
ぐるぐるすすむくん【さとゆみの今日もコレカラ/第370回】
ライティングゼミやエッセイ講座に来てくれた人たちが、初回、2回目くらいによく言うのは、「ゼミに通ってから、文章がうまく書けなくなった」という言葉だ。
それまで楽しくすらすら書いていたのに、ゼミに参加して、「この言葉選びで本当に良いのか?」「この描写で伝わるのか?」と考え出すと、急に書けなくなる。
そんな話をよく聞く。
私自身もその経験がある。
『嫌われる勇気』を書かれた古賀史健さんに初めてお会いした時、一冊を何日くらいで書くのですか? と聞かれ、だいたい4、5日ですと答えた。
すると古賀さんは、「もしそれだけ速くかけてしまうのなら、文章の解像度が低いかもしれないと、疑ってみるのはどうだろう」とおっしゃった。
解像度。
解像度。
そんなこと、考えたこともなかったな、と思う。
それから書くのがだいぶ遅くなった。それまで何千回と、考えなしに使ってきた言葉を辞書を引いて調べたり、いくつかのパターンを書き比べてみたり。
何かを知ると、逆に上手くできなくなることは、書くこと以外でもよくある。ビジネスでもスポーツでも、恋愛でも。
知らなければほいほいとできたのに、知ってしまったからこそ慎重になったり恐れが生まれたりするのだ。
では、知らない方が良かったかというと、それは多分違う。
何かを極めたいと思った時に、知らない方がいいことなんて、多分ひとつもないのだ。(と、桜沢翠先生が言っていた)。
私の場合、そうやってしばらく(2年くらい)書いているうちに、また書くのが楽しくなってきた。
そしてまた新しい課題に直面しては書くのが遅くなり、それを超えては迷いがなくなり、を繰り返している。
だから書けなくなっている時を超えると、パワーアップした自分に会えるのだと信じて書いている。
同じ場所をぐるぐるまわっているようで多分、私たちは螺旋階段をのぼっているのだ。
渦中にいる自分にはわからないけれど、下から見るとちゃんと前に進んでいる。
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後に、この体験を振り返り「チェアリング思考」という言葉を思いついたのでした。


