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検索「できない」価値【さとゆみの今日もコレカラ/第 231 回】

ある時期非常に密な時間を過ごしたメンバー5人で久しぶりに集まった。私以外はみな理系出身で、近況を聞くだけでも、そこに知らない世界が広がっていく。

話題は多岐に渡ったけれど、あるエンジニアさんが発言した「これからは、検索『できない』ことの方が価値になるのではないか」が、心に残った。

Google に教えてもらえないこと、Chat GPT が学習しないこと、そもそもその検索ワード自体を思いつかないようなこと……。

その「できない」のほうに勝機があるといった話だった。

なぜその「検索できない」という言葉が気になったかというと、つい最近、  次々とスタートアップを立ち上げて成功させたりバイアウトさせたりしてきた人が、こらから立ち上げる事業のキーワードとしてやはり、「検索できないこと」を口にしていたからだ。

世の中を見渡すと、「検索できない」ことの価値は、間違いなく 10 年前より大きくなっていると感じる。

わかりやすいところで言うと住所非公開の会員制レストラン、そもそも存在自体シークレットにされている会合。もう少し抽象的に言うと、ノンバーバルなコミュニケーション、セリフではなくメッセージ、ストーリーからのナラティ ブ。

「検索できない」以前に、そもそも「検索されない」ことの価値はより明白だ。検索の俎上にのぼった瞬間、何かと比較される。「比較される前に選ばれ終わっている」状態が一番強い。(実は、最近ライターの需要もそちら方向にぐいんと寄っている気がしているのだけれど、その話はまた今度)

検索されない人になり、検索できないことを伝える人になることが、次の数年の課題だなと思いながら帰途についた。

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