
好きすぎて、友達のまま【さとゆみの今日もコレカラ/第392回】
自分にとって大切すぎる人。
自分にとって大切すぎる夢。
こういう「大切ななにか」ほど、近づくには勇気がいる。告白してフラれるくらいなら、友達のままでいい、となりがちだ。
夢もやはり同じで、憧れが強すぎると、怖くて手を出せなくなる。夢破れるくらいなら、ずっと夢のままでいい、となってしまいそうだ。
昨日、花房観音さんのnoteを読んだ。ジャーナリストでありコラムニストである勝谷誠彦さんの死に寄せた文章だ。
私は勝谷さんのことをほとんど存じ上げない。2017年の兵庫県知事に立候補して破れ、その直後にアルコール性肝炎で亡くなったことくらいしか知らなかった。
花房さんのX(Twitter)には、
勝谷さんのことは嫌いな人も多いとは思うし、私も相容れないことはたくさんありました。
と書かれた上で、それでも書き残したかったこと、とnoteのリンクが貼られていた。
非常に長い文章なのだけれど、一気に読んだ。
ジャーナリストとしてコラムニストとして十分活躍してからも、ずっと小説を書きたかった勝谷さん。出版社からのオファーもあったはずなのに、そして筆力だってもちろんあるはずなのに書かず、アルコールに溺れ、鬱になり、人を攻撃するようになった勝谷さんが亡くなった後の話のところで、ぞわっとした。
告別式のあと、マネージャーのT-1さんから、あなたの部屋には膨大な量の、小説のプロットが書かれたノートがあったと聞きました。プロットというのは、小説を書くためにあらすじのようなものです。あなたには「書くべきこと」「書きたいこと」がそんなにもあったのだという事実が、私には何よりショックでした。
「勝谷誠彦の死」より
花房さんは、そのことを、
「小説家」に、あなたは強く焦がれていました。焦がれすぎて、その火に焼き尽くされてしまった。
と、表現している。
好きすぎて、おいそれと手を出せない。
でも、そうして恐れているうちに、人は、死んでしまう。
それがわかっていてもなお、大切すぎて手を出せない。
どうしようもなくこんがらがってしまった心情を、こんなにも苦しく迫る文章で突きつけられて、息がつまった。
死によって壊れてしまう夢なら、手を出して壊れる人生を選びたい。
もうすぐ終わる人生で、好きなことを怖がっていると、本当に終わる。
50歳を間近にした私は最近、そんなことを思うのです。
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商業ライターとしてではない、生まれて初めて自分のエッセイを冊子で読んでみたら、私が目指すレベルにかすってもいないことに、やっと気がついた。私は、紙で読んで耐えうる文章を書きたい、と、猛烈に思った。そして、こんなZINEを販売してもいいのだろうか……と、1日落ち込んだ。


