
エビちゃんと友人のお母さん【さとゆみの今日もコレカラ/第 248 回】
先日、久しぶりに友人の家に遊びに行ったら、エビちゃんの話になった。 エビちゃんは美容師で、くりくりっと目が大きな愛らしい顔立ちのメンズである。私が出会った時は 20 代だったけれど、いまはいくつだろう。「私、いまでもエビちゃんの美容院に通ってるんだよね」と、友人は言う。
エビちゃんは表参道の有名店で働く美容師だった。性格がよくていつもニコニコしている人で、アシスタント時代からお客様に愛されていた。将来はその美容院を背負って立つエースになるのでは、とひそかに思っていたメディア関係者も多かったと思う。
ところが、エビちゃんは、先輩たちが独立して立ち上げた店についていく道を選んだ。円満独立だったので元いた店との関係は続いていたけれど、当時の私が驚いたのはその立地だった。
美容院といえば原宿・表参道が最高峰。銀座への出店さえ思い切りましたねと言われるくらい一極集中だった時代に、彼らが店を構えたのは山手線の外側の新興住宅街だった。
もちろん需要はあるだろう。けれど、何十倍もの倍率の面接をくぐり抜け、日本を代表する美容院の幹部にまでなった人たちがハサミをふるう土地として、その頃はほとんど例のない斬新な選択だった。
オープンから少し経ったころ。たまたま友人がその美容院の近くに引っ越したこともあり、私は友人にエビちゃんを紹介した。以来彼女はずっと、エビちゃんに髪を任せていると言う。ファッション業界の最先端で活躍する彼女が長年通い続けるほど気に入っていることは、紹介した私も嬉しい。
「いまは、母親までお世話になってるんだよね」と、友人は言う。最近、ご両親が彼女のマンションの近くに引っ越してきたらしい。
80 歳近くになる友人のお母様は、ケータイがうまく使えない。だから、いつも直接その美容院に行って、エビちゃんに「今、空いているかしら?」と聞くのだそうだ。
先日、友人のもとにエビちゃんから電話があったという。なんでも「お母様がいらしてくださった時は満席だったのでお断りしてしまったのですが、今、空きがでたのでカットできます。でも、ケータイに何回お電話しても、お出にならないんですよね」という連絡だったそうだ。
友人は「ああ、ごめんなさい。うちの母、ケータイ出れないんですよ」と伝え、父親のケータイを経由して連絡をとったそうだ。お母様は無事にその日、カ ットができたらしい。
これからは次回予約させた方がいいですよね? と聞いた友人に、予定が分かった時にふらっとお店に来て予約してくださればいいですよとエビちゃんは言ってくれたそうだ。
これは私たちの母親世代特有の傾向でもあるけれど、友人のお母様は、美容院に行くたびにパーマをかけてほしいとオーダーするという。でも毛量が多くクセ毛のお母様は、パーマをかけなくてもふっくらボリュームが出る。エビちゃんが「パーマがなくても大丈夫ですよ」と説明してもお母様は「どうし てもかけたい」と言う。だからトップにほんの少しだけパーマをかけるという方法で対応してくれているのだとか。お金がかからないように、でもお母様の気持ちが済むようにという配慮だろう。もはや、かかりつけ医である。
家族ともども、エビちゃんにはお世話になっているようと言う友人の言葉を聞いて胸がぽわんと熱くなる。地域の人の髪だけじゃなくて、心や体も気遣ってくれる。家族の間に立ってハブになってくれる。こういうのこそ、本当の
「サロン」だよなあと思った。エビちゃん、素敵な仕事をしてるんだなあって思って帰りに美容院を覗いていこうとしたら、それほど夜は深くなかったけれど、きっちり店が閉まっていた。むやみに長時間労働しない。ちゃんと働いてちゃんと家に帰る。それもやっぱり素敵だなあって思ったよ。
【この記事をおすすめ】
耳から伝わるいろいろな音を聞きとります。お客様の来店時のドアの開く音、シャンプー台からもどって来る足音や、遠くでの会話など、店内の状況を把 握するために耳をはたらかせています。アシスタントがあと何分でブローを 終了するのかもドライヤーの風の音の変化でわかります。


