
思っていたんと違う!【さとゆみの今日もコレカラ/第483回】
(ご本人の著作にも書かれているエピソードなので、ここで書いても問題ないかなと思って書きます)
大学3年生の、ちょうど今ごろの季節のこと。私は、あるテレビ制作会社の会社説明会に行った。その会社の採用委員長をしていたのが、是枝裕和監督だった。
当時35歳だった是枝さんが、私たち大学生に教えてくれた「後悔している仕事」の話が、今でも忘れられない。
ディレクターデビューしてまもないころ、是枝さんは「地球ZIG ZAG」という番組を担当していたそうだ。「世界ウルルン滞在記」の前身となる番組で、応募で選ばれた一般人が海外に約1週間滞在して、何かの修行をしてくる内容だ。
是枝さんは、ある大学生の男の子をインドに連れて行く回のディレクターだった。その大学生は、「自分の家のカレーライスは世界で一番美味しい」と思っている。そのカレーを本場インドの人たちに食べさせ、ぎゃふんと言わせたいと豪語していたそうだ。
番組スタッフが事前にそのカレーを食べたところ、何の変哲もないバーモントカレー的な味だったという。インド人がこのカレーを評価するとは思えなかった。
そこで是枝さんは、その大学生が、インドの路上でカレーを振る舞う企画を立てた。その場で、「こんなもんはカレーじゃない!」「本場のカレーをちゃんと勉強しろ」とインド人に怒られ、人気カレー店でカレー作りの修行をするという想定でインドに渡った。
ところが、インドの街中で彼がカレーを振る舞ったら、そこには長蛇の列ができてしまった。そして、誰もが「美味しい、美味しい」と言って、そのカレーをたいらげたそうだ。
是枝さんいわく「彼らがそれをカレーであると認識していたかどうかは別として」、飢えてひもじい思いをしている人たちにとって、温かい食べ物が食べられることは、それだけで有難いことだったのだろう。
台本通りコトが進まない是枝さんは焦った。このままでは、番組のお約束である「修行する」シーンに突入できない。お蔵入りになってしまうかもしれない。そう思った是枝さんは、禁断の手に出る。
こっそり通行人の一人に頼んで「こんなもの、カレーじゃない。本場のカレー作りを勉強しなさい」と言ってもらったのだという。
かくて、その大学生はインドカレーの店に修行にいき、無事番組は放送されたそうだ。
是枝さんは、その時の自分の心境を、こんなふうに振り返っていた。
「今考えると、それは、決してやってはいけないことだった。でも当時の自分は、これがお蔵入りしたら、この先ずっとディレクターをやらせてもらえないかもしれないと怖くてたまらなかった」。
そして、是枝さんは、私たち大学生にこうも話してくれた。
「今の自分だったら、彼のカレーを先を争って食べるインドの人たちの様子を、そのまま撮影すると思う。そしてもともとの台本にとらわれず、この事実をもとに新たに構成を練り直すと思う。インドにおける貧困を軸に、事実を曲げないまま、番組として成立するドキュメンタリーにできると思う」
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この話を聞いた日から、かれこれ、30年近くが経とうとしている。
今でも、年に何度も思い出す。
たとえば、インタビューをしている時。
「思っていたんと違った!」ということは、よくある。
その時、想定していた台本をどれだけ破り捨てることができるか。
「思っていたのと違った」ほうの事実をちゃんと面白がり、その事実を軸にしながらそれでも企画が成立するようにするためには、どうすればいいかと考える。
不思議なもので、「思っていたのと違った」と焦ったときほど、自分の想像を超えた面白い原稿に仕上がる。
そのうち、それはそうだよ、不思議でもなんでもないよとわかるようになってきた。
「思ったまま」だったら、そもそも取材する必要はない。「想定外」のことが聞けないなら、わざわざ時間をとってもらってインタビューする必要はないのだ。
ただし、想定外をちゃんと面白がり、プロとして原稿を仕上げるためには、相応の力がいる。当初の予定と違ったとしても「これが読みたかった」と思わせる原稿にするには、質問力も構成力も筆力もいる。
面白がれる人になるには、技術がいるのだ。
うまくなりたい、と思った。
仕事だけの話ではない。
自分の人生でも。
「思っていたんと違った」は、しょっちゅうある。目論みが外れることも多々ある。
だけどそれを、「こっちのほうが、面白い」と思える自分でいたい。想定外を楽しめる自分でいたい。「思ったんと違う」もぱくぱく美味しくいただき、自分の人生ドキュメンタリーを楽しく編集したい。
本日、49歳になりましたことよ。
40代ラスト1年も。見たことのない景色を見るほうに尻軽でいたいな。
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【この記事をおすすめ】
「あ、終わった」。
その瞬間、ヒヨコのライター生命は尽きた(と思った)。


