『ブルーピリオド』山口つばさ先生、『BEASTARS』板垣巴留先生…あの人気マンガ家たちが“あの曲“を描く!?話題のYouTubeチャンネル「EGAKU」が生み出す絵と歌の共鳴
――あの『ブルーピリオド』の山口つばさ先生がポルノグラフィティの「月飼い」を、『BEASTARS』の板垣巴留先生がCharaの「PRIVATE BEACH」を、『海が走るエンドロール』のたらちねジョン先生が女王蜂の「FLAT」を……自身がお気に入りだという一曲のために一枚の絵を描く。
「EGAKU -draw the song-」(以下「EGAKU」)は、2021年10月にYouTubeチャンネルを開設。マンガ家、イラストレーター、アニメーターなど絵のプロフェッショナルたちがお気に入りの一曲を一枚のイラストで表現するまでの制作過程を発信している。
絵が完成するまでの様子はもちろん、制作過程でさりげなく映る先生方のネイルやアクセサリー、さらには作業机に無造作に置かれている画材、本棚にズラッと並ぶマンガや小説。それら全てが先生方の創作活動の源泉であるに違いないと、月に100冊以上マンガを読む私はオタク心をくすぐられる。
チャンネルに投稿されている動画はどのように撮影しているのか? いや、そもそも誰が運営しているのか?……と、聞きたいことが山ほどあった私は思い切って「EGAKU」に取材を申し込んでみた。
その結果、「EGAKU」の正体はなんと日本の音楽シーンを牽引し続けるソニー・ミュージックエンタテインメントと気鋭の映像制作集団zonaであることが判明。
今回は、「EGAKU」の仕掛け人であるソニー・ミュージックエンタテインメントの原田絵美さん、そして動画制作を担当するzonaの代表・狩野嵩大さんとディレクター・区美珊さんの3人に制作の裏側についてじっくりと話を伺った。
(聞き手/マンガライター・ちゃんめい)
テーマは旧譜の活性化「EGAKU」に込めた想い
――最近では、『ブルーピリオド』の山口つばさ先生がポルノグラフィティの「月飼い」を、『カッコウの許嫁』の吉河美希先生はORANGE RANGEの「以心電信」を描いていましたね。あの有名なマンガ家の先生方がこの名曲をこう解釈したのか……!と大感激でした。
狩野:ありがとうございます。「EGAKU」は、出演者ご自身に好きな曲を選んでいただくことを大事にしているんです。こちらが指定するわけでも、出演者が描きやすい曲でもなく、好きな曲。
――出演者にお好きな曲を選んでいただくというのはどなたの発案だったのでしょうか。
狩野:「EGAKU」を立ち上げた原田さんです。でも、この運用は調整が複雑でいつも本当に大変そうだなぁと。
原田:まず、出演者が決まったら楽曲の候補をいくつか出してもらうのですが、それらが弊社の楽曲がどうか確認して。もし弊社の楽曲だったとしても、アーティスト側の事情で使用できない場合もあるんですよね。そういった確認、許諾を何往復もするので実際にやってみて意外と大変だなと感じています。
原田:同僚たちからも、それはどう考えても大変でしょって言われるので(笑)。実は私はまだ音楽業界での経験が浅いのですが、そんな私だから思いついた案なのかなと。おそらく音楽業界が長い方なら、あらかじめ曲やお題を決めておいて、その設定で絵を描いてくれる人を探すかもしれませんね。
――マンガ好きとしては「あの先生がこの音楽を選ばれたのか!」と、選曲の時点ですごく高まります。
狩野:“自分が好きな作品を描いている人の好きなものは好き”じゃないですけど、「EGAKU」はこの現象がうまく作用しているなと。例えば、山口つばさ先生のファンがこの動画を見た時に、先生が創作をする上で栄養にしてきたものってなんだろう?って気になると思うんです。山口つばさ先生が選んだ好きな曲、そしてさりげなく映る机周りや動画の最後に登場するフクロウなどが相乗効果を生んで、よりファンの心を掴む良い動画に仕上がっているなと感じています。
――なぜ、原田さんは先生方に好きな曲を選んでいただくことにこだわったのでしょうか。
原田:好きな曲がモチーフなら、先生方に楽しんで描いていただけるのではないかなと。結果的にも良い絵が出来上がるだろうなと思ったんです。
――そもそも、「EGAKU」はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
原田:「EGAKU -draw the song-」は社内公募で応募して、そこで採択された複数のプロジェクトのうちの一つなんですよ。
――このプロジェクトを思いついたきっかけはなんだったのでしょうか。
原田:まず、私のプロジェクトのテーマが「旧譜の活性化」なんです。ストリーミング時代の到来で、今は新譜も旧譜も一緒に聞けるようになりましたよね。古い楽曲のなかにも、今の子に刺さる良い曲がたくさんあるので、それを聞いてもらえるような企画にしたいなと。
――確かに、今の若い世代にとって旧譜は新曲になりえることも。
原田:まさに。これは私も転職してから知った音楽業界の常識ですが、CMの楽曲やドラマやアニメの主題歌は、基本的には全部そのために書き下ろしされた新譜を使うんです。でも旧譜にも良い曲がたくさんあるのになんで旧譜を使わないんだろう? と疑問に思っていたんです。
――旧譜を使うと、会社やアーティストにとってどんなメリットがあるのでしょうか。
原田:会社としてはやっぱり売上の面ですよね。新旧問わず、商品が一つでも多く売れることは良いことですし。アーティストにとっては持続可能なサイクルが生まれると考えています。例えば、新譜を出すと、宣伝したり取材を受けたり…….曲を売るためにプロモーション活動をする必要が出てくるんですよね。けれど、旧譜が活性化することで、本人が動かずとも曲だけは売れ続けているというサイクルが生まれるんです。プロモーション活動も大切な仕事ですが、人が稼働しなくても曲が売れているという状態はアーティストにとってもすごく良いことだろうなと。
――公募ではどんな点が評価されて採択されたのでしょうか。
原田:ただ動画を作るだけではなく、最終的にはプロフェッショナルたちが描いた絵が残る……イラストという副産物が生まれるところが評価されました。イラストを元にグッズ化はもちろん、展覧会などそこから新たな広がりが生まれますから。
最初はスタジオで撮影しようと思っていたけど……
――私はマンガが大好きなので、先生方の仕事場が覗ける撮影カットに毎回感激です。動画の構成・編集が現在のフォーマットに辿り着くまでの道のりを教えてください。
原田:テーマとなる楽曲はフルで流す、そしてその尺に収まるようイラストが完成するまでの様子をダイジェストにするところだけ最初から決まっていて。細かい構成・編集はzonaさんと試行錯誤しながらでしたね。
狩野:最初はとにかく撮影の効率重視で考えていたんですよ。スタジオを1日貸し切って、そこに出演者の方々にお越しいただいて。そうすれば午前と午後に分けて1日2本撮影ができると。でも、冷静に考えたら、出演者もスタジオまで足を運ぶ時間はないだろうし、わざわざ作業道具を持ってくるのも大変だよねって……。スタジオで撮影する案は現実的に無理だという話になりました。
――むしろ、仕事場に伺う方が現実的だったと。事前にロケハンなどされているのでしょうか。
狩野:基本的にロケハンはしません。仕事場の写真を出演者に送っていただいて、ここにカメラが置けるなとか、写真をベースに社内で打ち合わせをしています。あと、利き手がどちらかは必ず事前に確認していますね。
区:もし右利きだったら、左から狙ったカメラアングルの方がペン先がよく見えますし。利き手によってカメラや三脚の置き場所が決まるんですよ。
――撮影は何人体制で、どれくらいのカメラ数で挑むのでしょうか。
狩野:基本的には2〜3人体制です。広めの仕事場だったら3人、小さめだったら2人ですね。カメラは全部で4台。3台は定点カメラで撮影が始まったら基本的には動かさずにそのまま。あとはお部屋の小物や家具、手元のアップなどを押さえる手持ちカメラが1台です。
――長丁場の撮影になりそうですね。
区:5〜10分の動画に対して、大体4〜5時間の撮影時間でしょうか。
原田:実際に絵を描いている時間が4〜5時間で、演出用のカットが30分〜1時間くらい。あとは、撮影機材の組み立てや撤収作業を入れるとトータルで6〜7時間かかりますね。基本的には午後いっぱいで終わるようにスケジュールを組んでいます。
狩野:動画制作をやっている立場としては、こんなに贅沢な作り方をしているものはそうないなと(笑)。例えば、インタビューや対談動画のように、2時間の動画を1時間の尺にするのはよくあることですが、「EGAKU」のように6時間近く撮影したものを5〜10分の動画にするのは前代未聞。各回でお蔵入りになった素材が大量にあるんですよ。
――お蔵入りになる基準は何なのでしょうか。
区:やっぱり人物の顔とかパーツを描いているところとか、分かりやすく動画映えするシーンを使いたいんです。だから、作家さんがこれは違うな……みたいに考えていたり迷っているシーンは泣く泣くカットすることが多いです。
――イラストの完成イメージなどは事前に共有されるのでしょうか。
原田:基本的にはないですね。どんなイラストが完成するのか私たちもわからない、だから撮影が毎回楽しみです。
――筆に迷うじゃないですけど、撮影が始まってから起きるハプニングも多そうです。
原田:でも、どの出演者の方々も事前に構図はなんとなく決めていらっしゃって。撮影の時はそれをベースに描いていくので、迷われることはあっても途中から大きく進路変更される方はいないですね。それこそ、『BEASTARS』の板垣巴留先生は途中まで自分のイラストに納得がいっていなかったみたいで。傍からでは気づきませんでしたが悩みながら着彩工程を進めていたそうです。
原田:“水の中に沈んでいる女の子”を描いていらしたのですが、ご本人曰く「ブクブクする水の泡を描き足していったら絵にまとまりができた」と。すごくライブ感がありましたね。
――そういう時、作家さんは自問自答しながら描かれているのでしょうか。それとも周囲に相談されたり……?
原田:板垣巴留先生は、撮影に立ち合われた担当編集の方とずっとお話ししていました。
狩野:でも、途中からは、スイッチが入ったのか黙々と作業されていましたね。その間は担当編集さんだけ一人でお話しているっていう状態が1時間以上……。まるでラジオが流れているようでした(笑)
原田:担当編集さんがとても盛り上げ上手な方だったんですよ。板垣巴留先生は普段からラジオを聴くと仰っていて、机にもラジオが置いてあったんです。だから、あの時は担当編集さんがラジオのような存在だったのかなって思います。
部屋が暗すぎる……仕事場で撮影するからこその苦労
――他に撮影時の印象的なエピソードがあったらぜひ知りたいです。
狩野:真っ先に思い浮かぶのは、イラストレーターのダイスケリチャードさんの回ですね。先ほど、基本的にロケハンはしないとお伝えしましたが、実は初めてロケハンしたのがダイスケリチャードさんだったんですよ。
狩野:そもそもロケハンは、光を見にいくことが目的です。やっぱり自然光で撮影する方が綺麗だったりするので。でも、ダイスケリチャードさんはアナログ(紙)ではなくデジタル(液晶タブレット)で作業される方で。
原田:液晶タブレットに照明などの光が反射しないように、とあえて作業時は真っ暗にされていたのですが、撮影の時はそれに苦労しましたね。
狩野:真っ暗な仕事場の中で液晶タブレットだけが燦々と光っていて、カメラが液晶タブレットしか撮影できていない状態。もちろん液晶タブレットに反射するものがない分、僕たちも撮りやすいといえばそうなんですけど。机周りとか作業部屋の様子があまりにも見えなさすぎて、動画としては情報量が少なさすぎるし絵変わりもしない。この真っ暗な部屋の中でどうやって撮影すれば良いのかと……しばし立ち尽くしました。その間、ダイスケリチャードさんが飼われているハムスターが回し車で遊んでいるカラカラカラって音だけが聞こえる(笑)。
――動画にも登場したあのハムスターですね! 暗さ問題はどのようにして解決されたのでしょうか。
狩野:色のついたライティングを使ってみようという案になったんです。光の反射や眩しさを感じないように色温度調整ができるライトを持ち込んで、ネオンっぽい雰囲気を演出してみようって。
狩野:このライトが、ダイスケリチャードさんはもちろん、イラストと部屋、あとハムスターともすごく調和していて(笑)撮影していて僕たちも居心地が良かったです。
――照明以外で印象に残っているユニークな演出はありますか?
原田:基本的にはみなさんそのまま素の状態を撮っているので、動画のためにあえて何かをしていただくことはあまりないのですが。『カッコウの許嫁』の吉河美希先生の回でしょうか。
――まさか、あの最後に倒れ込んでゲーム機に手を伸ばすシーンですか? すごく可愛かったです!
原田:そうです! 吉河美希先生は、「EGAKU」の動画を一通り見てくださって「どれもカッコイイけど、自分にはカッコ良すぎる」と仰っていて。もっと笑えるようなユニークなものが良いと。
原田:だから、楽曲もORANGE RANGEの「以心電信」みたいに明るい曲を選ばれたんでしょうね。それで、最後の最後に面白い演出を入れたいとご自身の発案でやってくださいました。
――吉河美希先生は大のゲーム好きでいらっしゃいますよね。
原田:仕事終わったら疲れててもすぐにゲームをやりたい! という先生の素な一面がうまく出ていますよね。視聴者やファンの方からも吉河美希先生が可愛すぎる! というコメントをたくさんいただきました。
区:実はこの最後のシーンは4テイクくらい撮ったんですよ。
狩野:Nintendo Switchに手が届かなさすぎるってNGが出ましたね(笑)。
――先生方がその一曲のために一枚のイラストを描くという点はもちろんですが、ここまで動画を良いものにしようとする熱意が込められていると、楽曲を作られたアーティストさんも嬉しいでしょうね。
原田:アーティストも喜んでくれていると感じます。第1回目は、『ホットギミック』や『5時から9時まで』などの作品で知られる相原実貴先生がRHYMESTER「逃走のファンク」を描いて下さったのですが。動画をご覧になったRHYMESTERの宇多丸さんがとても長文かつイラストの本質をつく素敵なコメントを寄せて下さったんです。
原田:これは裏話なんですけど、相原先生がRHYMESTERの大ファンで。ちょうど連載の〆切明けのタイミングで、担当編集さんが「宇多丸さんからコメント来ましたよ」ってお伝えしたら、あまりの感動で先生が泣き崩れたそうなんです。それだけ良いコメントをアーティストが出してくれました。
――プロフェッショナル同士のコラボレーションでその話はグッときます。
原田:あと、たらちねジョン先生が描いた女王蜂の「FLAT」。この曲はもともとMVがない曲だったので、動画が公開した時にアヴちゃん(女王蜂)が「時を経て、すてきな一枚が、とても貴重な映像が生まれたことを心よりうれしく思います」とコメントして下さって。音楽と絵で良い共鳴が起きているんだなと実感しました。「EGAKU」はアーティストとクリエイターの双方にとって良いコンテンツでありたいと思っていたので、すごく嬉しいことですね。
制作陣が選ぶ、お気に入りの動画とは?
――現在計16本の動画が公開されていますが、特にお気に入りの動画を教えてください。
区:私は、『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎先生の動画ですね。現時点(2022年11月時点)で29万再生されていて、再生回数が伸びた動画というのはもちろんですが、「EGAKU 」では初となる全工程アナログでイラストを描いて下さったんです。
区:自分の目の前で、めちゃくちゃ有名な先生が紙とペンで描いているという貴重な瞬間に立ち会えて感激でした。躍動感がすごいんですよね。そして、とにかく作業スピードが速い。
原田:白浜先生は本当に完成まで速かったですね。しかも、真っ白な紙の状態から描き始めたのに3時間で終わるという……。
――もう神の所業といっても過言ではないですよね。白浜先生の動画を拝見して、線一つとってもこんなに描き方がたくさんあるんだなと驚きました。
区:仰る通り線の描き方が特殊というか、他の作家さんとは違う印象を受けたので、それが動画で伝わるといいなと思いながら編集しました。とくに、ペン先が一番よく見える画角を模索しましたね。
狩野:僕は『満州アヘンスクワッド』の鹿子先生の動画がすごく印象に残っています。実は鹿子先生とは昔からの友人なんですよ。昔、鹿子先生は『キングダム』のアシスタントをやられていて、当時はそのために福岡まで通っていたんです。とても大変そうでしたが、やっぱりいずれはマンガ家になるんだろうなと思っていて。だから、こういった形で鹿子先生が実際に絵を描いている現場を見ることになって、なんだかすごく不思議な気持ちでした。でも中身は昔と全然変わっていなくて(笑)。
――実際に描いている様子を見ていかがでしたか?
狩野:面白かったのは背景を描き出した瞬間ですね。キャラクターが完成して、背景を描き始めて、どうやら背景は市場っぽいなと。でも、そんなに細かい背景を今から描き始めたら何時間かかるんだろう? 時間は足りるのかなと心配していたのですが、もうその作業スピードがとんでもなく速かったんです。電気グルーヴの「いちご娘はひとりっ子」という楽曲にもすごく合っていて、やっぱりプロってすごいなと思いましたね。
原田:鹿子先生は背景を本当に緻密に描き上げていくタイプ。アシスタント時代や今までのご経験で培われたものだと思うのですが、その様子が見応えあって面白かったんです。なので、他の先生の場合はほとんどカットしている背景作業を、鹿子先生の時はしっかりと入れて欲しいとzonaさんにリクエストしました。
狩野:あと、僕は鹿子先生が描くキャラクターの目がすごく好きなんです。これは裏話ですけど、「EGAKU」ではアナログイラストは完成次第、動画用にスキャンする作業が入るのですが、その前に微調整される方もいるんですよね。鹿子先生はそのタイミングで「目だけ調整させてください」って。「このままの目だと出せない」と仰っていたんですよ。素人目にはわからないけれど画竜点睛というか、やっぱり目にすごくこだわりがあるんだなと。
原田:私は、最近公開されたばかりのはらだ先生の動画ですね。BL界の鬼才と呼ばれているはらだ先生が描いてくださったのが、まさかの女の子の絵!
原田:あと、はらだ先生も、先ほどお話ししたダイスケリチャードさんと同じく作業部屋が真っ暗なタイプだったので、それなら今回はピンクの照明を焚こうと。ヒトリエが歌う「伽藍如何前零番地」ともマッチした挑戦的な雰囲気になったと思います。
リリースから1年、変わるものと変わらないもの
――2021年10月に第1回目の動画が公開されてから、ちょうど1年が経ちます。この1年間での手応えはいかがですか?
原田:ありがたいことに順調に登録者数が増えていて、チャンネル登録者数が1.1万人(2022年11月時点)になったのですが、まだまだこれからですね。もっと宣伝活動に力を入れて、次は10万人ともっと登録者数を増やしていきたいです。
――チャンネルの知名度や登録者数が飛躍的に上がった瞬間はありましたか?
原田:やはり『ブルーピリオド』の山口つばさ先生がポルノグラフィティの「月飼い」を描くと告知を出した時は、懐かしい楽曲タイトルを目にしたアーティストのファンの方々がざわつきましたね。ボーカルの岡野昭仁さんがコメントを出してくださったお陰で「昭仁さん」がTwitterのトレンドワードに入ったりと、反響が嬉しかったです。あとは『カッコウの許嫁』の吉河美希先生も公開してすぐに再生回数が20万を越えたので、手応えを感じた動画の一つです。
狩野:『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎先生の動画は、日本語以外の言語でたくさんコメントがついていたので世界的に反響があったように感じます。
原田:そうですね。『とんがり帽子のアトリエ』は海外ファンがとても多い作品ですし、その白浜先生が選んだのが海外からもよく聴かれるアーティストの楽曲(milet「Grab the air」)だったので、良い相乗効果が生まれたと思います。
――視聴者は音楽、クリエイターたちのイラスト、どちらに価値を感じていると思われますか?
原田:どちらもあるなと感じています。もちろん、マンガ家、イラストレーター、アニメーターさんとコラボすることで、音楽単体ではリーチ出来ていなかった層に届いたら嬉しいなと思っていますが、音楽が好きな方、マンガやアニメなどのイラストが好きな方、どちらの層にも見ていただきたいですね。
メイキング映像ではない、プロセスであることの価値
――制作秘話をたくさんお伺いしてきましたが、やっぱり6時間近く撮影したものを5〜10分の動画にするという形式上、未使用の素材が大量にあるというのは驚きでした。動画制作の観点では正直効率が良いとは言えないプロジェクトのように感じますが、作り手が思う「EGAKU 」の魅力って何なのでしょうか。
狩野:弊社としては「EGAKU」の取り組みは、とても興味深いんです。そもそも、zonaはメイキング撮影を多く手掛けてきた会社でして、例えばモデルさんが雑誌の撮影をしている様子を撮る……という雑誌タイアップの案件をたくさんやってきたんです。
狩野:でも、雑誌タイアップのメイキング撮影となると、撮影現場を後ろから撮るという裏方的なポジション。その動画はあくまでもオプションでメインにならないんですよね。けれど、最近は少し風潮が変わってきて、メイキング撮影でもできるだけメイキング感を無くしてくださいという要望が出始めてきた。いわゆるプロセスエコノミーと呼ばれるもので、完成形だけではなく制作過程にも価値を見出す時代の流れなのでしょうね。
ちょうどその頃に原田さんから「EGAKU」のお話しをいただいたんです。最初は、イラストがゴールでその副産物としてのメイキング撮影だと思っていたので、その動画をどうやってコンテンツ化するのかって興味深かったんですよね。
――いざ撮影してみたらイラストの方が副産物だったと。
狩野:そうなんです。15本動画を撮影してみて思ったのは、やっぱり僕たちが撮影しているのはメイキングじゃないんですよ。どんな絵が描かれるのかも、ペンや筆がどう動くかも分からない、何が完成するのかも分からない、その状況で「さぁ、どう撮る?」って。まるで撮影の大喜利力を試されているような現場なんです(笑)。先生方がドローイングするのと同時に、僕らもカメラや編集のドローイングをしているような感覚です。あと、編集は1st Seasonからずっと区がメインで担当しているのですが、やっぱり最初の頃と今では“編集の脳みそ”が全然違うなと感じています。成長著しいですね。
――編集の脳みそ!?
狩野:撮影を重ねていくうちに、絵を描くという作業の基礎知識がどんどん蓄積されていっている。例えば、アナログで描く先生は必ずテイッシュを使うとか、そういう現場で吸収できる細かい知識です。そういった知識が溜まっていくと、この先生の描き方は何が特殊なのか?見せ場はどこなのか?ってわかるようになってくるんです。
区:最近では、撮影しながら頭の中で編集していますね。ここは使った方が良いなって、撮影中に分かるようになりました。あとは、楽曲と絵のタイミングを合わせなければいけないので、曲が盛り上がるタイミングで動画をテンポ良く切り替えたり工夫しています。でもテンポが早い曲になればなるほど、切り替えも早くなって動画がじっくり見れなくなるという……(笑)。なので、楽曲にはそこまで引っ張られないようにして、見せるべき場所はしっかりと見せるという編集方針を取っていますね。
――先ほど「EGAKU」はメイキングではなくプロセスだと仰っていましたが、両者の明確な違いを挙げるとしたらどんな点があるのでしょうか。
狩野:メイキングには「カットの声」がかかるんですよ。本編のオプションとしてここからここまで使う……という“使い所”がはっきりしているんですよね。プロセスはメイキングの逆で、最初から最後までずっと撮り続ける。そして撮影しながら“使い所”を自分たちで汲み取らなければいけないんです。あと、使っていない素材がたくさんある点もプロセスの特徴だなと。メイキングだと、モデルさんの顔があまりよく写っていないとか“使えない素材”言わばNGカットが出てきてしまう。でも、「EGAKU」にはNGカットがないんです。完成している絵がある以上、全てがプロセスになっている。尺の関係上動画ではカットされてしまったけれど使えないわけじゃない……。だからこの“使っていないプロセスの素材”は今後どう活用していくのかチームみんなでじっくりと話していきたいですね。
――その“使っていない素材”は、ファンはもちろん、マンガ家志望の方からすると貴重な資料ですよね。
原田:もう少しイラストが増えたら展覧会をぜひやりたいなと思っているんです。ただ、私自身、マンガ家さんの原画展が大好きでしょっちゅう足を運んでいるんですけど、デジタルの原画展ってすごく難しいと感じてまして。
例えば、紙の原画だと印刷可能範囲を超えた部分に先生のメモやホワイトの跡が残っていて。その生の痕跡を見るのが原画展の魅力だったりするんです。でもデジタル画にはそれがないので難しいなと思いつつも、動画に登場して下さった先生から「レイヤーごとに表示ON/OFFできるようにしたら面白いんじゃないか?」というアイディアもいただいたりして。「EGAKU」をきっかけに色々挑戦してみたいなと思います。
・原田 絵美
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント
アニメやゲームの主題歌タイアップを担当する傍ら、「EGAKU-draw the song-」の企画立ち上げからスタッフィング、ブッキングなどのプロデュースワークに従事。・狩野 嵩大
株式会社zona 代表取締役
東京造形大学映画専攻領域で諏訪敦彦監督に師事、卒業制作作品の『反芻』が第33回ぴあフィルムフェスティバル入選。29歳の時に大学の仲間と共に株式会社zonaを立ち上げ。現在は代表取締役として会社経営に携わりながら、「EGAKU-draw the song-」を始めとする企画のプロデューサーとして現場を率いている。・区 美珊
株式会社zona ディレクター
服飾専門学校のエスモードを首席で卒業後、大手アパレルメーカーに就職するも、新境地を求め映像制作会社zonaに転職。完全業界未経験の状態から、わずか1年で撮影編集、モーショングラフィックスの才能を発揮し、第一線でディレクターとして活躍。「EGAKU-draw the song-」では構成・撮影・編集を担当。
撮影/深山徳幸
執筆/ちゃんめい
編集/佐藤友美