
不思議なできごと【さとゆみの今日もコレカラ/第287回】
1995年3月20日の朝。
19歳だった私は、その日、バイト先からかかってきた電話で飛び起きた。
「ゆみちゃん、いまどこにいる?」
電話口から、社員さんの慌てたような声が聞こえる。
え?うそ!と、時計を見ると、もう9時すぎだ。やばい、完全に寝坊した。集合時間に目が覚めるなんて、何やってんだ私。
「すみません!すみません!すみません!いますぐ向かいます。10時までには着きます。ごめんなさい」
そう言いながら、私は大急ぎで着替えに手を伸ばした。電話口から「ゆみちゃん、家にいたよ」とくぐもった声が聞こえる。多分、他のバイト仲間に伝えたのだろう。
なんてこった。
大学の講義ならまだしも、バイトに遅刻するなんて、初めてだ。
受話器片手にパジャマを脱ごうとしたら、夏でもないのに汗でびっしょりだった。そういえば、ものすごく怖い夢を見ていた気がする。
亡くなった祖父が夢に出てきて、なぜか私の右肩を掴んで離してくれない。そっちに行くな、と何度も言われ、いや行かなきゃ間に合わないと私は前に進もうとし、それを止めようとする祖父が、さらに力をこめて阻止しようとする。肩がちぎれそうだ。
夢の中で祖父と格闘してたから、寝坊したんだ。祖父のことは大好きだったけど、舌打ちしたい気持ちになる。
ところが、焦って今から向かいますと言う私を、バイト先の社員さんが止めた。「今日は、来なくていいから」と言う。「へっ?」と聞き返すと、「テレビつけて」と言われる。「うち、テレビないです」と答えると、あ、そっかと小さい声が聞こえ、「あのね、地下鉄で事故があったらしいの」と、その人は言う。
なんでも、霞ヶ関のあたりでたくさんの乗客が倒れているらしい。私は今日、丸の内線茗荷谷駅から、霞ヶ関で乗り換えして日比谷線でバイト先の恵比寿まで行く予定だった。だから、事故に巻き込まれているのではないかと心配して電話してきてくれたと言う。
「家を出てなかったんなら、本当に良かった。今日は休んでいいから。電車、乗っちゃダメだよ」と、その人は言って電話は切れた。
そのときは頭が???だったが、あとでわかる。
のちに、地下鉄サリン事件と呼ばれる事件だった。
電話を切った私は、釈然としないまま、でもまあいずれにしても着替えはしようと服に手を伸ばし、鏡に映った自分の身体を見てギョッとした。肩に、青あざの様なものがある。よく見ると、5本の指の跡のようなものがどす黒く残っている。
……おじいちゃんだ。
おじいちゃんが、引き止めてくれたんだ、と思った。
私は、急いで母に電話した。そして、ことの顛末を話しておじいちゃんのお墓参りに行って、お礼を伝えてとお願いした。
その痣は、徐々に薄くなり、一週間ほどで消えた。
私の身に起きた、もっとも不思議な出来事。
お盆の頃になると思い出す。
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もしまた夢で母に会ったら、伝えられるだろうか。

