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マンガ家をあきらめた私にマンガの依頼が? ブルーオーシャンの見つけかた【絵で食べていきたい/第18回】

雑誌などを見て「なぜこの絵がつかわれるんだろう、もっとうまい人がいるのに」と思ったことはありますか。私は何度もありました。そして「どうすれば自分がこの雑誌で描けるんだろう」と思いました。そもそも「もっとうまい」とは何を基準にしているのか、という点はさておき、そのように思ったことがある人には、この話が1つのヒントになるかもしれません。

SNSでは埋もれても、クラスでは一番かもしれない

インターネット上にさまざまなサービスが生まれ、絵を見る機会が昔より格段に増えました。私が学生の頃にこの環境にいたら、あまりにうまい人たちが多すぎて自信を失い、絵を描くのがつらくなってしまったでしょう。

けれど当時インターネットはなく、クラスで毎日せっせと絵を描いているのはほんの数人でした。クラスメイトは私ほど絵に興味はないので、描いていれば「うまいね」と言ってくれます。自然と学校のイベントなどでは、横断幕の絵や文集の表紙イラストをまかされるポジションにいました。

ここで気付くのは「絵を描く人の中ではとびぬけてうまくなくても、一般的な環境では、絵が描けることは武器だ」ということです。

当たり前だし、クラスで一番になったところで目標にはとどかないと思うでしょうか。目標が「イラストレーター界のスターになること」なら、たしかに難しいかもしれません。でも、「絵で食べていく」場合には、今の能力のままでも重宝される場所はないか、と考えるのが大事だと思うのです。

たとえば、イラストを日常的に発注する立場でも、「Aタイプの絵を描ける人は周りにたくさんいるが、Bタイプの絵を描ける人がいない」ということは意外とあります。Bが必要なときにあなたがそれを描けるなら、他の人と競うことなく依頼を得ることができるでしょう。その場合、あなたはいわゆる「ブルーオーシャン」にいることになります。自分にとってのブルーオーシャンを見つけられると、とても有利になります。

マンガ家をあきらめた私にマンガの依頼が来た話

ある女性誌の仕事をはじめた頃、雑誌のテイストに合うカットを描いていました。何度も依頼をもらううちに、「実はこういうレトロな少女マンガの画風が得意です」と、編集者さんに普段描いている絵を見てもらいました。するとあるとき「このレトロな少女マンガ風で、4ページのマンガを描いてほしい」と言われたのです。

私は中学生ぐらいまでマンガ家にあこがれていましたが、結局無理だとあきらめました。挑戦はしましたが、ストーリーが作れないし背景も描けない、なんならコマ枠すら定規でうまくひけなかったからです。それがいきなり雑誌にマンガを4ページ。驚いたし、正直まったく描ける自信はありませんでした。でもこんなチャンスを、自信がないから断るなどありえません。

当時はマンガ専用のソフトなどなかったので、手描きとデジタルソフトをあわせてつかいながら、無我夢中で仕上げました。これでいいのかなあ、と心配でしたが、ストーリーは編集部からもらっているし、求められているのは「レトロな少女マンガの面白さ」だったので、大きなダメ出しもなく、私のマンガが女性誌に4ページ載ったのです。

すでにその女性誌には、記事をマンガ仕立てにして読ませるページがありました。でも、レトロな少女マンガを描く人はいませんでした。そこに目を付けた編集者さんが、面白いだろうと思って私に描かせてくれたのでした。

このように、絵が描けるならマンガも描けるだろうと思われることはよくあります。マンガのキャラクターのような絵を描いていればなおさら、ポートフォリオにマンガ作品をのせていなくても依頼される場合があります。「この人、絵はうまいけど、マンガは描けるかな?」とシビアな目で見るのは、マンガ専門誌の編集者さんくらいでしょう。マンガ誌が求めるマンガと、それ以外の媒体が求めるマンガは、同じではありません。優劣ではなく目的が違うのです。読者層も異なるので、コマ割りなどの演出方法も違います。私が描いた4ページのマンガも、その女性誌では喜ばれ、原稿料がもらえましたが、マンガ専門誌に持ち込んでも仕事にはつながらなかったでしょう。

そんなわけで、マンガは描けないと思っていた私がその編集部では「マンガが描ける人」として、依頼されるようになりました。そうなると、こちらも「こういう表現もできますよ」と、自分のマンガ知識を発揮できます。そのうち別の媒体から、実在の人物をモデルにした企業の広告マンガなども頼まれるようになりました。自分の顔を少女マンガのヒーローやヒロインのように描かれる機会などそうそうないので、クライアントにも評判がよく、かなり安定した仕事の柱に育ちました。

いまでこそ、マンガ家が広告マンガを描く機会は増えていますし、それに特化したマンガ家さんたちもいます。そこまで市場が整っていなかった頃に、仕事をはじめられたことはラッキーでした。そこは私にとっての「ブルーオーシャン」だったのです。

この場所では「これができるのは私だけ」かもしれない

同じように、「この編集部では私だけ」「この取引先では私だけ」というポジションが、予期しない仕事につながることがあります。

中学校向けのある教科書の仕事をしていたとき、そこではハッキリした説明的なカットを描いていました。何カ月もかかる仕事だったので、担当者さんと仲良くなり、あるとき水彩で描いた食べ物のイラストを見せたのです。すると担当者さんがその絵をとても気に入ってくれて、ぜひこういうイラストをつかいたいと、わざわざお弁当のカットが必要なページを作ってくれました。家庭科とは無縁の教科です。

この水彩イラストは、他の制作会社などでも褒められることが多く、「これが描けるならこの仕事をやってよ」と、企業の記念誌やテーマパークのイラストマップなど、新しい仕事を連れてきてくれました。これも、その人たちの周りに水彩でさらっとした絵を描く人がいなかったので、そのような水彩のイラストが欲しいときには私に頼もうとなり、仕事をたくさんもらえたわけです。

水彩イラストも、マンガと同じく子供の頃から好きで、佐々木悟郎さんのイラスト集などをよく見ていました。「水彩をやるならこの人くらい描けなきゃ仕事にならないのだ」と感じていたので、特に得意だとは思っていませんでした。それに、もし水彩イラストをよくつかう雑誌に持ち込んでも、そこには上手な人が殺到しますから、私は依頼をもらえなかったかもしれません。サイトにも少しサンプルをのせていましたが、それだけでは依頼はきませんでした。

でもいざ仕事をもらって、印刷物やパッケージに絵をつかってもらうと、自分でも自信がついてきて、あらためて「水彩のイラストを描けます」と積極的に言えるようになりました。今では水彩イラストも、私の仕事の大事な柱に育っています。

自分にとってのブルーオーシャンを探すには

このような話を紹介していると、ブルーオーシャンを見つけるには「自分が描くようなイラストをつかっていない媒体に持ち込めばいい」と思うかもしれません。

しかし「はじめて仕事を頼む人に」「普段自社の媒体でつかわないタイプの絵を」発注するには、発注者側は2重のハードルを越えなければなりません。いつもと違うタイプのイラストが欲しいときは、むしろそのタイプの絵ですでに実績が豊富な人を自分たちのほうから探して依頼するのではないでしょうか。もちろん、ちょうど探しているタイミングに自分が持ち込んで、気に入ってもらえたらとてもラッキー。でもそうでなければ、ブルーオーシャンはむしろ、普段やりとりをしている相手との間にこそ、見つかる可能性があります。

先に挙げた私の例は2件とも、これまで仕事をもらっていた媒体でのことでした。仕事のやりとりの中で「最近こんな絵を描いています」と新作を見せたり、「こういうものを描ける人いないかな?」と声をかけてもらえたりするような関係性を作っておくことが、新しい仕事の開拓につながることもあるのです。

さらに、「ここを自分のブルーオーシャンにするなら」という目線をもつのも大事です。たとえば若い頃の私は、年配の人たちと仕事をするとき、自分も話についていけるところをみせたくて、昔の文化や流行の話をよくしました。もちろん相手は「若いのにそんなこと知ってるの、すごいね」とは言ってくれますが、実は相手のほうがよっぽどその時代のことを知っています。自分も同じように年をとってくると、若い人には「今の若い人しか知らないこと」を教えて欲しいと思います。若い世代には当たり前すぎる情報や感覚を、それを知らない、理解できないと感じる世代にもわかるように伝えられたら、まちがいなくそこで重宝されるでしょう。今いる場所でも「ここで自分にしかできないことはないかな?」と考えてみるのは大事です。

もう一つ大事なのは、チャンスが来たら怖がらずにその波に乗ることです。自分よりうまく描ける人たちばかり見ていると、「私なんかまだまだ」としり込みしたくなることがあります。でも、相手はこちらの事情や心境などは知りません。「描けません」「もっとうまい人がいます」と言ってしまえばそれまで。でも描きたいなと思ったら、やってみますと答えて精一杯頑張れば、相手は十分満足してくれるかもしれません。がっかりされるのは怖いしつらいけれど、物理的にはリピート発注をもらえない程度のダメージです。そのときは自分の力不足を認めてまた頑張ればいいのです。

同業の友達でも、「こういうことできる人いない?」と言われたとき、「やってみたいです!」と手を挙げる人は、どんどん仕事を増やしている印象があります。もしかしたら手を挙げた時点では、もっと他に適任者がいるかもしれません。でも一度やってしまえば、実績のある人として、次に頼まれるのもその人になる確率が高いのです。

文/白ふくろう舎

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