
じゃないほうの時間【さとゆみの今日もコレカラ/第 65 回】
昔、ルミネの広告で「試着室で思い出したら本気の恋だと思う」というコピーがあった。
これ、試着室だけじゃなく、何かの存在が「じゃないほうの時間」にしみ出してきたときが、楽しいなと思う。
こんなとき、彼ならなんて言うかな、とか。
この映画、一緒に見たかったな、とか。
うわあ、美味しい。食べさせてあげたい、とか。
一緒じゃないほうの時間に、その人の”不在の存在感”を感じるのが好きだ。
恋人だけじゃなく、友人でも推しでも死んだ親でも、「じゃないほうの時間」に思い浮かべる人がいる人生は豊かだなと思う。
仕事も同じだと思う。
仕事じゃないほうの時間の方に、ああこれ、この間書いたアレに似てると か、あの取材で話していたのはこの感覚か、とガンガン侵食してくるのが楽しい。いや、侵食というよりも、そもそも一人の人間なのだから、シームレスに行き来するのは当たり前だよなあと思う。
そう考えると、仕事とプライベートをどう切り分けているかという質問はナンセンスだなと思う。この三が日、休んだ人も働いた人もみんな、「じゃないほう」の時間と行き来しながら過ごしていただろうなと思う。
今年も、仕事とプライベートがふるふると入り混じるマーブルな時間を生きたいな。
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そうか、知るということはこんなにも世界を広げてくれるんだなあ。現在と過去が交錯し、旅が何十倍にも豊かになる。


