
「そして」の国と「しかし」の国【さとゆみの今日もコレカラ/第576回】
昨日、手書きの文章を書いているライター仲間のヒロさん(中村昌弘さん)の姿を見ていた。
ボールペンで一行目を書き、二行目を書き、「やべっ。この続きが思いつかない」と言いながら、うんうん唸っている。
手書きの文章は、はじまりがはじまりで、終わりが終わりのところが良い。書き直しできないとなれば、今まで書いた文章の上に無理矢理にでも論理を積み上げることになる。
これが、面白い。思ってもいない思考が生まれるのは、こういうときだ。
昔、毎週書評を書く連載をしていたとき、書き出しから10行くらい進めたところで「そして」と書き、文章を仕上げた。そして同じ場所まで戻って「しかし」と書き、それに続く
言葉を捻り出して文章を仕上げた。同じ書籍で2本の原稿を書くようなことを何度かした。
「そして」の国と、「しかし」の国で、全然別の話が展開される。結論も真逆だったりする。
だけど、どちらも私は「ほんとうに」考えたことだ。
自分の考えなんて、所詮そんな程度だとわかることが楽しい。
「そして」の国に行ったとて
「しかし」の国に行ったとて
私は私なのである。
意見がころころ変わることなんて、些事に思える。
昨日の自分にこだわる必要もない。
私の雑さというか、よく言えばおおらかさというか、メンタルの強さは、
多分こんなところからもきている。
★今日もコレからは毎朝7時に更新して24時間で消えるショートエッセイです。今日もコレカラ良い一日を!
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私は受験勉強で古文に触れて以来その魅力にどハマりし、社会人になってからも思い出したように枕草子の「桃尻誤訳」などおもしろい訳本を読みあさる時期もあった。


