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砂の一粒時代【さとゆみの今日もコレカラ/第 205 回】

夜景が好き。子どもが生まれる前はよく六本木ヒルズの展望台にのぼり、一人でぼおおおっとオレンジの光を見ていた。

羽田空港から都心に向かう首都高も、夜は格別に好き。にょきにょき乱立するビルの間を縫いながら家に戻る時、縮こまっていた心臓が解放される。

見下ろすときも見上げるときも、「この灯りひとつに対して何人の人が働き、暮らしているのだろう」と考える。

この灯りの先にはおびただしい数の人がいて、それぞれがいろんな思惑をもって生きている。そして、その一人ひとりの思惑を、私は「知ったこっちゃない」。その事実にいつも癒される。なぜなら、この私自身も他人にとってはまったく「知ったこっちゃない」存在だと思えるからだ。

誰にも注目されていない、誰にも気にされていない、そんな「知ったこっちゃない」自分なのだから、何かをしてもいいし、何もしなくてもいい。働いてもいいし、働かなくてもいい。生きてもいいし、生きなくてもいい。

夜景を見るたびに、それを確認できてほっとする。

私の人生、誰・に・も・な・ん・に・も・頼・ま・れ・て・い・な・い。

✳︎

もう 10 年近く前のことになるが、「情報 “砂の一粒” 時代」という言葉を知った。さとなお(佐藤尚之)さんが『明日のプランニング』の中で提唱した概念だ。

「あなたが発信しようとしている情報は、世界じゅうの砂浜にある砂の一粒にすぎない」。それほどまでに、私たちが発信する情報は伝わらない時代になっているというたとえである。

砂浜にある、たった一粒の砂を想像する。

だとしたら、その砂に色をつけようが、砂の形を星にしようが、気づいてもらえるはずがない。この、圧倒的絶望から今日(こんにち)のコミュニケーションはスタートする。そんな話が書かれていた。

しかし、圧倒的絶望の話でありながら、「砂の一粒時代」は同時に希望でもあるとさとなおさんは教えてくれた。

かつて「人の噂も 75 日」というワードがあった。でも今、75 日も人の話題にのぼり続けることは到底無理だ。ワイドショーを席巻した水原さんの賭博の話題も、もうとうに賞味期限が切れている。あんなビッグニュースでも、75  日なんて全然もたない。

だとしたら、私ごとき砂の一粒が、ちょびっと丸くなろうがギザギザになろうが、パンクしようがジャズろうが、輝こうが腐ろうが、誰も気にしないわけであり。

そう考えることは、人生をとても楽にしてくれませんか。

私はすごく楽になるの。

【この記事をおすすめ】

世の中の情報洪水の規模感をよりわかりやすくとらえるために、「あなたが発信しようとしている情報は、世界じゅうの砂浜にある砂の一粒」なのだと表現しました。略して「砂一(すないち)時代」。そんな時代に広告を押し付けても伝わるはずがない。

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