
大人って馬鹿なの?【さとゆみの今日もコレカラ/042】
たしか小学4年生のとき、親戚の叔母さんに連れられ秘密結社みたいな場所に行かされた。今思えば、キリスト教でいうところの洗礼を受ける、的な儀式だったのかなと思う。法華経ではなく、南無阿弥陀仏系の儀式だったと記憶している。
会場に向かう途中、叔母さんが「今、事故に遭うと、叔母さんと叔父さんは極楽にいけるけど、ゆみちゃんたちは極楽に行けないのね」と言った。「どうして?」と聞くと「まだ仏様に帰依しますとお伝えしてないから」と言う。
キエという言葉は耳馴染みなかったけれど、多分、「私たち、親友だよね」みたいなやつだと思った。友達しか極楽に連れて行かないなんて、仏様は案外心が狭いと思ったけどバチがあたると嫌なので、言わなかった。
会場には人がいっぱいいいた。偉いお坊さんが「これから行う儀式で唱える祈りの言葉は、決して口外してはならない。たとえ親を殺すと言われても、口を開いてはいけない」と説法した。
は?
ちょっと意味がわかりませんと思った。そのお坊さんが一人ひとりに、「あなたは、このことを誓いますか?」と尋ねていくので、自分の番になったとき に、「え、無理です」と答えた。会場がざわっとした。
「だって、親が殺されるんでしょ。お父さんとお母さんが殺されるくらいなら、私はぺらぺらしゃべります」
会場のどこかからくすっと笑う声が聞こえた。
「ねえ、仏様は本当にそんなふうに教えてるの? 親を殺されても、自分に従いなさいって?」
お坊さんは「賢いお嬢ちゃんだねえ」みたいなことを言ったけれど、私の疑問には答えてくれなかった。会場はいつの間にかシーンとしている。
「私は、この儀式みたいの、受けません」
「いや、そうはいかないんだよ」
「でも、親が殺されるのは嫌」
「それはただのたとえだから」
みたいな押し問答があって、最終的には
「うーん、じゃあ、殺されるときは例外」
みたいな妥協案を提示され、おろおろしてる叔母さんもかわいそうになってしぶしぶ儀式を受けた。
なんだよ、この茶番。大人って馬鹿なの? 私に対してだけじゃなくて、ここにきている人たち全員に対して、ちゃんと説明しないと不誠実じゃないか。ここにきている人たちも、たいがいだ。こんな「例外」が許されるような誓いを立てさせられて何も思わないなんて馬鹿なの? 今よりだいぶ血気盛んだったゆみちゃんは、式の間じゅう、ぷんぷんしてた。
家についたら母に「どうだった?」と聞かれたから、憤慨したと顛末を伝えたら大笑いされた。「お母さん、ああいう場所、苦手でね」と言うから、ずるい。自分が逃げるために、私を人身御供に差し出したなと思って母を睨んだ。
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今日、六波羅蜜寺にお散歩にいったら、説明書きに「かつて宗教弾圧を受けたとき、当寺の僧たちは念仏とはわからないように念仏を唱え、口伝のみでそれを守った」というようなことが書かれていて、ハッとその日の記憶が蘇ってきた。あれって、そういうやつだったのかな。だったら、ちゃんとそういう話をしてほしかった。話をしてくれたら、理解できたかもしれないと思う。
だから大人は嫌なんだ、と思いながら、境内の砂利を蹴った。コツンと音がして、あ、そうか。私もそろそろ大人か、と思う。そろそろ大人かじゃなくて、だいぶ大人だ。
「そういうことになっている」という大人にだけはなりたくないと思っていたけれど、私もあのときのお坊さんみたいに話してること、いっぱいあるよな。
うちの息子も「大人って馬鹿なの?」という顔をよくする。「ママに話してもどうせわからないから」は、「わかってくれないから」だと思っていたけれど、あれは、文字通り「わからないから」と言ってるのかと思い当たる。うわうわうわうわ。怖い。歴史は繰り返す。
いつも心に、リトルゆみちゃんを。
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