
誰もが「私語り」をする時代に、プロは何を書けばよいのか【さとゆみの今日もコレカラ/第301回】
昨夜、さとゆみビジネスライティングゼミのアドバンスコースの講義があり、エッセイ投稿サイト「かがみよかがみ」編集長の伊藤あかりさんにゲスト出演してもらった。
あかりさんに話をしてもらうのは4回目だったのだけれど、事前に資料のパワーポイントが送られてきたとき、あら、と思った。昨年までの内容と、後半部分ががらり変更されていたからだ。
「かがみよかがみ」は、あかりさんが記者時代に感じた違和感が根っこにある媒体だ。
新聞記者や『telling,』のライターをしていた時は、相手にマイクを向け、喋ってもらったことを記事にしていました。でも、私が聞きたかったのは、マイクを向けられたから出てくる言葉じゃなくて、若い女性たちの本当の声だと気づいて。
だから、一般の女性たちによる「エッセイ投稿サイト」として「私」を主語に語る文章を掲載している。
そして、昨年までの講義では、その「私」にしか書けない文章をどのように書くか。テーマをどうするか。エピソードをどう書くか。そんな話をしてくれていた。
……のであるが。
昨日のあかりさんの話は、その部分が「枕」になっていて、その前提の上で新しい問いが立てられていた。
「では、誰もが『私語り』するようになった時代に、プロの物書きは何を書くべきか」
奇しくも、この問いは私が自分のエッセイ講座で、最初に参加者に投げかけている問いと全く同じだった。
私はあかりさんと2017年に出会った。ライターだった私に「telling,でコラムを書いてみませんか?」と誘ってくれた方だ。そして、私が初めて挑戦した連載コラムの担当編集者をしてくださった。
その後、あかりさんは「かがみよかがみ」を立ち上げ、私は私でtelling,以外の場所でもエッセイやコラムを書くようになった。それぞれの場所でSNSの成熟(崩壊?)や生成AIの台頭を経験し、「自分にしか書けない文章」とはなんぞやを考えてきた。
そして、同じ問いを持つようになった。
「誰もが『私語り』するようになった時代に、プロの物書きは何を書くべきか」
記者出身のあかりさんと、ライター出身の私の課題感はそれぞれ違ったし、この問いに出会うまでの道筋は違ったけれど、いま、同じ交差点で同じ問いを抱えて再会した。そんな感じ。
あかりさん自身にも結論の定まっていない問いについて、この講義で一緒にみんなと考えたいと投げてくれたボール。私たちは昨日1時間半、このボールを投げ合っこして、いろんな可能性を話し合った。私語りの先に、社会との接点を持つために、どうすればよいか。
おそらく、数年、数十年単位で考え続けられる問いであろうと思う。
私たちの暫定解は、またいつか。
✳︎「今日もコレカラ」は毎朝7時に更新し、24時間で消滅します。今日もこれから良い一日を。
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【この記事をおすすめ】
私が10本書くより、10人が書いた10本を編集したほうが早いですよね。当時は「思想をばらまく」っていう言い方をしていて。


