
文章は(一部)数学だ(と思う)【今日もコレカラ/第613回】
先日終わったNHKさんのエッセイ講座にて。
文章を論理的に展開しようと思ったら、数学的な考え方をするとラクだという話をした。
よく使うのは
①因数分解
②集合論
そして
③命題(真と逆と裏と対偶)
である。
①と②は物事を整理するときに使う。
③は、物事の別の側面を見たいときによく使う。
あるひとつの真があったとして、逆も成立するか。裏と対偶ならどうか。条件が変わっても成立するか。
そんなことを考えると、起承転結の「転」を作りやすかったり、ちょっと面白いものの見方を思いついたりする。
書いているときはわりと、日本語ではなく数学が脳内にある気がする。
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今日は、学生時代の先輩にリヨンを案内してもらった。
先輩はリヨンに住んで8年目になる。地理的なこと、歴史的なことを解説しながら案内してくれる先輩に、へええ!と驚きながらいくつか質問をする。
「おお、それについては考えたことがなかったよ」
と言われることが何度かあり、
「安藤って(旧姓です)、いつもそんなふうに考えてるの?」
と、逆に聞き返された。
あまり自覚がなかったけれど、先輩に指摘されて気づいた。
初めて見ること聞くことをサイコロにたとえるとしたら、私はそれを手のひらの上に載せ、下からのぞいたり、斜めから見たり、展開図を想像したり、内側に入ったりしようとしているみたいだ。
美味しくて、楽しくて、エキサイティングなリヨンでした。
インターポール(世界警察)に勤める最高に素敵な先輩のことは、またいつか書きたい。
明日はパリに移動する。
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