
カマキリのファイティングポーズ【さとゆみの今日もコレカラ/第398回】
ゼミ仲間のしももんに呼んでもらって、高知県土佐山のオーベルジュでライティングの講座3回目。
自分にしか書けない文章って何だろう。
そして自分にしか書けないけれど、誰かの心に届く文章って何だろう。
朝の10時から17時まで、みんなと一緒に考える時間。
夫と一緒に林業を始めた話。
子どもの誕生日に贈る刺繍絵本。
定年前に始めた地域活動。
カマキリのファイティングポーズ。
地元を離れる長女の決意。
川でとった小さな魚1匹をみんなで分けて食べる話。
どれもこれもが個人的な話なのに、どれもこれもが「ああ、それ自分の話だ」となって、最終発表は何度も泣きそうになってこらえての連続だった。
なぜ、知らない人の知らない物語が、人の心を打つのだろう。
その人が経験した、必死が、幸せが、葛藤が、喜びが、苦しみが、自分ごとのように迫ってくるのはなぜだろう。
もしも私たちが書く文章が共感が生むとしたら。
そのメカニズムはどうなっているのか。その過程で何が起こっているのか。
頭ではなく身体で体験した7時間だった。
その人しか知らないことを、その人しか見たことがない景色を書くことでのみ、伝えられる何かがある。
文章なんてAIが書けばいいなんて、絶対に言わせるもんか。
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この話も、仲間のとても個人的な話。でも、これはきっと、私の物語でもある。
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「はじめに」を読んだだけで、その日は電車の移動中、歩きながら、信号待ちをしながら「欠けてないよ」と自分に言い聞かせてはぽろぽろと泣いた。


