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お酒が飲めない人間がパートナーでも「お酒のつまみ」を楽しみたい。【連載・炭田のレシピ本研究室/第2回】

スマホ片手に検索すれば、いくらでも素晴らしいレシピに出会える時代。それでもやっぱり「レシピ本」が好き! この連載では、ジャンル問わず年間100冊以上のレシピ本を読むフードライターの炭田が、同じテーマのレシピ本を2冊ご紹介します。なぜ2冊かというと、取り扱うテーマが同じでも、本によってアプローチが違って面白いから。

今回取り上げるのは「お酒のつまみ」がテーマのレシピ本。おかずにもおつまみにもなるレシピを紹介する『ごきげんな晩酌(ごはん同盟著)』と、おつまみは料理ではなく娯楽と言い切る『23時のおつまみ研究所(小田真規子著)』の2冊を紹介します。

ご飯の友は、酒の友

私の夫はお酒が飲めない。夫どころか夫の親族は全員お酒が飲めないので、きっとお酒を分解する酵素がまるでないんだと思う。

新婚の頃、夕飯にアサリの酒蒸しを出したら、夫は慎重に匂いを確かめてから口に入れた。「毒なんか盛らないよー!」と笑ったら、彼は「ゴメン」と言ってお皿を持って立ち上がり、アサリの酒蒸しをフライパンに戻して「追い蒸し」をしていた。どうやらアルコールが残っていたようだ。アフリカの土みたいな赤黒い顔をしている夫を見て、それ以来酒蒸しは長めに蒸すようにしたし、常夜鍋に入れる料理酒はドボドボじゃなくてチョロリに変えた。

そんな人がパートナーなので、結婚以来お酒を飲むことがめっきり減った。とはいえ、元々私は家では飲まず、お酒=人が集まる場で楽しい気分になりたくて飲むものだったので、夫との食卓にお酒がなくても困らなかった。家族で焼肉屋さんに行く時に私だけビールを飲んだり、お酒が飲める友達と一緒に出掛けた時にちょっと飲めば事足りていた。

このままお酒を大して必要としない人間として生きて死んでいくつもりだったのに、1冊の本に出会ってしまった。お米を愛する夫婦フードユニット、ごはん同盟による『ごきげんな晩酌』。本の帯でお二人が「ご飯の友は酒の友です」と笑顔で言っているのを見て、気付いちゃったんです。

お米から出来ている日本酒が、白いご飯に合わないわけないじゃん……? 日本酒となら、普段のおかずとして酒のつまみを堂々と食卓に並べられるじゃん……?

飲めない人と、飲める人の共存

これまでお酒のつまみといえば、フライドポテトとか焼き鳥とかタコわさとか「いかにも」なものしか思い浮かばなかった。だからずっと、自分一人のために用意してもねぇと思っていた。でも、日常の「おかず」としても機能するおつまみがあれば、話は別だ。『ごきげんな晩酌』を眺めているうちに、家で飲みたい気持ちがじわじわ湧いてきた。

お酒を飲みたい私と、お酒を飲めない夫が双方おいしくいただけるメニューは何か。ページを行ったり来たりして選んだのは「サイコロステーキ レモンバターソース」。焼いた牛肉と山芋に、刻みパセリを加えたレモンバターソースをかけた一品だ。ドキドキしながら食卓に並べ、夫に感想を聞いてみた。「お店みたいな味がするね」とのことで、パクパク食べている。やったー! 嬉しくて、さも「水です」という顔をして用意しておいた日本酒をグイッと飲む。Googleマップで調べた酒屋さんまで、自転車をかっ飛ばして買った1本だ。日に焼けた感じのいい店員さんに本を見せながら「ご飯のおかずに合う、おだやかな味のやつください」とお願いして勧めてもらった日本酒が、喉にやわやわ沁み渡る。2杯目は、炭酸で割って飲んだ。水で割ったり、氷を入れてロックで飲んだり。邪道かなと思ったけど『ごきげんな晩酌』に書いてあったから堂々やっちゃう。日本酒って意外と自由だな。

おかずをつまみに変える軸

『ごきげんな晩酌』のレシピをいくつか作ってみて、ひとつ気付いたことがある。いつものおかずをおつまみ仕様にするコツは、「味を少し尖らせること」ではなかろうか。

レモンで酸味を足したり、山椒をかけてピリリとさせたり、青唐辛子の辛みをアクセントに加えることで、いつものおかずが途端に「酒のアテです」という面構えになる。子供と一緒に食べる場合は、この「尖り」を自分のお皿にだけ後から足せばいい。日常のおかずと酒のつまみの境目は、私が思っていたより曖昧なのかもしれない。

そう思った私が2冊目に選んだのは『23時のおつまみ研究所』。かまぼこのベストな厚みを研究したり、なめろうの叩き加減を粗たたきから100回叩きまで比べたりと、いろんな角度からおつまみの研究をしている本だ。こちらは日本酒だけでなく、ビールや焼酎、ワインなどにも合うおつまみが紹介されている。

これだけ実験と研究をしている本なら、日々のおかずづくりのヒントが得られるのではと思い選んだところ、大正解。冒頭から、おつまみとは香り、食感、塩気、うま味、温度、刺激の6つの「軸」からなると定義されている。私が『ごきげんな晩酌』を読んで気付いたコツは、なるほどこれだったのね。(レモン、山椒=香り、青唐辛子=刺激)

手始めに、娘が大好きな「ちくわの磯辺揚げ」の『23時のおつまみ研究所』バージョンを作ってみた。見た目はだいぶ茶色くて、焦げた食べ物が苦手な娘は嫌そうな顔をしている。でも匂いをクンクン嗅いで「これ、あおさ?」と、好物の存在を言い当てる。ひと口食べて、本当に好きなものに当たった時にしか出ないサムズアップを披露してくれた。やったー! 私も味見してみると、スーパーで買う磯辺揚げより味がギューッと詰まっていてサクサクで、やめられない止まらない。これは揚げたてを食べさせねばと、リモートワークをしている夫が部屋を出た隙を見計らって、口に突っ込んだ。

家族で同じおつまみを食べられるのが、こんなに楽しいなんて。夕飯後、ビール片手に余った磯辺揚げを娘とつつきながら『23時のおつまみ研究所』を一緒に読む。これなら食べられそう、こっちも試してみたいと言い合う時間も楽しかった。

鯛焼きは苦手なはずなんだけど

話はちょっと変わって、娘が3歳の頃。私の妹が家に遊びに来たので、折角だからと3人で近所にある有名な鯛焼き屋さんに行った。娘は慎重な性格で、はじめて見るものを食べるのはかなり警戒するタイプ。鯛焼きは、その日はじめて見る食べ物。しかもあんこはそんなに好きじゃなさそうだと、保育園の先生から聞いていた。なのに、その日はとっても寒くて「鯛焼き、絶対おいしいよなぁ」という気持ちで、つい娘の分も注文してしまった。

お店のマダムから「どうぞね」と鯛焼き3匹を手渡された私は、ちょっと悩んで「これは、甘くておいしい和風のドーナツ!」と宣言して娘に手渡した。それを見た妹は「ムリあるでしょ」と笑ってたけど、娘はドーナツならばと思ったのか完食して「ドーナツ、おいちー」と言っていた。

鯛焼きが苦手でもドーナツと思えばおいしいように、お酒のつまみと考えると家族に出しにくいけど「いつものおかずにひと工夫」と思えば、楽しく食卓を囲めるかもしれない。

実は娘が7歳になった冬、同じ鯛焼き屋さんで同じことを試みたら「あたし、あんこは食べないよ」とキッパリ言われてしまった。娘はもう鯛焼きの中にあんこが入っていると知っている。でもお酒が飲めない夫は、私がおつまみレシピの本を見ておかずを作っていることを知らない。このままヒミツにして、お酒は外から色が分からない陶器のコップに入れて、今夜もおつまみレシピを楽しむつもり。

文/炭田 友望

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