
「誰かの回復の物語が生きる力になる」 soar 工藤瑞穂さん モリジュンヤさん
昨年12月22日に2周年を迎えたウェブメディア「soar(ソアー)」。
障害者、難病患者、LGBTなど、「社会的マイノリティ」と呼ばれる人たちの取材を主にする媒体にもかかわらず、その普遍的な回復の物語は多くの読者に届き、生きる力を与えている。twitterに拡散された記事の感想を追うと、「悩んでいるのは自分だけではないとわかった」「もう一度頑張れる勇気をもらった」といった言葉が並ぶ。
現在、メディアに訪れるユニークユーザーは約30万人。何度もリピートして同じ記事を読む読者が多いのも特徴だ。読者同士が交流するイベントの場でも積極的な対話が生まれている。 多くのメディアが割拠する中で、静かに、でも深くあたたかく読者との絆を作ってきたsoar。
今回は、soarが生まれたきっかけから、この媒体を通じて実現したい世界について、編集長の工藤瑞穂さんと理事のモリジュンヤさん夫妻にお話を伺った。
第1章 震災。原発。意見を言わないことは弱さにつながる
__今日はよろしくお願いします。ご夫婦で取材を受けられるのは初めてなんですね。
モリジュンヤさん(以下、ジュンヤ) 意外とそうなんですよね。よろしくお願いします。
__今日は改めて、soarの成り立ちや今後についてお伺いできればと思います。まずはsoarが生まれたきっかけから教えてもらえますでしょうか。
工藤瑞穂さん(以下、瑞穂) その話、どこまでさかのぼりましょう?(笑)
____どこまででも大丈夫ですよ。
瑞穂 私の幼少期の最初の記憶は、野口英世とキョンキョンでして……。

____それはずいぶんさかのぼりましたね(笑)。じゃあ、ぜひ、そこから聞かせてください。
瑞穂 6歳ぐらいの時に伝記で読んだ野口英世に憧れたんですよね。自分の身を投げうって弱い立場にいる人のために生涯を捧げる人生って、めちゃくちゃかっこいいなと。将来はこんな人になりたいと思っていたんです。
その一方で、キョンキョンのことも大好きで、テレビを見ながら歌って踊って。ピアノやクラシックバレエを習ったのも、その影響があったと思います。中学から大学まではストリートダンスにハマりました。

____あれ? ご出身どちらでしたっけ。
瑞穂 青森です。毎晩、終電間際までダンスを練習していましたね。私にとってのダンスは、単に踊るだけではなく、自己表現ができる手段だったのだと思います。
大学生になってクラブでダンスショーをするようになると、これまでの学校生活で出会ってきた人たちとは違う境遇の人との出会いもありました。
クラブに通っている人たちの中には、精神的に不安定でお酒や異性に依存してしまう人もいたし、家庭環境や学校生活に悩みを抱えている人もいました。でもみんな、踊ったり歌ったりしている時は自分を表現できる。ラップの歌詞にのせれば、自分の不安な気持ちを吐き出したり、世の中に対する主張もできるんですよね。次第に踊るだけではなく、イベントを企画するようになって、ダンスを通じて仲間がどんどん増えていきました。
とはいえ、就職の段階になったら、ダンスを仕事にすることは考えられなかったんですよね。なので、そこは野口英世に憧れた初心に戻って(笑)、仙台の日本赤十字社に就職することにしました。そこで7年間、ずっと献血の仕事だけをやっていたんです。
____そのお話は初めて聞きました。
瑞穂 私は7年間、献血部門にいたんです。大きな組織のなかでは難しいことが多く、小さい頃に思い描いていたような仕事はなかなかできず、葛藤も多かったです。
____東日本大震災のときは、東北に?
瑞穂 まさに、仙台の赤十字で働いていたときでしたね。揺れたときのことは、はっきり覚えています。震災のような非常時でも、世の中にはその血液を待ってる人がいますから、仕事を滞らせるわけにはいかず、みんな必死でしたね。

瑞穂 ただ、そんな非常事態でも、私の部署はあまりやることがなかったんです。部署によっては支援物資を被災地に届けたり、病院で緊急対応にあたる人たちもいましたが、私は「赤十字で働いているのに全然役に立てていない」と、自分の無力さばかりを感じる毎日でした。
__渦中にいたからこそ、その思いがより強く感じられたのでしょうね。
瑞穂 その頃は、よく通っていた仙台のクラブも全部休業していました。この状況で音楽やダンスをするなんて不謹慎だという雰囲気があって、クラブを運営している大切な仲間たちの仕事場もなくなろうとしていました。そんな中で、何か私たちでもできることはないかと思って始めたのが、クラブでのチャリティイベントと支援物資を集めて被災地に届けるだったんです。
アメブロを開設して支援物資を募集したら、びっしりメッセージが書き込まれた手紙と一緒に家の床が埋まるくらいの物資が全国から届きました。そのときもクラブの人たちが倉庫がわりにお店を貸してくれて。その物資を毎月被災地に届けるうちに、地元の人たちと仲良くなって、じゃあ避難所で踊らせてもらえませんか? と、体育館を借りてタップダンスやライブをさせてもらうようになったんですよね。

瑞穂 この頃の東北は、今では考えられないくらいの不思議な一体感があったんです。いつもこうだったらいいのにというくらい、みんな自主的に動いて、前向きだった。だから、こういった活動ができたんだと思います。 ライブに参加してくれる人たちは、おじいちゃんやおばあちゃんが多かったんです。本当に楽しかったと言ってくださり、避難所が解散するときはわざわざお礼のお電話をくださったりしました。
____それは、赤十字の仕事を続けながらやっていたんですか?
瑞穂 赤十字には内緒で、プライベートの時間にこそこそやっていました(笑)。
2011年の秋ぐらいになると、避難所もだんだん解散しはじめて、仮設住宅への移住が始まっていくんです。その頃には、自分の関心も少しずつ、緊急支援から福島の原発問題などに向かっていきました。
きっかけは、知り合いの住む家が避難区域になってしまったことです。彼が「大好きだった福島に何の希望も持てなくなってしまった」と言い残して沖縄に移住していった頃から、もっと原発のことを知りたいと思って、デモや講演会に参加するようになりました。
でも、そういう場にきているのは「子どもや孫たちのために声をあげなきゃいかん」と言うおじいさん、おばあさんが多かったんです。彼らが必死に守ろうとしてくれる私たち若い世代の人間は、何も知らない。そんな状態でいいのだろうかと思うようになりました。

瑞穂 それで、また仲間たちと一緒に、福島の支援につながる勉強会をすることにしたんです。最初はクラブで。規模が大きくなってからは、お寺を解放してもらって、みんなで社会貢献につながるフェスをしたりもしました。
__どんな方が集まったんですか?
瑞穂 その時は、ダンスや音楽がフックになっていたので、若い人たちがたくさん参加してくれました。そのとき若い人たちからよく聞いたのは「震災や原発について、怖くて自分の意見を言えなかった」という言葉でした。彼らは、意見を言える場を得て初めて、自分の言葉を人に伝え、その価値観を分かち合うことができたんです。その様子を見て、私、「人はちゃんとみんな意見を持っているんだ」と思ったんですよね。
このときの勉強会やフェスで私が感じたことは、言葉にするならば「対話の価値」のようなものでした。

そして、もうひとつ気づいたことがあったんです。それは、自分の意見を伝えないということは、「弱さ」につながる場合もあるということです。 例えば震災前、私たちは原発に対して何も意見を持っていなかった。ちゃんと自分たちの意見を伝えていたら、何か状況は変わっていたかもしれません。
ひょっとしたら、今の世の中は社会に対して何かを考えなくても生きていけるのかもしれないけれど、でも、意見を持たないということは、大きな力に飲み込まれてしまう危険性もある。
だったら、みんな自分の意見を言えたほうがいいし、小さくても自分ができることをしたほうがいい。一人ひとりに社会を変える力があるということを、伝えたいなあと思ったんですよね。
__ジュンヤさんは、こういった話は瑞穂さんからすでに聞いてらっしゃるんですか。
ジュンヤ はい、散々聞いていますね(笑)。

ジュンヤ 僕が瑞穂と出会ったのは、co-ba(※)のイベントだったんです。当時は「お寺でフェスをやっている人」という印象でした。
瑞穂 実は、お寺でイベントやったあと、私、赤十字をやめて上京したんですよね。 そのときは、もっと自分が考えたことで社会に働きかけるような仕事がしたいと思っていたところだったので、辞めちゃえ、と。
__それは思い切った決断でしたね。そして、上京を?
瑞穂 はい。2014年の2月のことです。当時読んでいた駒崎弘樹さんの『「社会を変える」を仕事にする』や、西村佳哲さんの働き方の本などに影響を受けて。

瑞穂 それまで、自分自身が何かを生み出したり、仕事を作ったりすることは考えてもいなかったのですが、寺フェスをやったことで、ひょっとしたら「自分が考え出した仕事で生きていけるかもしれない」って思ったんですよね。
___いまお話を聞くと、社会課題的な問題意識を持って上京してらっしゃったように思うのですけれど、そこからsoarのような媒体を立ち上げることになったのは、どうしてなんでしょうか。ちょっと切り口が違いますよね。
瑞穂 そうなんですよね。それはもともと野口英世の憧れたのもあって、社会というよりは人間に関心があったんですよね。少しでも弱い立場にある人を助けたいという気持ちが最初にあったので。

瑞穂 そんなときに、ジュンヤくんが、メディアのプランを聞かせてくれたんです。
ジュンヤ そのあたり、ちょっと整理してお伝えしますね。
瑞穂のことでいうと、東京に出てきてから、一時期ちょっとモヤついてたんですよ。
※co-ba 株式会社ツクルバが運営するシェアワークプレイス。震災直後にオープンし、東北にも数箇所の拠点を置く。
第2章 「はっ! それが私のやりたいことだ」
ジュンヤ 東京に出てきてから、彼女は彼女でいろんな場所に出入りして、ワークショップのファシリテーターをやったり、リサーチの仕事をしたりしていたんですよね。

瑞穂 最初は収入が月に1万円くらいでした(笑)。
ジュンヤ 2年くらい、いろんな人に会ったり本を読んだりして、瑞穂なりに考えている時期があったんだと思います。たぶん、仙台から上京したときとは関心も少しずつ変わりながら。
瑞穂 私が今まで出会った人たちが打ち明けてくれた話が、この頃にちょっとずつ、からまりあってきたのかもしれないです。
男友達から「僕、本当はお嫁さんになりたいんだよね」と言われたこと。とても人当たりのいい素敵な子なんだけれど、発達障害で数が数えられずどんなバイトもクビになってしまうこと。両親ともに障害を持っていて自分の夢を実現するのが困難なこと。子どもが障害を持って生まれてきて、自分が死んだ後はどうしていくのか今から悩んでいること……。

瑞穂 なかでも、身近な人が統合失調症になり、精神病院に入院してしまったことは、私にとって大きなできごとで、「こうなる前に、私にできたことはなかったんだろうか」と、長い時間考えました。
それは、今までやってきたようなフェスとはまた違ったアプローチなんだろうなと思って。フェスをやると、笑っている人がたくさんいるんですけれど、笑えない人たちもいるよなあ。そもそもフェスにも来れない人たちもいるよなあって。
ジュンヤ そうやって瑞穂が「自分がやるべきことが何か」と考えてる時期に、僕は僕で、そのテーマに対して別のアプローチを考えていました。僕は、LGBTや障害をもった人たちなど、いわゆる社会的マイノリティと呼ばれる人たちを横断的に紹介できる媒体を作れたらいいんじゃないかなあと考えていたんです。2014年くらいからですかね。
社会的マイノリティと呼ばれている人たちって、それぞれコミュニティを持っているのですが、どうしても大きくはないんです。ただ、その活動を外から見ると、みんな同じような社会の実現にむかって動いているんですよね。
でも、当事者の人たち、例えばLGBTの人たちは、自分たちと身体障害の人たちが同じような社会の実現に向かっているとは気づいていないなあという気がして。それがすごくもったいないと感じていました。

ジュンヤ ロンドンではオリンピックの開催に合わせて、そういった社会的な整備がされていったと聞いていましたし、おそらく日本でも2020年にむかって関心が高まるテーマだろうと。パラリンピックだけで終わるのではなく、社会的マイノリティ全体にちゃんと光をあてることができる媒体があったら、メディアとして価値があるのではないかと思ったんですよね。
まだアイデアベースでしたけれど、周りの人たちに「こういう媒体をやりたい」と相談したら、わりといい反応が返ってきていたので、実行すべきかもしれないと思っていたんです
__ジュンヤさんがそれまで関わってらしたgreenz.jpやTHE BRIDGEなどの媒体で取り上げていくということと、新しい媒体を作ることは、何か違いがあったのでしょうか。
ジュンヤ 確かにgreenz.jpのように過去に関わった媒体でもこのテーマを取り上げることは可能でした。ただ、幅広いテーマを取り扱う媒体では、実践者の定点観測が難しいんですよね。

ジュンヤ 例えば、子供の貧困に対して取り組んでいるNPOを紹介するとします。この団体は数カ月おきに新しい取り組みを始めたりしているのだけれど、それを取り上げ続けることがなかなかできない。どうしても「前に紹介したから」となって後回しになり、数年に一度の露出になってしまうんです。
でも、この団体にとっては取材されていない3年の間にも大事なアクションはあるんですよね。そういった活動をフォローできる媒体の作り方ができないかなと。テーマを横断しつつ、一つ一つの実践者の動きをフォローする、そんなメディアを作りたくて。
ただ、周囲に話をし始めてから、実際にsoarを立ち上げるまでには2年かかっているんです。というのも、そのメディアを僕が主体となってやると考えると、求心力もストーリーも弱めだなあと思って。
__ストーリーが弱めというのは、ジュンヤさんにとっての「文脈」みたいなものですか?
ジュンヤ そうです。「こういう媒体があったらいいな」とは思っていましたけれど、僕がやる必然性が弱いなと思って。ちょっとロジックが勝ちすぎているというか。

ジュンヤ メディアは継続しないと価値が出ないですし、すぐにマネタイズできるものでもない。とくにこのテーマは世界観をどれだけ表現できるかが重要なので、継続するための原動力がある人が編集長にならないとダメだろうなと。究極的には、これが仕事にならなくても続けていこうと思える人がいるかどうかにかかっているだろう、と思っていました。それで、しばらく温めていたんですよね。
瑞穂 そうそう。「こういうメディアやりたいんだけれど、誰かいい人いない?」ってジュンヤくんに聞かれたんだよね。しばらく「うーん、誰がいいかなあ」って考えていたんだけれど、突然「はっ! それ、私だ!」って気づいたんですよね(笑)
当時私は、いろんな場所に出向いて困難を抱えている人をサポートする活動について調べていたので、なんとかこの情報を当事者やその周囲の方に届ける方法はないかと考えていました。

ジュンヤ そう。瑞穂はすでにそのテーマについて興味を持っていたし、いろんな人に会って本も読んでいっぱいインプットしているんだから、あとはそれをアウトプットすればいいんじゃないか、と。だから、そのとき初めて「こういうメディアをやりたいと思うんだけど」と相談してみたんです。そうしたら「それこそまさに私がやりたかったことだ」という話になって。
それからは速かったかな。コンセプトとサイトの名前を決めるのにちょっと時間かかったくらいで。
__コンセプトと名前のお話、ぜひ聞かせてください。
瑞穂 最初、あらゆる「生きる困難」について扱うメディアと考えたとき、それを伝えるだけだと、見た人にネガティブな印象しか持ってもらえないなと思いました。
それで、自分だったらどんなときにテンションがあがるのかを考えたんですよね。そうしたら、「今、困難を抱えている人たちが、誰かとの関わりのなかで輝いたりポジティブになれたりする瞬間が、私はテンションがあがるなあ。そんな話なら集められるなあ」って思ったんです。

瑞穂 もうひとつ、社会的マイノリティのための媒体とか、社会に多様性を生み出すというと、すでにそこに関心がある人しか読んでもらえないと思ったんですよね。それをどのようなコンセプトで伝えたら、「これは他人の話ではない、自分たちの話」だと思ってもらえるだろうかということを考えました。
で、困っている誰かがいるから助けようという話だったら、自分の話にはならないけれど、誰でも自分の可能性を活かして生きていきたいと思っているはずだから、そのためにどうするかという話だったら、自分の話として置き換えられるんじゃないかと思って。
ジュンヤ それを瑞穂はずっと、「鳥が飛ぶ感じ」って言っていたんですよね。
瑞穂 そう。ふわっと、ほら、飛び上がる感じ、って。
ジュンヤ で、そこから生まれたのが「soar」という名前。
瑞穂 そういえば、なんで思いついたんだろうね。
ジュンヤ いや、色んな切り口で検索していたから(笑)

瑞穂 あ、そうだったのか(笑)。soarには「鳥が空高く舞い上がる、羽ばたく」というような意味があるんですよね。字面も可愛いし。じゃあ、soarでいこうと。
___以前お二人から、soarを立ち上げる前に「こういったデリケートな話題を取り上げるにはそれぞれの業界の作法があるから、全部の分野を取り扱うなんて無理」と、既存の団体から釘をさされたという話を聞いたことがありました。
瑞穂 そうそう、ありました。専門性の高い分野だから、ひとつのことを深く知るだけでも大変なのに……という感じで。
でも、soarってそもそも、メディアを通じてばらばらに活動していた人たちをつなげることで、大きなムーブメントを起こすことが目的なんですよね。
ジュンヤ 横断的にやることに意味があると考えていたんです。LGBTに関心をもってサイトを訪れてくれた人が、精神疾患についても関心を持つようになるといった発見があることに、soarのようなサイトの存在意義がある。
これまでのメディアは、何かしらの専門的な知識があって、だからこそこのテーマを語るというのが普通だったと思うのですが、物事は複雑に絡み合っているし、横断的にとらえなきゃいけない時代になってきていると思うんです。

瑞穂 いろいろつながっているんですよね。幼いころに家庭環境がよくなかった人が、将来精神疾患になったり、なかなか仕事が続かずホームレス状態になったり。
ジュンヤ だからこちらが専門性を持って発信するというよりは、むしろ教えてもらいつつ、その話を、他の分野の人たちにとってもわかる言語で伝えていかないと、メディアが小さな蛸壺になってしまうなあと。
__メディアにそういう広がりをもたせたとき、「やること」よりもむしろ「やらないこと」を決めることが重要な気がするのですが、soarでは取り上げる人やテーマに対してルールがあるのですか?
ジュンヤ 当事者であればいいとか、当事者支援をしているならなんでも取り上げるという形にはしていません。その取り組みに革新性があるか、クリエイティビティがあるか、新しいアプローチがあるかどうかを基準に考えています。そのストーリーから、他の人が何かの学びを得ることができるかを重要視しているんです。

瑞穂 未来が見える活動であることを重視しています。対処療法ではなくて、根本から課題を解決できているかということを意識して話を聞きに行く相手を決めています。
それ以外にも、デザインやテクノロジーのアプローチが未知の場合や、それらを使った組み合わせが新しいケースも積極的に取り上げます。逆に、盲導犬や親と暮らせない子どものための里親や養子縁組といった昔からある制度でも、若い人たちにあまり知られていない制度を改めて紹介することもあります。

__soarでは、取材で「はじめまして」となることが、あまりないと聞きました。
瑞穂 そうですね。あまりないですね。事前ヒアリングをしたり、イベントに参加させてもらったりしてから、取材に行くようにしています。
__その取材方法と、記事の作り方についてお伺いできますでしょうか。
第3章 インタビューではなく対話のような取材を
__現在、ライターとしてsoarに関わってらっしゃる方はどれくらいいらっしゃるのですか?
瑞穂 10人くらいですね。ライフワークみたいな形で1〜2カ月に1本ペースで書いてくださる方も多いので、人数が多くなっています。
__そういったライターさんたちのスキルを上げる取り組みやクオリティの管理はどのようにしているんでしょうか。
ジュンヤ soarがライターに求めているのは、どちらかというと文章力よりも取材でどれだけいい話を聞けるかなんですよね。文章のクオリティはそこまで高いものを求めているわけではありません。それよりは、聞いた話に対して自分がどう感じたのかをきちんと自分で把握して言語化できることに重きを置いています。

___soarの記事を拝読していると、ライターさんの視点が重要視されているのがひとつの特徴だと感じます。
ジュンヤ それは最初から意図して、そうしてきました。というのも、この媒体にとっては、当事者や当事者支援をしている人たち「ではない」視点が大事だと考えているからです。
例えばLGBTや身体障害のある人の話を聞いていると、「こういうところが大変なんじゃないか?」という疑問がわいたり、「ここに共感した」といった感想を抱くんですよね。その疑問や共感がまさに読者の気持ちを代弁しているわけです。自分の代わりに尋ねてくれるライターの存在が見えることによって、読者と当事者の間に補助線が引かれ、感情移入しやすくなると思っています。

ジュンヤ あと、もうひとつ。これはsoarに限らず今までいろんな媒体で書いてきて感じていたことなのですが、書き手の個性を消すと、メディアに出てくる取材対象者のアウトプットが似てしまうんですよね。
一度メディアに出ると、その記事を見た人たちが次々に取材にいくので、その人が一番注目を集めた一面だけが切り取られてしまいがちです。これがメディアの課題だなあと感じていました。

ジュンヤ だから、soarでは「この人をこう見せたい」といった前提をもって取材するのをやめようと決めたんです。「この取材対象者を、この取材者が取材しているから生まれる話」を大事にしようと。インタビューというよりも、対話に近い取材をしたいと思っているんです。人の多面性に向き合い、対話を通じてその人のストーリーを引き出していきたい。そこで話が聞けたら、他にはない記事が出来上がるはずなんです。
瑞穂 私、思ったんですよね。それまで「ひとごと」だと感じていたことが「自分ごと」になる瞬間って、悩みを打ち明けられたり、その人と友達になったときだったりするなあって。だから読者にも、soarに出てくれる方たちを身近に感じてもらえたらいいなあと思って。
私は、ライターさんにはいつも「自分の友達を紹介するように書いてほしい」と伝えています。「ここで知り合った○○さんのこと、みんなに知ってほしいんです」といった、あなたのフィルターを通した○○さんを見せてほしいって。
__友達を紹介するような感じ、記事を読んでいると、とてもよく伝わってきます。

瑞穂 twitterやFacebookなどで拡散されるとき、記事から本文を抜き書きして拡散してくれる読者さんが多いのですが、インタビュイーの発言じゃなくて、ライターの地の文が書き出されることも多いんですよ。地の文が人気のライターさんもいます。
中には、自分の体験を交えたすごい量のリードを書いてくれるライターさんもいます。それこそ、取材相手と同じくらい腹を割ってカミングアウトして自己開示してくれるライターさんもいる。そういう文章は、長いけれど削らないという選択をするときもあります。そういったライターさん目線の文章があるからこそ、読者が「ひとごと」を「自分ごと」に思えるようになるんじゃないかと考えています。
ジュンヤ 全ての記事でライターの主観を押し出すのがいいとは限らないのですが、「自分はこういう人間で、こういうスタンスだからこう感じた」といった主観があることで、この人の発信を信頼すべきかどうかということを読者がジャッジしやすくなると思うんですよね。

ジュンヤ 海外のメディアでも、最近は書き手の主観を重視する記事が増えているように感じます。それを見ていると、ニュース的な記事でも、人は必ずしもファクトだけを求めているんじゃないんだな、と感じます。
今はちょうどメディアにとっても過渡期なのかもしれませんが、ファクトだけを伝えるのであれば、人が書く必要がなくなるのかもしれないとも言えますしね。
__原稿チェックの基準はあるんですか?
瑞穂 編集方針というか、心得的なことは、みんなで共有しています。一番大事なのは、soarのコンセプトに関わるところですね。「人の可能性を広げているかどうか」。ここはずっと考え続けてくださいと伝えています。
可能性という言葉は、力やスキルみたいなこととはまた違うんですよね。soarで考える可能性とは、その人はもっとよりよく生きることができるんじゃないかということや、社会はもっとよくなるんじゃないかということ。そうできる前向きな力が、人間にはみんなあるはずだから、そこを信じるといった意味での「可能性」です。

瑞穂 ライターさんには、「このプロジェクトは、誰のどんな可能性を開いているかを綴ってください。それはあなたの目線から見えた可能性でいいです」と伝え続けています。
それから、これはsoarを運営しながら追加されてきた価値観なのですが、soarは「回復の物語」を綴る媒体だと考えています。だから、「困難」「選択」「結果」の3つを感情とともに描いてくださいと伝えています。
___回復の物語を、感情とともに、ですか。
瑞穂 そうなんです。この「感情とともに」というのがとても重要なんですよね。例えば、中途で障害や病気になったり、身体の一部を失くされた方に話を聞くとします。そのとき、どんな気持ちだったのか、どんなふうに辛かったのか、どこで転機がありどう考えが変わったのかを遠慮してしまって聞くことができないライターさんもいて、出来事だけを描写してしまうことがあるんです。
けれども、その感情を細かく聞いて書くことではじめて、同じような状況の人が、自分との共通点を見出して重ね合わせることができるんですよね。

ジュンヤ 僕は、その「感情」を描くときの解像度がとても大事だと思っています。何が大変だったのか、どれくらい大変だったのか、それを読んだ人がありありと思い浮かべられるくらいに丁寧に描くことで、その感情に寄り添うことができる。それができている文章は、身体障害者の人の話が書かれていてもLGBTの人が共感できたり、読者が自分ごとに引き寄せることができるんです。
__ライターさんの主観や、取材相手の感情が見えるという特徴とともに、soarのインタビュー記事といえば「長い」というのも特徴ですよね。1万字を超える記事もたくさんある。私はライター仲間と、文字数の単位として「1soar=1万字」なんて使い方をしたりしています。「今日、2soar(2万字)も書いたから疲れた」みたいに(笑)。それくらい「soarといえば長文」というイメージがあるのですが、いまどきのウェブメディアでは珍しいですよね。
瑞穂 それに関しては、オープン前に議論があったんです。私が、3000字? 4000字? そんな短いの、無理無理。最低でも1万字は欲しいって言って(笑)。でも、最初は反対された気がするなあ……。
ジュンヤ みんなだいたい反対していたよね(笑)。

瑞穂 でも、長くしたいと思ったのにはもちろん理由があって、困難を抱えている人たちは、とにかく情報がなくて困っているので、少しでも詳しい情報がほしいはずなんです。そして、当事者の方の経験や感情を丁寧に描くことによって、どこか一部分だけでも「あ、これは私の感じたことのある気持ちだ」と思ってもらえる場合もある。
個人へのインタビューだけでなく、施設や活動について記事を書くときは、しっかりフィールドワークをします。以前リサーチを仕事にしていた観点からいっても、ひとつの施設を紹介するときに、代表者だけではなく、そのサービスを受けている人、そこで働く人など、いろんな意見を聞いて、その活動を多角的に見る必要があります。そしてそれを、ドキュメンタリーのように、まるでその場に行ってそこで起こるドラマを体験したように感じてもらえる書き方が大事だと思っていて。
ジュンヤ soarのインタビューって、文字起こしをすると4〜5万字になるんですよ。それを3000字や4000字にまとめようとすると、軸はこれだから、このへんのエピソードはカット、となってしまう。そうすると、先ほど言ったように、ピックアップされる部分が画一的になってしまうなあと。だから僕も、長くなるのは必然かなと思っていました。
__soarは、読者をちゃんと信頼している媒体だなと感じます。長くても大切な話はちゃんと最後まで読んでくれるはず、という読者への信頼を感じます。太字強調もないですよね。
瑞穂 そうですね。自分にとって大切な部分は、読者の方が自分で探すべきことなのかなと思っていて。人の主体性を信じたいという気持ちがあります。

ジュンヤ たくさん読める、すぐ読める、わかりやすい、といった文章が今のウェブメディアには多いですけれども、それだと、複雑な話や、長い分量じゃなくては伝わらない話が、全部流通しなくなってしまいますよね。
例えば雑誌には「ついてきてくれる人だけついてきてくれればいい」という、はっきりとしたコンセプトや姿勢がありますよね。もちろん、媒体なので読んでもらわなくてはいけないんですけれども、ウェブメディアも、それくらいの世界観を打ち出すものがあってもいいんじゃないかと。全部が全部、読者に迎合するメディアばかりじゃなくていいと思って。
__今の話にもつながるのですが、soarはほかの媒体に比べて、媒体の方針であったり、編集スタッフの想いのようなものを、多く発信されているメディアだなと感じます。
瑞穂 soarの目的は、「価値観を広めること」なんですよね。誰もが自分の力を生かせるような世の中であってほしいし、多様な人が生きやすい社会だったらいいよねといった価値観に共感する方には、どんどんその未来に参加してもらいたいと思っています。
私たちはNPO法人なので、「誰もが自分の可能性を活かして生きる未来をつくる」というビジョンを実現するために存在しています。だから、そのゴールに向かっていくためのプロセスが、メディアの上にずっとあるという考え方なんです。

ジュンヤ いってみれば、やりたいのは社会運動づくりなんですよね。でも、今まで言われてきた社会運動とは違う。ムーブメントを作るというイメージなんです。
__そのための手段がメディアであって、メディアが目的ではないということですよね。
瑞穂 そうそう。
__ここからは、そのsoarというメディアの先にある、目的や価値観の共有について聞かせてください。
第4章 「弱さの共有」ができる社会をめざして
__先ほどジュンヤさんが「社会運動づくり」とおっしゃいましたが、ここからは、メディアがスタートしてから、それを広めて、コミュニティを作り、社会運動にしていく段の話を伺えますでしょうか。
瑞穂 メディアをスタートする前に、マイメディア(私のメディア)にするかどうかという話があったんです。でも、私はこのメディアを絶対にメジャーにしたいと思っていたんですよね。メジャーになって、「人にはいろんな可能性がある」という価値観が広まらない限り、世の中は変わらないと思っていたので。
__では、サイトを大きく育てて、NPOにすることは、オープン当初から視野にあったんですね
ジュンヤ そうですね。ただ、最初からクラウドファンディングをやって資金調達するとか、NPO法人にするといったことはやらないと決めていました。そういった「箱」を作るのは、「これは世の中にとって必要である」と確証が持ててからでいいね、と。
これは「スタートアップからプロジェクトの時代へ」といった価値観の転換の話でもあるんですが、最初からスタートアップで資金調達しますではなくて、まずはプロジェクトとしてスタートして手応えがあったらスタートアップにしようという順番がいいなと。

__soarはイベントも多いですが、リアルな場での接点を大切にするというのも、オープン当初からの構想ですか?
瑞穂 そうです。寺フェスをやっていたころから、みんなが参加して意見を言える「場」を作ることは大事だと思っていたので、そういった場を作れるようにしたいという気持ちがありました。だから、メディアの運営だけじゃなくて、メディアに集まる情報や人のネットワークを、いかに社会に使ってもらえるかを最初から考えていたんですよね。
実際、ここまで読者や寄付会員のみなさんと仲の良いメディアはめずらしいのではないかと思います。うっかり、読者の人を「メンバーだったっけ?」と思うくらい(笑)。これはsoarがとにかく対面で話すことを意識しているからだと思っています。月に1回、私たちの活動を話す説明会と、ゲストの方が登壇してくださるイベントと、私たち自身がいろんな場所に講演しにいったり。

ジュンヤ メディアとイベント、両方あることで、連動しながら両方アップデートできるんですよね。記事を出してこんな反応があったから、このテーマのイベントをやろうということもありますし、イベントに来てくれた人たちが「今こんなことが気になる」といったことで、じゃあそこに取材にいってみようということもありますし。
__イベントはどんな雰囲気なんですか?
瑞穂 メディアと変わらないですねって、よく言われます。soarを読んで感じていた世界観とイベントで感じる空気感が、近いんだと思います。
__それはすごいことですね。
ジュンヤ soarの読者向けのイベントって、「ああ、こういう世界を作りたいんだな」ということがぱっと感じられる空間なんですよね。この「感じられる」というのがすごくて、理解するとは違って肌で感じるんですよ。

ジュンヤ 例えば、イベント会場をぱっと見ただけで、いわゆる「健常者」であることが逆にマイノリティに感じられるような空間になっていることが多いです。その中でみんなが自己紹介するのを聞いていると、自分が何かをカミングアウトすることが大したことじゃないと思えてくる。みんな、何かしらの困難を持っているという気持ちになれるし、そうだとしても、ここであれば受け入れてもらえるという空気があるんですよね。これがすごいことだと思っています。
瑞穂 印象的だったのは、あるイベントのゲストが、うつ病患者の方だったときのことです。そのとき、ものすごく調子が悪かったんですよね。でも、その調子の悪いまま登壇して「今日はへろへろでーす」と自分の体調を共有した後にトークしていて。そういうのを見ていると、登壇者だとしても「調子が悪かったら無理せずそのままでいていいんだ」って、参加した人は気が楽になるんだと思うんです。
実際、精神疾患のある読者の人たちも、「soarのイベントは調子がよくないときでも来られる」と言ってくれたりするんですよね。今日は人とコミュニケーションする気持ちになれないという人には端っこのほうに席を用意したり、自己紹介などの輪に加わらなくても大丈夫というルールをつくったりもしています。
ジュンヤ 僕はそういった「弱さの共有」って、とても大事だと思っているんです。人はなぜか、常に万全の状態である前提でコミュニケーションをとるべきだというふうになっていますけれど、絶対にそんなはずないんですよね。睡眠不足の人もいるし、昨日フラれた人だっているかもしれない。その調子の悪さや弱さを共有できることはいいことだし、自分がどんなことが苦手なのかを伝え合って共有できれば、お互いがお互いを補い合って助け合うことができると思うんです。

瑞穂 「弱さの共有」って、soarのメンバーの中では頻繁に話すテーマなんです。
最初にこの「弱さの共有」という考え方に出会ったのは、「べてるの家」という場所に行ったときのことです。そこは精神疾患のある人たちがともに暮らしたり働いたりしているところなんですが、コンセプトが「三度の飯よりミーティング」。とにかく、常に自分の状態をみんなで共有し合うそうなんです。
べてるの家の人たちってきっと、自分が抱いた違和感に敏感で素直なんじゃないかなと思います。大抵の場合は「この人嫌いだな」と思っていても、我慢して一緒に仕事しますよね。それができない人にとっては、今の社会はとても生きづらいと思います。でもべてるの人たちは、何よりも気持ち悪いことをそのままにせず、仕事の前にとにかくケンカだ、揉めてもなんでもいいからとにかく話そうって感じらしいんです(笑)。
__どこにあるんですか?
瑞穂 北海道の浦河町です。もう、日本中のすべての人に、一生に一度は行ってほしい場所ですね。そのべてるの家を作った向谷地生良さんがやっているのが「当事者研究」という方法です。人は病気を治そうと思うとやる気を出せないんだけれど、自分で自分を研究しよう、自分の病気に自分で名前を付けようというワークをすると、前向きに取り組むのだ聞きました。

瑞穂 私が行った時は、ある統合失調症の人が「自分は人間が鬼に見えるんだけれど、なぜか『鬼のパンツはいいパンツ〜』という歌を歌うと、鬼が減るんです」という研究成果を発表していて、会場にいる全員で鬼のパンツの歌を歌っているところでした(笑)。
そこでは、病気になったことが理由で、社会や人との関わりだったり、人間だったら本来するはずの苦労がどんどん奪われていくのはよくない。その苦労を取り戻そう。そのためには、まず自分たちの弱い部分や恥ずかしい部分を共有することから始めようという考え方なのだと思います。だから、「今日、めっちゃ調子悪いです」「やる気出ません」といったことも話してから1日をスタートするそうです。

ジュンヤ さっき、soarの原稿の中で、書き手の感情を伝えることを大切にしていると話しましたけれど、あれもやはり、弱さの共有なんですよね。リード文や締めの文章で、自分をさらけ出すことができていると、受け手はこの人のことを信頼できると思うんだろうなと。そういう弱さや、脆さ、自分の内面を出せるような空気を作っていくほうが、きっと生きやすい世の中になるんじゃないかと思っていて。
瑞穂 私、この「べてるの家」を作った向谷地さんが書かれた書籍のタイトルに衝撃を受けたんですけれど、『安心して絶望できる人生』というタイトルなんです。これ、すごくないですか? すごいですよね。

瑞穂 人って、小さいときから失敗しないように人に迷惑かけないように教えられて生きていると思います。でも、本当に大事なのは、失敗したとしても必ず助けがあると思えたり、自分は助けられるべき存在だから必ず誰かが助けてくれると信じられることだと思います。
soarは、そんな存在になりたいんですよね。悲しいことや辛いことがあってもいい。必ず受け止めてくれるクッションがあるから、一旦は絶望したっていいんだ、大丈夫だよ、という状態を作りたい。なにか困ったことがあっても、soarがクッションになり、必ず誰かがサポートしてくれる。そんな状況になったらいいなって。
__いま、そうなりつつあるのではないでしょうか。これは私の勝手な想像なのですが、soarってストック記事(過去の記事)のアクセスが多いのではないかと想像しているのですが。
瑞穂 その通りです。同じ記事を何度も何度も読み返して、お守りのようにしてくれている人もいます。何か、困難にぶつかった友達に対して「soarにあるあの記事を読むといいよ」と伝えてくれる人もいて、そういう話を聞くと、嬉しいなあと思います。

__そのお話を聞くと、すでにsoarが「安心して絶望できる社会」のセーフティネットを担っているように感じます。
最後の質問なのですが、いま、soarで扱っていないテーマで、今後取り組んでいきたいと考えていることはありますか?
ジュンヤ ひとつ、「分断」というキーワードと、どう向き合っていくかは、これからsoarが考えていかなきゃならないテーマだと思っています。
たとえば、この前の保毛尾田保毛男問題での意見の対立もそうですし、トランプの当選でわかった都市部と地方の断絶の話もそうだと思うのですが、これまで可視化されてこなかった「分断」が、いまここにきて見えてきてるわけですよね。リベラルな考え方をする人と、保守的な考え方をする人とが話し合う場を、どうオーガナイズしていくかというのは、これからのメディアが抱える課題のひとつだと考えています。
__その対話をsoarの中で行うときは、かなり大きな変化が起きそうですね。
ジュンヤ いまのsoarの世界観を崩さずに、対立構造にあるものをどう扱うかというのは、考えていかなきゃいけないでしょうね。難しいだろうなあと思いつつ、でも避けて通れないことだと思うので。
__これからのsoarも楽しみにしています。長時間ありがとうございました。文字起こししたら、7soarくらいありそうです。
ジュンヤ ありそうですね(笑)。
瑞穂 今日はありがとうございました。

(完)
撮影:中村彰男
取材:綿谷翔 佐藤友美
文:佐藤友美

工藤瑞穂
NPO法人soar代表理事・ウェブメディア『soar』編集長 1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒、青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。仙台の日本赤十字社で勤務中、東日本大震災を経験。震災後、「小さくても、わたしはわたしにできることを」をコンセプトに、仙台で音楽・ダンス・アート・フードと社会課題についての学びと対話の場を融合したチャリティーイベントを多数開催。地域の課題に楽しく取り組みながらコミュニティを形成していくため、お寺、神社、幼稚園など街にある資源を生かしながら様々なフェスティバルを地域住民とともにつくる。2015年12月より、社会的マイノリティの人々の可能性を広げる活動に焦点を当てたメディア「soar」をオープン。2017年1月に「NPO法人soar」を設立。イベント開催、リサーチプロジェクトなど様々なアプローチで、全ての人が自分の持つ可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指している。

モリジュンヤ
inquire Inc. CEO、NPO法人soar副代表。『greenz.jp』副編集長、『THE BRIDGE』編集記者を経て、inquire Inc.を創業。ライティングを学び合うコミュニティ『sentence』等を運営する他、『マチノコト』など複数のメディアブランドの運営に携わる。IDENTITY Inc. 共同代表、NPO法人マチノコト理事。


