検索
SHARE

世界の食糧難を救いたい、まずはいちごから【リレー連載・あの人の話が聞きたい/第16回】

ニューヨークで話題になっている「いちご」がある。そのいちごは、温度・湿度・日長・二酸化炭素濃度などが自動管理・制御された“植物工場”でつくられたもの。創業当初は1パック50ドルだったいちごは、安定量産の実現によっていまは10ドル前後で販売できるようになったという。ニューヨークで立ちあがったこのスタートアップ、そこでいちご栽培に従事しているのが日本人の池末龍児さんだ。「いつか、世界の飢餓撲滅に貢献したい」と語る池末さんに話を聞いた。

聞き手/巖朋江

「植物工場」で作られるいちご

「とびきり甘く、花のように香るいちご」が、ニューヨークの高級スーパーに並び、ミシュランの星付きレストランで提供されている。デザートの主役として使われるほどの味わいを誇るこのいちご。とろけるようなクリーミーさが世界中の美食家を驚かせている。パックに並ぶその姿は、赤い宝石のようだとたとえられることもある。

このいちごを手がけているのが、ニューヨーク近郊で創業し、急成長を遂げる農業系スタートアップOishii Farm。そして、その栽培リーダーを務めているのが、日本人の池末龍児さんだ。

「実はこのいちご、ビニールハウスや畑で作られていないんです。植物工場で作っています。この技術を発展させて、ゆくゆくは世界の飢餓撲滅に貢献する。それが私の夢です」と池末さんは言う。そのような壮大な夢を実現する可能性のある植物工場とは、一体どんな仕組みなのだろうか。

植物工場とは、光、温度、湿度などを制御した室内で植物を生産する施設のことだ。外の温度がどんなに高くても、どんな激しい嵐が来ようとも、電力や水、必要な資材が揃えば世界中どこでも農作物が作れる。新しい農業の形として、世界的に注目を集めている。大きな可能性を秘めている一方で、その運営は実に難しく、コストも莫大にかかる。日本国内の植物工場の約半数以上が赤字だという報告もある。植物工場での安定生産を実現できている企業は世界を見渡しても、現状、ほとんどない。

しかし、Oishii Farmは植物工場でのいちごの生産技術を発展させ続け、安定的に量産できる体制を整えることができた。その技術確立のキーマンが池末さんだ。

ここに至るまでの道は、決して平坦ではなかった。池末さんが植物工場に携わることになったきっかけは、絶望的な光景を目の当たりにしたことだったという。

環境変化で枯れてしまった植物

小さい頃から生き物が好きだった池末さん。生き物に関わりつつ、自分にしかできないオリジナルなものを作る仕事に就きたい、そう考えたときに思い当たったのが植物の品種改良だった。そこで、日本最大手で世界でも有数の品種改良技術を持つタキイ種苗に就職した。

農作物の品種改良では、美味しさや見た目の良さを追求するのはもちろん、乾燥や病気、暑さなどに強く、安定的に収量を確保できる品種を作る。一つの新しい品種を作るのに10年以上の年月がかかることもざらだ。池末さんは世界一のブリーダーになるべく、アメリカでメロンやトマトの品種改良に取り組んだ。

植物と向き合う日々を過ごしていたある日、池末さんの価値観を大きく覆す出来事があった。カリフォルニアで大干ばつが発生し、メロンが植わっていた畑が干上がり、ほぼ全滅。また、農場一面に植えられていたアーモンドの木は、水分不足で枯れ、最終的には重機で掘り起こし、処分されている光景を目の当たりにした。

「十数年大切に育ててきた作物が、気候変動の影響で一瞬のうちに無になってしまったんです。品種改良のスピード感では地球の環境変化にはとてもついていけないと、絶望した瞬間でした。気候変動に影響を受けずに農作物を作る方法はないか、と考えたときに思い当たったのが植物工場だったのです」

池末さんは、種苗会社を辞め、植物工場のスタートアップに転職。その後、日本で最大手の植物工場企業に就職した。大規模植物工場の研究開発を数年間にわたってマネジメントし、必要な技術や知識を幅広く身につけた。その後、縁あってアメリカのOishii Farmへ。植物工場でいちごをつくるという前例の少ない挑戦に、加わることになった。

若者が興味を持つ農業の形

2021 年に Oishii Farm に入社した池末さんは、量産フェーズの初期工場でいちごの栽培管理を担当することとなった。広さは敷地面積2.2万平方メートル(サッカーコート3面分以上)。この規模の植物工場でいちご栽培をしている事例は他にないため、課題は多く、自分たちで一つずつ解決していくしかない。

たとえば、いちごの収穫を1年以上続けていると、次第に株が弱り、収穫量が減ってしまう。そうならないために、温度や湿度などをいちごの様子に応じて適切に変化させる必要がある。池末さんは、長年の品種改良で培った植物への観察眼を活かしながら、栽培管理の改良を続けた。

チームの仲間とともに課題に向き合った結果、会社から当時求められていた量・品質のいちごを安定的に生産できる技術の確立に成功。それを機にOishii Farmは、より大規模かつ栽培作業の一部を自動化できるシステムを備えた超量産工場の建設に踏み切る。池末さんは、その新工場における栽培管理の責任者に抜擢された。

ところが、その超量産化も簡単ではなかった。植物工場では生き物を相手にするがゆえに課題が大幅に増える。

まず、世界最大級の工場であるがゆえに、尋常ではないほどの人手が必要になった。その解決のために、同社は収穫ロボットの開発に着手。収穫作業の自動化を実現した。さらに、新工場では何段にもなった棚が、作業を行う人やロボットの元に自動で運ばれてくる仕組みになっている。これまでの工場とは構造が大きく変化し、さまざまな調整が必要になった。

一つひとつの壁を乗り越えた結果、創業当初は1パック50ドルだったいちごをいまは8〜10ドル前後で販売できるようになった。
「安く提供できるようになったことで、いちごを手に取ってくれる人が増えました。いちごを食べて美味しいと喜んでいる姿を見ると、やりがいを感じますね」
さらに、ここまで技術が進んだ植物工場ならば、日本の農業のあり方を変えられる可能性がある、と池末さん。
「植物工場の技術が確立されていくと、ロボットやAIと協力しながら、人がやるべき作業だけを担当できます。3K(きつい、汚い、危険)と言われる従来の農業とは違い、重労働もなければ危険もない。農業のイメージを覆し、若者の農業離れを止めることにも貢献できるのではないかと思います」

世界の食糧難を救いたい

Oishii Farmは2024年に約230億円、2026年に約240億円の資金調達を発表。2025年には東京に研究開発拠点を新設することを発表し、さらなる技術開発に注力していく。池末さんはこの開発拠点でいちごの品種改良に取り組む。温度や湿度を管理できる植物工場では、従来の2倍から3倍のスピードで品種改良ができる。世界初の、植物工場に最適化されたいちご品種の開発に挑む。

「いちごにとって最適な環境をつくったうえで、その中で高いパフォーマンスを発揮する品種を開発したいと考えています。理論的には、収穫量を増やし、品質もさらに高められるはずです。そして、その技術や知見はいちご以外の作物にも転用できると考えています」

いちごは、あくまで出発点だという。

「まずはいちごで技術を確立し、その後は米や麦など、主食になる作物にも応用していきたいですね。気候変動が進む中でも安定して食料を供給できる仕組みをつくることが、最終的な目標です。世界の食糧難の解決に、植物工場と品種改良の力で少しでも貢献できたらうれしいですね」(了)

池末 龍児(いけすえ りゅうじ)
福岡出身。2025年10月にアメリカから東京へ異動。2003年熊本大学大学院卒業後、タキイ種苗株式会社に入社し、野菜の品種改良に従事。2012年から5年間、アメリカンタキイで海外向けの野菜の品種改良を行う。その後、株式会社スプレッドにて植物工場向けレタスの研究。現在は日本のOishii Farm 株式会社にて、世界一美味しいいちごを植物工場で生産、研究中。

https://note.com/ryujiikesue

執筆/巖朋江 画像提供/Oishii Farm

【この記事もおすすめ】



writer