
人にはしない、のに。【さとゆみの今日もコレカラ/第566回】
私の知り合いのほとんどは、人にめっぽう優しい。細やかな気遣いをしてくれる人ばかりだ。
でも、自分に対しては厳しい人が多い。人のことはもてなすのに、自分のことは二の次、三の次にする。
あるライターさんは「家族のためのご飯は愛情こめて必死に作るのに、自分は台所のすみで立ったままささっと食事を終わらせる」と言っていた。彼女は自分が病気になったときにそのことに気づいて愕然としたと教えてくれた。
そして私も人のことは言えない。
以前、あるコーチの人に「さとゆみさんは働き過ぎです」と言われたことがある。「いえいえ、全然苦じゃないので」と言ったらその人に「その仕事の分量、後輩がやっていたらどう思いますか?」とたたみかけられた。うっ。たしかに「そんなに無茶してるともたないよ」と言いたくなるかもしれない。
どちらもこの「今日コレ」で過去に書いたことだけれど、昨日再びハッとしたのは、フリーマーケットで自分の服を人に売る経験をしたから。搬入のときに、外にハンガーラックを出したら、何着か、小さな汚れがあったり、きもーち生地が黄ばんでいたりするのに気づいた。家の中ではわからなかった軽微なほころびだけれど、光の下だと気になった。
私はその4着を玄関に残して、フリマに出かけた。
で、帰ってきたとき、玄関に残っていた4着を当たり前のようにクローゼットに戻そうとしてハッとしたのだ。
「友達には渡せない」と思った服を、自分では着るのかな? と思ったからだ。
人に着させるのには忍びないと思った服を、自分が着るぶんにはまあよいかと思うかどうか。
それは、自分をどれだけ大切に考えているか、どれだけないがしろにしているかと直結しているような気がした。
「人は、自分を扱うように、人からも扱われる」というモテ髪師大悟さんの言葉を思い出す。
迷ったあげく、3着捨てて、1着クローゼットに戻した。ちょっとだけ、成長した気がする。
★今日もコレからは毎朝7時に更新して24時間で消えるショートエッセイです。今日もコレカラ良い一日を!
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