリティのある備品を作りましょうか」と提案し、受注に繋がったこともありました。

齋藤:「明日までに、この小道具を作れる?」「長野でロケがあるけど、持ってきてもらえる?」など、いろいろな要求にもとにかく応えていました。今は宅配便が翌日には届く時代ですが、当時は車を飛ばして直接届けるしかありません。
テレビ局のスタジオで、セットの背景に並ぶ1万本のビデオテープすべてに背表紙を貼る作業をしたこともあります。翌日の収録に間に合わせるため、タイトルのシールを1本1本作って、スタッフはもとより、友人知人に声をかけてアルバイトしてもらい夜通し取り組んだ時代もありました。
――無茶なお願いといえば、私(さとゆみ)も齋藤さんに無茶なお願いをしたことがありました。翌日までに10冊分の絵本の帯が突然必要になって。ただ、絵本の帯って特殊なサイズなので、印刷してくれる会社が見つからなかったんです。10社以上に断られたあと、齋藤さんに相談したら「いいよ~」とあっさり引き受けてくださって。しかも取りにいったら、スタッフの方が帯のサイズにカットまでしてくれていて本当に感動しました。でも先日その話をしたら、齋藤さん、全然覚えていませんでしたね(笑)。
齋藤:たしかに、まったく覚えていませんでした(笑)。大変な仕事が当たり前になっていて、もう麻痺しているんでしょうね。
大事なのは「リアル」ではなく「リアリティ」。本物を知った上で、より伝わるための工夫を凝らす
――これまでに、印象的だったお仕事について教えてください。
齋藤:平清盛が厳島神社に奉納した「平家納経」を番組で再現したことがありました。
小道具として平家納経を制作したのですが、装飾経は非常に豪華です。金銀の文字や極彩色の見返し絵が描かれ、軸の左右には水晶が飾られています。水晶の部分はアクリルを削って再現し、経文や絵柄もできる限り忠実に再現しました。ただ、当時の紙は、現代のプリンターでは印刷できないほど薄く、どう対応するべきか模索しましたね。できるだけ薄い紙で印刷したのですが、巻くと現物よりドーンと厚みが出てしまいました。ヒヤヒヤしながら見ていたのですが、番組では巻かれた装飾経を遠くから転がして広げるシーンとして使われたんです。結果的に太すぎる巻物の状態では画面に映らず、事なきを得ました。
――このお仕事を長く続けてこられたからこそ、歴史上の小道具にもお詳しいですよね。番組制作に携わるなかで、「この時代にこの紙は使われていない」「この紙のサイズや文字は少し違う」といった点を、文化ビジネスサービスさんのほうから提案されたり、助言されることもあるんですか?
齋藤:状況に応じて、お伝えすることもあります。番組側も担当者が入れ替わるなかで、どうしても時代考証や素材に関する知識が薄れてしまうことがあるため、私たちの経験や技術で補ってもらえるのはありがたい、と言っていただくこともあります。 ただ、すべてを当時のまま忠実に再現することが正しいかといえば、必ずしもそうではありません。大切なのは“リアル”ではなく、“リアリティ”なんです。これは大変お世話になった美術プロデューサーの方から教わりました。
――リアルではなく、リアリティ?
齋藤:もちろん「本物」を知ることは大事です。ただ、その本物をリアルに再現したところで、視聴者に伝わらなかったら意味がない。優先すべきは「何を伝えたいか」であり、そして「どう表現すれば伝わるか」。時代考証的に正しいものを作るより、そのほうがよっぽど重要だと教わりました。
例えば、大河ドラマ『利家とまつ』(2002年)のあるシーンで、松嶋菜々子さん演じる利家の妻のまつが、手紙を握りしめて思いを馳せる場面がありました。当時の手紙は実際にはかなり大きなものだったのですが、そのシーンではあえて小さめの紙を使って制作したんです。そうすることで、女性の小さな手の中で握りしめられる「思い」をより象徴的に表現する意図がありました。 時代や階級によって、手紙のサイズや折り方、封の仕方にはさまざまな決まりがあります。そうした背景を十分に踏まえたうえで、このシーンでは美術スタッフの方のイメージをもとに、番組として最も効果的な見せ方が選択されました。

齋藤:手紙を折りたたんで手のひらに収めると、“まつの祈り”という伝えたい感情がより自然に伝わる。手から紙がはみ出していたら、違和感でそのシーンの印象が崩れてしまうんですよね。だからこそ、当時のサイズではなく、美術スタッフの方とサイズを思案して、本来はないであろうサイズで作成しました。つまり、リアルよりもリアリティを優先しました。
――とても興味深いです。美術スタッフの方と一緒に考えて創り上げているんですね。
齋藤:その他にも別の番組で、大きくて分厚い洋書を5歳の子どもが抱えて火事の中を逃げるシーンがありました。本物に倣ってつくると3キロほどの重さになるのですが、それでは子どもが大変です。そこで中身を半紙にして、800グラムほどの軽さに仕上げました。やはり「本物を知ったうえで、どう表現するか」を常に考え、工夫することは心がけていますね。 もちろん、予算の問題もあります。お金をかければ本物と同じようにつくれますが、限られた条件の中でどれだけ“本物らしさ”を表現できるか。それも、これまで培ってきた経験と知識を生かす腕の見せどころですし、そこにもまた、私たちなりの目指すリアリティがあると思っています。
アウトプットに一番近い場所で、ありとあらゆる可能性を探っていきたい
――この領域は、他社がやろうとしても簡単に新規参入できない分野ですね。
齋藤:そんなこともないと思いますよ。和綴じにしてもデジタル加工にしても、やろうと思えばできる会社はあると思います。ただ、長い年月をかけて積み重ねてきた“深み”のようなものは、そう簡単には出せないでしょうね。
――どういったところでその違いが出るのでしょうか。
齋藤:例えば、先ほどの「平家納経」の場合、特殊な和紙に金や銀の色を散りばめる工程があります。
和紙といっても半紙だけでなく、「杉原紙(すぎはらがみ)」「料紙(りょうし)」「典具帖紙(てんぐじょうし)」など種類がさまざまで、うちのスタッフはそれぞれの特性をよく理解しています。
金や銀の色についても特殊トナーを使っており、設備を整えているうちだからこそ再現できました。 言われたものをそのまま作るだけなら、誰にでもできます。でも、最適な方法を自分たちで考えたり、時代に合った和紙を選定したり、自ら提案できるスタッフは貴重ではないでしょうか。うちのスタッフは皆、幅広い知識と高い技術を持っていると自負しています。

――その能力を発揮できると、やはりやりがいを感じますか?
齋藤:そうですね。自分たちがきちんと作らせてもらえて、その成果が映像としてしっかり表現されているのを見ると、うれしくなります。
どんな仕事であっても「どうせ素人には細かい部分はわからないから、適当でいい」と考える人も少なからずいると思うんです。そんな中で、自分たちの知識や経験を生かせる場があるのは本当にありがたいし、もしそれがなくなってしまったら、やっぱり寂しいですね。だからこそ、次の世代へとしっかり継承していきたいです。
――プロとして、このお仕事に誇りを持っているんですね。
齋藤:とはいえ、自分たちの力だけでは何もできません。製本屋さんをはじめ、優れた職人さんたちに支えられて、ここまでやってこられました。みんな「どう生き残るか」を考えながらも、単純に面白がって協力してくれる。そういう関係性があるからこそ、いい仕事ができていると思います。
やっぱり仕事って、信頼できるパートナーと一緒にものづくりをするのがいちばん楽しいですよ。金額の高い・安いだけでなく、「作っていて楽しい」と思えるかどうか。結局、大事なのは“人”なんですよね。
和紙の知識がどれだけあっても、実際に紙をすいてくれる和紙問屋さんを知らなければ、ものは作れません。どれだけ信頼できるつながりを築けるかで、いい仕事ができるかどうかが決まってくる。
そういった職人さんたちをつなげられるのも、文化ビジネスサービスの強みだと思っていて。いわば、“ハブ”だったり、“ブローカー”のような存在ですね。ブローカーというと嫌がる人もいますが、私はそうは思わない。知識や人脈、信用がなければ成り立たない、とても価値のある仕事だと思うんです。ただの情報の羅列じゃなくて、「生きた情報」でつながっているということ。そういう意味でも、印刷会社はハブになれると思っているんですよ。
――というと?
齋藤:よく言われるのですが、印刷ってどんな業界にも関わっているんですよ。どの事業にも“必要なアウトプット”があって、私たちはその一番近くにいる。お客さまを選ばず、あらゆる分野に関わることができます。昨今は出版不況で印刷業界も厳しいと言われていますが、可能性はまだまだたくさんあると思うんです。

――どんな可能性を考えていますか?
齋藤:例えば、お客さまがチラシを作るとしますよね。チラシを作るということは、何か商品を「知ってもらいたい」、もしくは「買ってもらいたい」という思いがある。そして今は、その思いをほとんどデジタルで完結させています。 そうすると、すでに形成されたコミュニティの中でしか情報が回らず、一次情報を持っている人にしか届かない。必要としている人には届くかもしれませんが、その先にある“まったく違う価値観”や“新しい気づき”には、なかなか出会えないんです。
――私もAmazonで本を選ぶと、同じジャンルの本ばかり出てきます。でも本屋に行くと、まったく違うジャンルの本を手に取ったり、買う予定のなかった本をつい選んでしまったりします。
齋藤:まさしく、それですよね。最近は「1を100にする」方法ばかりが注目されて、「0から1を生み出す」努力が減っている気がします。
チラシ一つとっても、「誰に届けたいのか」「どんな反応をもらいたいのか」、つまり「何を実現したいのか」までを突き詰めることが大事だと思うんです。ただ安くて早く仕上がる印刷物を作るのではなく、お客さまの思いや目的を汲み取った“ものづくり”ができれば理想ですね。 ただ、その実現にはマーケティングやブランディングなどの視点も取り入れる必要があるので、どのような方法が最適かはこの先考える余地がありそうです。
――デジタル化が進む世の中だからこそ、アナログの良さが生きる?
齋藤:単純に、どちらが良い悪いという話ではないですけどね。印刷会社の現場にも、データ化や自動化の波が押し寄せていますが、それ自体は悪いことではありません。人間にできないことをロボットが担うのも立派な進化だと思うし、うまく共存していければいいと思っています。
実際、私自身もテレビ局のさまざまなセットを撮影して、「データ化しませんか?」と提案し、仕事に繋げたこともありました。どんな時代になっても、切り口はあると思いますよ。時代に合わせて模索しながら、ありとあらゆる可能性を探っていくことも、また楽しいですよね。 (了)

株式会社文化ビジネスサービス
代表取締役 齋藤 秀勝
撮影/深山 徳幸
執筆/いしげ まやこ
編集/佐藤 友美(さとゆみ)
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